―[言論ストロンスタイル]―


 本欄で何回言ったかわからないが、復習しよう。安倍内閣無敵の方程式は、「日銀が金融緩和をする→株価が上がる→支持率が上がる→選挙に勝てる→誰も引きずり降ろせない」だ。結果、安倍晋三元首相は憲政史上最長政権を築いた。

 アベノミクスの中核である金融緩和の破壊力はいかほどか。コロナ禍で強烈なデフレ圧力がかかっているのに、リーマン・ショックのような地獄絵図にならなかった。そしてウクライナ危機からは資源高で、インフレ傾向に転じている。

 簡単な経済の原理だが、モノの値段が上がり、会社の売り上げが上がらなければ、給料は上がらない。10年も金融緩和を続けて効果が無かっただのなんだの言われたが、あと一歩だ。ここで金融緩和を止めれば、デフレに戻って元の木阿弥。皆の給料が上がるまで、今が正念場だ。

◆金融緩和の効果を減殺する「消費増税」

 金融緩和の効果を減殺する方法は、ただ一つ。消費増税だ。安倍元首相は最初の一年こそ経済も政治も破竹の勢いだったが、時の財務事務次官木下康司に消費増税を押し付けられてからは、勢いが失速。その後も何とか持ちこたえたものの、景気回復は緩やかでしかなくなってしまった。野党や自民党反主流派が弱すぎたので内閣は延命したが、政権が終わってみれば「実績はあるが、レガシーはない」などと揶揄された。安倍元首相、日々の行政はせっせとこなしたが、歴史に残る大きな政治的業績はあげられなかった。

 このパラダイム、岸田内閣にも受け継がれているのはご理解できただろうか。そして、このパラダイムが続く根底は、日銀人事だ。黒田東彦総裁の任期中は金融緩和がブレることはなかろうが、任期が切れた翌年4月以後はわからない。すべては後継の日銀総裁人事次第だ。2人の副総裁も入れ替わる。

◆次期日銀総裁は若田部昌澄副総裁の昇格、一択だ

 では、次期日銀総裁は誰が良いか? 若田部昌澄副総裁の昇格、一択だ! 若田部副総裁は、アベノミクスを支持するリフレ派の経済学者である。文明国では、中央銀行の総裁は学者がなるのが普通だ。若田部博士ならば、申し分ない。5年の副総裁の経験を通じて、組織運営にも長じた。ところが、「若田部総裁による日本救国」の可能性など1%もなく、次期人事をめぐる暗闘は中盤戦から終盤戦に差し掛かるところだ。リフレ派の排除は9分9厘、仕上がったとの兆候がある。

 どういうことかを解説する前に、日銀人事とはどのようなものかを知っていただきたい。

◆日銀総裁は官僚が勝手に決めてきた

 かくも重要な、日本の経済のみならず政治や国民生活のすべてを決めると言って良い日銀総裁だが、選挙で選ばれた総理大臣が決めた例は少ない。前川から松下総裁までは、財務省と日銀が交互に、総裁を出してきた。官僚が勝手に決めていたのだ。速水から白川総裁までに至っては、日銀が総裁の座を独占した。

 形式的には国会同意人事だが、国会議員のほとんどは日銀総裁人事に関心はない。人選は日銀や財務省が勝手に行う。政争の具にされて、「後白川法王」の登場でデフレに逆戻りなどされたら、地獄に行くのは国民だ。しかも貧しい者から。だから国民が監視し、「政治家よ、日銀人事に関心を持て」と迫らねばならない。官僚は政治家の人事介入を本能的に嫌がり自分たちで勝手にやりたいが、日銀人事がそれでは困る。今回の人事の大前提は、たすき掛け人事の復活で、政治家ましてや国民の介入を防ぐことなのだ。

◆日銀の幹部の「金融政策の正常化」とは景気回復策をやめること

 現在、次期総裁候補として名が挙がるのは、雨宮正佳現副総裁と中曾宏前副総裁だ。いずれも日銀出身。

 雨宮氏は、日銀内では「政権や黒田総裁に追随しすぎだ」との評価だそうだ。そこで日銀内では、「黒田氏と距離がある中曾さんを次期総裁に。そして金融政策の正常化を」の声が急浮上しているとか。

 日銀の幹部が求める「金融政策の正常化」とは何か。何のことはない、黒田総裁時代に続けてきた、景気回復策をやめるということだ。

 日銀は本能的にインフレを嫌い、デフレを好む。いかなる不況に際しても、金利(つまり借金をする時に銀行が貸し出す利子)を上げるのを、「成功」と看做す。その根拠に百万言を費やすが、要するにそういう宗教なのだ。自殺者が1万人増えて若者の未来が奪われても、利上げをすれば「成功」と看做す。これは「日銀理論」と呼ばれる。

 なぜ、そんな? と考えるだけ時間の無駄だ。財務省が「いかなる状況でも増税すれば成功」と考えるのと同じだ。そういうカルト宗教にハマった人たちなのだと諦めて対処するしかない。ただし、財務省や日銀は、絶大な権力者なのが厄介だが。

◆雨宮副総裁、中曾前副総裁を総裁にしていいのか?

 専門家の間でも「さすがに黒田総裁の路線をいきなり変えはしまい。特に雨宮さんなら」との楽観論が流れるが、何の根拠もない。

 4年前、黒田総裁再任の際、枝野幸男代表率いる立憲民主党は、政府が提示した黒田総裁と若田部副総裁の人事には反対しながら、雨宮副総裁にだけは賛成した。当時の立憲民主党の中は「雨宮さんなら金融緩和を止めてくれる!」とのかすかな願いから、このような投票行動に至ったのだとか。

 立憲民主党枝野幸男を愚かだと笑うのは勝手だ。ならば、その立憲民主党枝野幸男が推した雨宮あ副総裁、さらに金融緩和に批判的だとされる中曾前副総裁を総裁にしていいのか?

 雨宮・中曾いずれが総裁になっても、今回の財務省は副総裁の確保に集中している。政治介入を排し、たすきがけさえ復活すれば、5年後には総裁の椅子が手に入るのだから。

◆官僚に生殺与奪の権を与えるな

 かつて日銀総裁は事務次官経験者の最高の天下り先とされ、「ロイヤルロード」と称された。主計局長は予算を司るポストで財政畑、金融は国際局(最高位は財務官)の管轄なのだが、専門性など関係ない。財務官出身の黒田総裁の誕生で、麻生太郎首相秘書官から財務官に上り詰めた浅川雅嗣アジア開発銀行総裁が副総裁の最有力候補とされてきた。しかし、人事は一筋縄ではいかない。

 国内で人脈がある雨宮総裁なら、金融に強い財務官経験者(浅川氏のこと)、国際金融が専門の中曾氏が総裁なら内政に強い財務事務次官経験者を、との声が出始めた。そういう暗闘が官僚たちのインナーサークルで行われているので、公開情報に兆候として表れる。もしかして次期副総裁に木下康司?

 官僚に生殺与奪の権を与えるな!

【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。著書にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、『嘘だらけの池田勇人』を発売

―[言論ストロンスタイル]―