「下手に撃てば殺される」“ハンター御用達”鉄砲師が語る、ヒグマの頭を絶対に狙ってはいけない理由〈夕張で遺体のそばにクマの血痕〉 から続く

 北海道のある町に知る人ぞ知る「看板のない鉄砲師」がいる。

 私は羆(ヒグマ)とハンターの攻防をテーマに取材していながら、「銃」や「射撃」については門外漢だ。だが「銃」のことを知らなければ、勝負の機微に触れることはできない――そんなことを考えていたときに、ひょんなことから羆ハンター御用達の鉄砲職人である山崎和仁(仮名)の存在を知った。山崎の店は“一見さんお断り”で、顧客は腕利きのハンターばかり。既製品の銃は扱わず、顧客のニーズを完璧に満たすオンリーワンな銃をオーダーメイドで製作しているという。

 何となく無口な職人のような人をイメージしていたが、実際に会った山崎は70歳とは思えないほど若々しく、その明晰な語り口が印象的だ。本業は別にあり、鉄砲製作は「あくまで趣味です」と笑うが、北海道公安委員会が指定する射撃指導員の資格を持つ射撃のスペシャリストでもある。(全2回の2回目/前編から続く)

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大きなヒグマが出現、「グワァ」と一声吠えた

 山崎自身が過去に4回ヒグマと遭遇したうち、最も危険を感じたのは6年前の11月、美唄岳の麓でのことだった。薄暗い林の中を1人で歩いていた山崎は、そこだけ切り通しになっている場所に出た。ふと見ると幅15m、深さ10mぐらいの川の向うに大きなエゾジカのオスがいる。すかさずこれを撃つと、シカはコテっとひっくり返った。

「ただ間もなく日没というタイミングで、かなり大きな個体だったこともあり、その日は解体せずそのまま帰ったんです」

 翌日、再び現場を訪れると辺りには異様な雰囲気が漂っていた。通常であれば1日経てば、シカの死骸にはカラスキツネが群がり、あらかた食いつくされてしまっているものだが、荒らされた様子はほとんどない。見るとカラスは木の上に群がっているのだが、不思議なことに、ほとんど声も上げずに押し黙っている。「ヘンだなぁ」と思いながら車を止めてドアを開けた途端、山崎の視界の端を「何か黒いもの」が過ぎった。その正体を確認する間もなく、川の向こう側に大きなクマがダダッと駆け降りてきて、「グワァ」と一声吠えた。

「それはもう凄い形相です。あんな声で威嚇されたことは後にも先にもない」

 よく見ると、傍らに中型犬ぐらいの子熊がいた。最初に視界を過ぎったのは、この子熊だろう。母熊は、親子で食べるために確保したシカの死骸を山崎に獲られまいと必死になっていたのだ。

「鉄砲は持ってたけど、親子熊だし、無理に撃つことないなと思って。しばらくその場を離れて戻ってきてまだ居座ってたら、撃とうかな、と時間をつぶすことにしました」

 30分ほど経って、再び山崎が現場に戻ってくると、親子熊の姿は既になく、シカの死骸もカラスの群れも跡形もなく消えていた。

「人目のつかないところへ母熊が担いでいったんでしょう。重量的には、オスジカの死骸は、自分(母熊)の体重とほぼ同じくらいだったはずです」

 ヒグマの膂力(りょりょく)の強さを改めて思い知らされる出来事である。 

「撃てるハンター」と「撃てないハンター」の違い

 山崎のもとには、日本全国から腕に覚えのあるハンターが集まってくる。そこであえて訊いてみた。ヒグマを「撃てるハンター」と「撃てないハンター」では何が違うのか――。

「それはもうハッキリしてます」と山崎は即答した。

「山を知ってる、クマを知ってる、(山を)歩ける。この三拍子がそろってないと、いくら射撃技術が高くてもヒグマはやれない。『ヒグマを撃ったことがある』という人でも、そのほとんどは、エゾジカなんかを追っているときに、たまたま出くわして、撃ったら獲れちゃったという偶発的なケースです。そうではなく、山に残されたクマの痕跡を見て、その行動を分析・予測して、追いかけて先回りして仕留める、いわゆる『忍び猟』が出来るハンターは、日本でもそう多くはいない。私が直接知っているのは、そのうち10人ほどです」

 その中でも「あいつはちょっと別格」と評するのが、標津町ハンター、赤石正男である。赤石はこれまで120頭以上のヒグマを仕留めた“現役最強”とも噂されるヒグマハンターで、私も何度か取材したことがある(https://bunshun.jp/articles/-/52769)。そのことを知っている山崎はこう尋ねてきた。

「伊藤さん、赤石に会ってどう思った?」 

 どこまでも淡々と――それが私の赤石に対する印象だ。例えば「これまで獲ったクマで一番手強かったのは?」という気負った質問には、「そんなのいねぇな。どれっちゅうことないんだ。いつでも獲るから」という一言で返される。呆気にとられつつも、ハッタリをかましているわけではなく、それが本心から出た言葉であることは、すぐわかった。

「ハハハ、そうですか。あいつは合理主義者なんですよ」と山崎も頷く。

「相手がクマだからシカだからといって、目の色を変えて撃つということがない。極めて淡々と撃つべきときに撃つ。傍から見ているとすごく簡単に獲っているように見えるんだけど、その裏には相当緻密な計算がある。それは天性のもので、僕の目から見ると、アカは生まれながらのハンターなんです。後にも先にもあんなヤツは見たことない」

に見えないものを撃つ男

 あるとき、山崎は赤石と猟に出掛けた。すると、2人から30〜40m離れた藪の中から、シカの鳴き声が聞こえてきた。だが山崎の目には、その姿までは確認できない。すると赤石が「ほら、そこにいる。眼見えるべや。枝の間に眼がふたつ」。山崎が苦笑する。

「そんなこと言われても、『えーっ!?』だよね。オレには全然見えない。だから『アカ、見えるなら撃てよ』と言ったら、『身体がどっち向きかわからないから、動くまで待つ』と言うんだ」

 じっと待つこと40分。ついにシカがしびれを切らしたように走り出した。山崎の眼には「200mぐらい先を走るシカの角の先がチラっと一瞬見えただけ」だった。だが――。

「あいつは、それを撃ったんですよ。直後にザーッと重いものが草の上を滑って笹薮の中に落ちていく音がした。『どこ撃った?』って訊いたら『クビ』っていうんですよ。全力疾走しているシカですよ。『本当かよ?』とこっちはまだ半信半疑でした」

 藪の中を確認すると、まさにクビを一発で射貫かれたオスのエゾジカが絶命していたのである。

「僕には角の先が一瞬見えただけでしたが、赤石のイメージの中では、シカがどうやって笹薮を全力疾走で下っていくのか、その明確な映像(ストーリー)が見えているとしか思えない。実際に目には見えていなくとも、その自分のイメージの中のシカを絶妙なタイミングで撃てば、実際にシカが倒れている。こんなことできるの、他にいませんよ。なんせ冬眠しているヒグマを叩き起こして獲るヤツだからね(笑)

 あいつの場合、山に残されたヒグマの足跡を見ただけで、『ああ、あのクマだな。だいたい何日後にあそこ通るな』ってわかる。一見ボーッとしているように見えますが、そのノウハウたるや凄まじいものがあります」

 銃と射撃のスペシャリストだからこそわかる、稀代のハンターの真骨頂といえるだろう。

「最近じゃ、ヒグマの生態もだいぶかわってきました」

 地元猟友会に所属し、近隣にヒグマの目撃情報があると出動して対応する立場にある山崎は、近年のヒグマについて「ある変化」を指摘する。

「最近はね、子熊を3頭連れた母熊がやけに多いんですよ。昔はこんなにいなかった」

 ヒグマはおおむね6、7月ごろに交尾するが、すぐに妊娠するわけではない。受精卵はすぐに子宮に着床せず、卵管内にしばらくとどまり、秋の栄養状態がよければ着床し妊娠するが、栄養状態が悪ければ流産する。「着床遅延」と言われる繁殖法である。

「母熊が産む頭数も栄養状態と関係していると思われます。現に、5年ほど前にドングリが空前の大豊作だった翌年は、みんな3頭連れの母熊ばかりでした。それが最近じゃ、毎年のように3頭連れを見かけるようになった。それだけ栄養状態がいいわけです」

「その辺の藪に入ればクマの痕跡だらけ」

 なぜか。恐らくヒグマの生息域が人間の生活圏と接近し、農作物や牧草、あるいは家畜用のデントコーンなど、人間が作る栄養価の高いものを日常的に口にするようになった影響ではないか、という。

「多頭出産してもその後の栄養状態が悪ければ、子熊の数は減ってしまうのですが、栄養状態がよければ全頭生き残る可能性が高くなる。また、親離れの仕方も変わってきて、これまではオスは産まれた場所から離れるのが普通でしたが、最近は、母熊の近くから離れない。しかもその生息域は人間の生活域のすぐ近くです。子熊は母熊からいろんなことを教わるわけですが、その中に『人間は怖いもの』という教えは含まれていないのではないか。むしろ『人間の近くで暮らしていれば何かと便利だ。人間は怖くない』と教えている世代だと思う。だからものすごく警戒心が薄い。本当にその辺の藪の中に入っただけで、ヒグマの痕跡だらけですから。

 そんなことを知らない人たちが山菜採りに、その藪の中に平気で入っていく。事故が起こらないほうが不思議な状況なんです。にもかかわらず行政の方は銃をめぐる規制を強める方向にあり、ハンターの人材不足は深刻そのものです」

 全国のハンターが一目おく「北の鉄砲師」が放つ言葉は重く響く。では、こうした状況を前に「羆撃ち」たちは何を思い、どう対抗しようとしているのか。

 私は山崎の紹介で、ある「羆撃ち」の門を叩いた。

(連載次回に続く/文中敬称略)

(伊藤 秀倫)

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