生命を人工的に創造するという試みは、現代の遺伝学者やサイバネティクスの研究者がようやく始めた挑戦というわけではない。
おそらく人類は古代やそれよりももっと前から、人工的な生命の創造に関心を抱いてきた。その1つが、「ホムンクルス」という小人の人造人間だ。
それはスイスのパラケルススをはじめとする錬金術師たちの時代の試みだが、遺伝子工学やサイバネティクスを駆使して生命を創造しようとする現代の科学者にとっても、奇妙なほど通じるテーマである。
ルネサンス期において、生命の源は男性の精液であると考えられていた。女性の子宮は胎児に成長に必要な栄養や材料を与えはするが、ただの保育器のようなものとみなされていたのだ。
このような、生命の源は精液で、子宮はその保育器という考えは、古代ギリシアの哲学者で古自然科学の第一人者だった「アリストテレス」にまでさかのぼる。
アリストテレス自身は、人間を人工的に作れるとは考えていなかったが、彼自身の理論はその可能性を示唆するものだ。
もし子宮が単なる保育器にすぎないのなら、それと似たようなもので代用できるに違いない。暖かい部屋を用意し、成長に必要な栄養や材料と一緒に精液を入れてやれば、人間が誕生するのではないか?
こうした考えは当初あまり信憑性のあるものではなかったが、中世やルネサンス期になると、現代のクローン技術よろしく、ホムンクルスの創造はもっともらしいことと思われるようになった。
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錬金術で創造できるとされた人造人間「ホムンクルス」。ゲーテの『ファウスト 第二部』にもホムンクルスを創造する描写がある / image credit:public domain/wikimedia
ホムンクルス創造理論
ホムンクルスの創造が現実的なものとみなされたもう1つの理由は、生命が自然発生するという説があったからだ。
古代・中世・ルネサンスにおいて、ハエ・カエル・ネズミといった単純な生き物は、生命のない物質から自然発生すると考えられていた。例えば、ハエなら腐った肉に自然にわくとされた。
物質に生命の源である人間の精液を与えれば、ホムンクルスが誕生する、こうした考えは、生命が自然発生するという考えに似ており、当時の科学にとっても受け入れやすいものだった。
バイアルのホムンクルスの錬金術図 / image credit:new-moster.wikia.com
中世初期までのホムンクルスのレシピ
中世初期までにはホムンクルスの材料がまとめられている。
『牛の書(Book of the Cow)』という文献には、メスの牛か羊を精液と燐光(りんこう)鉱物を混ぜたもので人工授精させ、ホムンクルスが生まれそうになったら首をはね、出産したら、血を飲ませるとある。ほかにもメス猿やロバを使ってもいいようだ。
なおホムンクルスはただの人間ではなく、月の動きや見え方を操ったり、人間を羊や牛に変身させたりと、超自然的な力があると信じられていた。その体液を利用すれば、水の上を歩けるようになったりもしたらしい。
瓶の中のホムンクルス(ファウスト 第二部より) / image credit:public domain/wikimedia
錬金術師パラケルススのホムンクルスのレシピ
15世紀の錬金術師「パラケルスス」は、実際にホムンクルスの創造に成功したという。その方法は、彼の著書『ものの本性について(De Natura Rerum)』に次のように記されている。
人の精液をフラスコに入れ、最高に腐った馬糞と一緒に密閉する。40日間以上で命が宿り、動き出すのをすぐに見られるだろう。
その後、それは人間のようになるが、透明であり、身体はない。
さらにその後、毎日細心の注意を払いながら、人間の血液のアルカナムで栄養を与え、馬糞と同じ温度に保つと、40週間で真の生きた幼児となる。
それは女から生まれる幼児とまったく同じ構成だが、それよりはるかに劣るものとなるだろう。これこそ我々がホムンクルスあるいは人造人間(Artificiall)と呼ぶものだ。
この後、一般の幼児と同様に、細心の注意と勤勉さをもって、理解ができるようになる年齢まで育てる。
これこそが、命に限りある罪深い人間にこれまで神が知らせた最大の秘密の一つである。
これは奇跡であり、神の偉大な驚異の一つであり、何もかもが明かされ、すべてが顕現する最後の時まで隠すべき、秘密の中の秘密である
15世紀の錬金術師パラケルスス / image credit:public domain/wikimedia
ホムンクルスの製造を反対した教会
ホムンクルスは、ユダヤ教の伝承が伝えるゴーレム(ラビが作る泥人形)のような、人間の命令を忠実に守る召使のような生き物とみなされることもあった。
一方、知的な人間のような生き物を支配下に置くなど、神のごとく振る舞うにも等しい行為であるとして、教会の指導者の中には反対するものもいた。
ユダヤ教の伝承に登場する人造人間ゴーレム。額にはemeth(真実の意)と書かれているが、eを消してmeth(死)にすると壊れてしまう / image credit:WIKI commons CC by SA 3.0
ホムンクルスの倫理学
ホムンクルスをめぐる議論は、現代の遺伝子工学やサイバネティクスをめぐる議論を彷彿とさせる。
現代の錬金術師、すなわち科学者は、遺伝子工学技術やサイバネティクスで人工的に生命を作り出そうと試みる。こうした技術には根強い反対があり、ホムンクルスの創造に対する批判とよく似ている。
ホムンクルスを完全な人間とみなすかどうかという議論もしかりだ。
ホムンクルスは強力だが、知能や理解力に限界があるとされた。それゆえに人間以下の存在で、奴隷にしてもかまわないとされたのだ。
だが、ホムンクルスが生来の奴隷であるとの意見に誰もが納得しわたけではなく、それには理性的な魂が宿っているはずだという意見もあった。
これは、遺伝子操作で生まれた人間やAIの扱いをめぐる今日の議論とよく似ている。遺伝子操作で生まれた人間やAIは、普通の人間と同等に扱うべきだろうか? 人間と同じ権利を与えるべきだろうか? はたして彼らに魂はあるのか?
大昔の錬金術師が夢見たホムンクルスという存在は、現代ではより現実的な存在になったがゆえに、驚くほど今に通じるテーマである。
References:Alchemical Recipe for a Homunculus: Sperm + Rotting Meat = Mini Artificial Human | Ancient Origins / written by hiroching / edited by / parumo
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