―[腕時計投資家・斉藤由貴生]―


◆Gクラスが「憧れのアイテム」になった変遷

 クルマ好きの腕時計投資家、斉藤由貴生です。

 腕時計や高級車の世界には、多くの人が憧れるアイテムというのが存在します。現在、腕時計であればノーチラスクルマであればメルセデス・ベンツのGクラスがそれに当たるかと思います。

 しかし、実はそれら、昔から「憧れアイテム」というキャラクターではありませんでした。むしろ、どちらもかつては「人気がない」といった存在感だったといえます。今日では考えられないですが、ノーチラスもGクラスも、かつては「変な選択」とすら考えられていた時期があったのです。

 ということで、今回はGクラスを中心に、いつから「憧れアイテム」になったのかをお伝えしたいと思います。

90年代のGクラス

 私が記憶している最も古いGクラスの評判は、1995年頃の軽井沢。当時、小学生だった私は、夏に軽井沢の別荘に滞在していたのですが、あまりにも暇なので、別荘の管理事務所によく遊びに行っていました。

 その管理事務所は、小学生にもフレンドリーで、いろいろな話(どんな有名人が別荘地内にいるとかまで含め)をしてくれたのですが、ふと話題がGクラスの話になったことがあったのです。

 その際、Gクラスの評判はどうだったかというと、『別荘の土地を見に来たお客さんが、ベンツジープ(当時はGクラスしかない)に乗ってきたんだけど、坂登らなかった!あんなのよく買うなぁ』というもの。当時、日本でラインナップされていたGクラスは、2.3リッターか3リッターモデルだったのですが、どちらも非力な旧世代のエンジンだったため、おそらく坂を登らなかったという話は大げさではなかったといえます。

 そしてそういったGクラスへの良くない評判は、他の人々からも聞くことが多かったのです。それら感想の趣旨をざっくりいうと「ジープに乗るならベンツじゃなくても良い」というものでした。

 90年代のGクラスは、“色物ベンツ”的な印象があったのか、かつてのVクラスが「ミニバン買うならベンツの必要がない」などと言われたのと同じようなとらわれ方をしていたといえます。

メーカー側も代替を本気で検討

 90年代半ばにおいて、いわば変なクルマ扱いされていたGクラスですが、メーカー側も本気でGクラスの置き換えを考えていた形跡があります。

 90年代前半、当時のダイムラーベンツは、日本の三菱自動車四輪駆動車を共同開発しようと試みたこともありましたし、97年に登場した初代Mクラスは、Gクラスを置き換える存在という役割も担っていたわけです。

 ちなみに、2001年までGクラスアメリカ市場へ投入されていませんでした。

 軍用車ベースのGクラスは、その特殊性から「万人向けでない」わけです。実際にGクラス2005年モデル)に何日か乗ったことがある私としても「明らかに普通の車と違う」という感想をいだきました。

 ですから、90年代半ば頃におけるGクラスが、一般ユーザーから「変な選択肢」として扱われ、メーカーからも「万人向けでない」という認識がなされていたのは仕方がなかったといえます。

◆変化の兆しは99年頃

 そんなGクラスでありますが、私が最初に感じた「変化」は、99年であります。当時、私は年間の学費が日本一という私立中学校に通っていたのですが、その同級生が自分の家が所有するGクラスを自慢していたのです。

 90年代半ばまでのGクラスへの“悪い印象”がある私としては、「変なやつ」と思ったわけですが、意外にも、『Gクラス=格好良い』という意見に賛同する同級生が多いことに驚きました。

 ちなみに、Gクラスを自慢していた彼の親は、ファッション関係の経営者だったようで、様々な芸能人と仲が良いことを自慢していました。今考えると、いわゆる業界人だったために、時代の先端(いち早くGクラスオシャレと気づく)をいっていたという可能性があります。

 なお、99年当時、Gクラスには1つ大きな変化が起きています。

 それは98年夏頃に、5リッターV8エンジンを搭載するG500(G500L)がラインナップされたという点です。

 先にも述べましたが、それまでGクラスの上位エンジンは3リッター程度だったわけで、Eクラス相当のエンジンが与えられていました。それが、98年からはEクラス以上のエンジンが搭載。その事によって、ブランド力が一気に高まったのだと思います。

 ちなみに、V8エンジン搭載のGクラスは、98年以前にも存在しましたが、それは500GEというごく少数の限定車で、あまり認知はされていませんでした。

2002年の広尾

 そして私は、2002年春頃、広尾でGクラスの地位が高まったことを確信する出来事に遭遇。それは、いかにも港区女子風の2人組の女性が、通りすがりのGクラスアクアマリンブルー)を見て、「あの色初めて見た!」といった出来事です。

 それを聞いた私は、Gクラスの地位がエルメスでいうバーキン並になったと思いました。

 ちなみに、実はその時のGクラスにもきちんとした変化が起きていたのですが、それは何かというと、内装が新世代メルセデス・ベンツ準拠のデザインに変更された点です。

2001年からインテリアが劇的に変化

 2000年までのGクラスは、V8エンジン搭載といっても、内装、特にインパネ部分は90年代前半モデルと変わらず、当時としては「かなり古臭い」印象がありました。今となっては、それが“味”だとプラスに評価されそうですが、2000年クルマとしては明らかに古臭い印象でした。

 それが2001年モデルからは、インパネ中央に純正ナビが装着され、一気に当時の最新型ベンツと同じデザインに変更。中古車界隈の用語では、2001年モデルは「ニューインテリア」と呼ばれているぐらい、高い人気があるわけです。

 ちなみに、2000年に放送されたドラマやまとなでしこ」にGクラスが出てこなかったことからも、やはり2001年ニューインテリア後がGクラスへのイメージ変化のタイミングだったといえます。

◆その後はどんどんと人気になった

 2002年を境目に、Gクラスは憧れアイテムになったといえますが、その他の個人的に印象深かったGクラスにまつわるエピソードは以下です。

2003年歌舞伎町でホスト風の男性が黒いGクラスを道路脇にとめている姿
クルマに詳しくない友人がいつかはGクラスが欲しいと言い出す(2004年
・モテる系の女子が助手席乗るならGクラスがいい!と発言(2008年

 そうして2000年代後半になるにつれ、Gクラス人気はどんどんと高まり、今では、港区内においてはタクシー並によく見かける存在といっても過言ではないほど見かけます。

 大げさでなく、赤羽橋駅前の都道319号線に5分でも立っていれば、何台かGクラスを見かけるほど。また、東京ミッドタウン駐車場にいくと、視界に映るだけで、3台ぐらいGクラスが止まっているという光景は珍しくありません。

 港区にこれほどまでGクラスが多くなったわけですが、それでも依然として人気が高いのは、単に「憧れアイテム」というだけでなく、サイズの小ささ(特に2018年までのモデル)ゆえに都内で扱いやすいという点があるからだと思います。

◆特殊な操作がゆえの本物感

 2018年までに生産されていたW468型は、全高の高さから、一見大きく見えるものの、実はその全長は4500mm以下。全長、全幅はなんとR129のSLよりも小さいのです。

 また、かつて「軍用車ベースゆえに操作系が特殊」といった操作感覚は、マイナスでしたが、人気となった後は、「本物感があって良い」という長所に変化。港区といった狭い範囲で短時間乗る場合、あの特殊な操作系はあまり気にならないかもしれません。

 Gクラスは、2002年頃を境目に「変なクルマ」から「憧れのアイテム」になったといえますが、その後は「憧れアイテム」だからというよりも便利だからという理由で買う人含め、多くの人から支持されている模様です。

 以上、Gクラスが「憧れアイテム」に変化した経緯ですが、かつて「人気がなかった」存在が、これほどまで「大人気」となるのは面白い現象だと思います。<文/斉藤由貴生>

斉藤由貴生】
1986年生まれ。日本初の腕時計投資家として、「腕時計投資新聞」で執筆。母方の祖父はチャコット創業者、父は医者という裕福な家庭に生まれるが幼少期に両親が離婚。中学1年生の頃より、企業のホームページ作成業務を個人で請負い収入を得る。それを元手に高級腕時計を購入。その頃、買った値段より高く売る腕時計投資を考案し、時計の売買で資金を増やしていく。高校卒業後は就職、5年間の社会人経験を経てから筑波大学情報学群情報メディア創成学類に入学。お金を使わず贅沢する「ドケチ快適」のプロ。腕時計は買った値段より高く売却、ロールスロイスは実質10万円で購入。著書に『腕時計投資のすすめ』(イカロス出版)と『もう新品は買うな!』がある

―[腕時計投資家・斉藤由貴生]―


2001年に内装が変更された世代のGクラス