北海道のある町に知る人ぞ知る「看板のない鉄砲師」がいる。

 私は羆(ヒグマ)とハンターの攻防をテーマに取材していながら、「銃」や「射撃」については門外漢だ。だが「銃」のことを知らなければ、勝負の機微に触れることはできない――そんなことを考えていたときに、ひょんなことから羆ハンター御用達の鉄砲職人である山崎和仁(仮名)の存在を知った。(全2回の1回目/後編に続く)

◆ ◆ ◆

顧客は腕利きのハンターばかり

 山崎の店は“一見さんお断り”で、顧客は腕利きのハンターばかり。既製品の銃は扱わず、顧客のニーズを完璧に満たすオンリーワンな銃をオーダーメイドで製作しているという。何となく無口な職人のような人をイメージしていたが、実際に会った山崎は70歳とは思えないほど若々しく、その明晰な語り口が印象的だ。本業は別にあり、鉄砲製作は「あくまで趣味です」と笑うが、北海道公安委員会が指定する射撃指導員の資格を持つ射撃のスペシャリストでもある。

 もともとメカ好きだった山崎が銃の世界にのめりこんだのは、会社員としてアメリカに駐在していたときに、射撃場で本物の銃に触れたのがきっかけだった。

「銃というのは、自動銃の場合、弾を込めて発射するまで8工程あります。つまり(1)装填(2)引き金を引く(3)逆弧が外れる(4)撃針が前進する(5)雷管が作動する(6)火炎が薬室に至り、火薬の燃焼が起こる(7)その反動または燃焼ガスの圧力を利用して、閉鎖装置を解放する(8)ボルトあるいは遊底が後退し排莢をする――それをわずか1000分の1秒の間にやってしまう。しかもバッテリーモーターも使わない。そのシンプルさが面白いな、と感じました」

 NYに転勤後、通うようになったサフォークの射撃場では、こんな出会いがあった。

「その射撃場で会ったリタイアしたおじいさんがね、こんなにちっちゃい自作らしい弾薬で撃っているんですけど、それがめちゃくちゃ当たるのね。100mの距離で5発撃って、それが全部的の真ん中に命中するんです。それを見てスゲエなあ、と。そこから弾薬にも興味が出てきて自分なりに研究するようになったんです」

 退職して日本に帰国した後も研究を続ける中で、米国駐在時代の業務で武器類を扱っていたノウハウを活かして、銃の輸入を手掛けるようになる。

「日本でライフル協会に入ってみると、みんなずいぶん高い鉄砲を買わされているな、と(笑)。『それ、アメリカで買ったらその3分の1の値段だぞ』と言ったら、『じゃあ、取り寄せてくれよ』というところから始まって、そのうちに部品を輸入して、自分で旋盤回して銃を作るようになりました」

 いつしかその評判を聞きつけたハンターからオーダーメイドの銃製作を依頼されるようになり、今では年間10挺ほどを手掛けている。

狙う獲物はシカかヒグマか…

 その山崎は、銃について意外なことを言った。

「これは誤解している人も多いのですが、ハンターが使う銃の性能というのは、銃本体で決まるわけじゃない。使う弾薬、より正確にいうと薬莢のデザインで決まるんです」

「銃弾」は、大まかにいって2つのパーツから成る。実際に目標物に向かって飛んでいく「弾頭(弾丸)」部分と、その弾丸を打ち出すための火薬や着火用の雷管などを詰めた容器、すなわち「薬莢」部分だ。この薬莢の形状や大きさが重要だ、というわけだ。

「例えば、同じ車でもステーションワゴンとピックアップトラップでは、エンジンデザインが違う。それは“用途”が違うからですよね。前者が主にヒトを運ぶとしたら、後者は主にモノを運ぶのに適したエンジンデザインされている。銃についても同じです。用途によって薬莢のデザインが変わる」

 銃も車も密閉された容器の中で燃料を燃焼させ、その熱エネルギーを運動エネルギーに変換するというメカニズムは同じだ。

「銃において、車のエンジンつまり『燃焼室』に当たるのが、薬莢なんです。薬莢の形状や容積、さらに燃やす火薬の性質によって銃の性能は変わる。どういう薬莢を選ぶかは用途、つまりどんな獲物を狙うかによるわけです」

 例えば狙う獲物がシカであれば軽い弾を高速で飛ばしてより早く獲物に到達させた方がいい。だがヒグマを狙うのであれば、殺傷力の高い重たい弾をじっくり時間をかけて飛ばした方がいい。狙う獲物が決まれば、弾薬も自ずと決まってくるのである。

 ところが多くのハンターは、そういう風には弾薬を選んでいないという。

「今の日本の銃刀法制度では、散弾銃を10年保有して初めて、ライフルを持つ資格を得られることになっています。だからハンターは10年経ったら勇んでライフルを買いにいくわけですが、どこでどんな獲物を狙うのかまではイメージできていない。だから弾薬に関しても、恐らく売り手に薦められるままに『308ウィンチェスター)』を選ぶケースが多い。

 売り手も買い手も獲物に関しては漠然としかイメージできないまま、商品の特性というよりはブランドの銘柄で売ったり、買ったりしているわけです。僕なんかは無駄な買い物をさせたくないので、獲物のイメージが固まっていない相手に銃を売るのは躊躇しますがね……。

 で、308がどういう薬莢かというと、いわば“NATO弾の亜種”で大量に生産されていて、ソコソコ当たる。だから500メートルぐらいまでの距離でシカとかを狙う分にはいいけど、相手がヒグマならどうか。僕に言わせれば、『そりゃ撃たない方がいいよ』というのが結論です」

ヒグマを撃つには、どのような薬莢を使うべきか

 ではヒグマを撃つには、どのような薬莢を使うべきなのか。

「単純に比較しているわけではありませんが……」と断りながら、山崎が挙げたのは308と同じ30口径用のライフル弾として1906年にアメリカ陸軍が開発した「30-06(スプリングフィールド)」だ。この二つは単純なエネルギー量などの数値や性能はほぼ同等だが、薬莢の容積は30-06の方がやや大きい。

「30-06は命中精度もあまりよくなく、そのまま使う分には面白くも何ともない弾ですが、潜在的には308より高い性能を出せる余白がある。つまり、容積が大きい分、火薬を多く詰められるわけです。ちょっとした改造で性能がアップし、まるで別物になるところが面白い。とはいえヒグマならこの薬莢、と言っているわけではなく、ヒグマを撃つためには、どうすればいいかを考えたときに、こういう方法も選択肢としてありうる、と」

夕張市で発見されたハンターの遺体のそばに“クマの血痕”

 ヒグマが相手の場合、1発目で致命傷を与えられるか否かがハンターの命運を分ける。例えば昨年11月夕張市で猟に出かけたハンターの遺体が発見されたが、遺体にはクマによるものと見られるひっかき傷や咬傷があり、近くには猟銃とともにクマの血痕があった。このハンターヒグマに発砲し傷を負わせたものの、仕留めるには至らず、逆に反撃を受けた可能性が高い。

 オスの成獣であれば体重200キロ以上、ときに400キロに達することもある巨大な体躯でありながら、ヒグマの急所はピンポイントだ。

ヒグマの頭は絶対に撃ってはいけない理由

「撃つのであれば、前脚の付け根、つまり心臓か、ネック(首)ですね。頭は絶対に撃ってはいけません。見たらわかりますが、クマの頭部の骨って犬の頭と同じくらいしかなくて、正面から見える部分は、ほとんどが毛と肉だけ。形状も正面から見ると幅も狭く一番幅のあるところは眼孔部分です。鼻先から頭頂に向かって傾斜が少なく被弾しにくい。頭を撃つとすれば、側面、特に耳の後ろ以外にはない。だからそれ以外の場所は、30口径の弾で頭を狙っても、まず入っていかない。固い頭骨にはじかれるか、外側の肉を削ぐだけで致命傷にはならず、下手に撃った人は確実に殺されてしまうと思います」

 私は元国鉄の運転士だった芦別のハンター、岡田崇祚に聞いたこんな話を思い出した。

「オレの後輩が運転していた汽車がヒグマを轢いたことがあるんだ。死体を取り除いて再び発車したところ、ブレーキからギィーギィー異音がする。再び止めて調べてみると、ブレーキの鉄と鉄の部品の間に血まみれのクマのアバラ骨が挟まってた。それぐらいヒグマの骨っていうのは固いものなんだ」

カラスも押し黙る「異様な雰囲気」

 山崎自身は過去に4回、ヒグマと遭遇したという。

「ほとんど20、30mの距離でしたが、クマを狙ってたんじゃなくて、偶発的に出くわしたケースばかりです。でも撃ったことなくて、いつも“にらめっこ”ですね。丸腰だったり、クマをやるために十分な威力の銃じゃなかったりと理由はいろいろありますが、何といっても中途半端に撃つのはリスクが大きすぎるから。クマの方も出会い頭ですから、できれば避けたい。お互いに引くチャンスを探っているようなところがありました」

 4回の遭遇の中で最も危険を感じたのは、6年前の11月、美唄岳の麓での出来事だ。薄暗い林の中を1人で歩いていた山崎は、そこだけ切り通しになっている場所に出た。ふと見ると幅15m、深さ10mぐらいの川の向うに大きなエゾジカのオスがいる。すかさずこれを撃つと、シカはコテっとひっくり返った。

「ただ間もなく日没というタイミングで、かなり大きな個体だったこともあり、その日は解体せずそのまま帰ったんです」

後編に続く/文中敬称略)

「巨大ヒグマがダダッと駆け降りて『グワァ』と…」4回ヒグマと遭遇した“ハンター御用達”職人が最も危険を感じた瞬間 へ続く

(伊藤 秀倫)

札幌の町中に出没した158キロのオス ©時事通信社