毎年誕生月に、日本年金機構から届く「ねんきん定期便」。夫逝去後の遺族年金の支給額は、ねんきん定期便に記載のとおりと思い込んでいたAさんの事例とともに、サンモールFP事務所代表の辰田光司氏が解説します。

55歳専業主婦、定年直前の会社員夫が逝去…

「えっ少ない! 間違ってない?」大声で驚く中年の女性。

「いえ、間違いではございません」冷静な声で返答する男性の職員。その後、しばらくの沈黙が…。

Aさん(55歳、専業主婦)は、ご主人(55歳、会社員)を心筋梗塞で亡くし、この日は遺族年金の手続きを相談するため、年金事務所を訪ねていました。Aさんには一人娘(20歳、大学生)がおり、3人暮らしでした。Aさんは、以前はパート勤めをしていましたが、持病の腰痛が悪化して3年前に退職していました。ご主人の退職金や死亡保険金が支給されるとはいえ、娘の教育費や住宅ローンの残債、そして、これから長い老後生活が待っています。

「これから生活していけるのかしら…」職員の説明は上の空。年金事務所を出たあと、Aさんは大きなため息をつきました…。

遺族年金支給額、「ねんきん定期便」に書いてある?

公的年金の被保険者(または被保険者であった人)が亡くなった場合、その遺族に「遺族年金」が支給されることは、ご存じの方も多いでしょう。それでは、遺族年金が「いくら」支給されるか、ご存じですか? 私もファイナンシャル・プランナーとして、さまざまな家計相談をお受けしておりますが、その肌感覚としては、大多数の方がご存じないように思います。

支給額が思ったより多かった場合は良いのですが、Aさんのように、支給額を知って愕然とされる場合がやはり大半です。

「ねんきん定期便」記載の額を鵜呑みにすると…

毎年誕生月に、日本年金機構から届く「ねんきん定期便」。この「ねんきん定期便」によって老後が「みえる化」されたことはとてもよいことです。しかし、来所されたお客様に「ご主人に万一のことがあった場合に、遺族年金がどれくらいもらえるか、ご存じですか?」とお聞きすると、次のようなお答えが返ってくることがあります。

「知っていますよ。「ねんきん定期便」を見ていますから」

さて、Aさんのご主人に最近届いた「ねんきん定期便」には、次のように書かれていました。

【老齢年金の種類と見込額(年額)】

65歳~

(1)基礎年金老齢基礎年金780,000円

(2)厚生年金老齢厚生年金(報酬比例部分)1,320,000円

(1)と(2)の合計2,100,000円

※便宜上、(経過的加算部分)の額は省略しています。

これを見たAさんは、「夫に万一のことがあっても、毎年210万円の年金がもらえる」と思い込みました。ご主人の生前の年収は約800万円だったため、むしろこれでも少ないと考えていました。

受け取れる遺族年金は、実際いくらだったのか?

さて、そんなAさんが告げられた遺族年金額はいくらだったのでしょうか? 遺族に支給される公的年金には「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」がありますが、実は、この2つは支給を受けられる遺族が異なります。

■遺族基礎年金

子(※)のある配偶者(妻または夫)または子

※年金法上では、子は「18歳になった年度の3月31日まで(ざっくりと言いますと、高校卒業まで)の未婚の人、または20歳未満で国民年金の障害等級1級または2級の障害の状態にある人で未婚の人」をいいます。

■遺族厚生年金

(優先順位の高い順に)配偶者または子、父母、孫、祖父母

Aさんの場合は、遺族基礎年金は0円です。なぜなら、Aさんの娘はすでに20歳で支給要件に該当しないためです。これに対し、遺族厚生年金はAさんに支給されます。

「ねんきん定期便」に書いてある額が支給されないワケ

1.50歳以上の方の「ねんきん定期便」には、現在の加入条件が60歳まで継続すると仮定して計算された見込額が書かれている

2.遺族厚生年金の支給額は、報酬比例部分の老齢厚生年金額の4分の3となる

上記2つの理由から、Aさんには「ねんきん定期便」に書いてある額が支給されませんでした。

つまり、「ねんきん定期便」から遺族厚生年金の概算額を知るには、「報酬比例部分の老齢厚生年金の額」から「(死亡時から)60歳まで現在の条件で稼働して加算されるはずだった年金額」を引き、それを4分の3にしなければなりません。老齢厚生年金の概算額を計算するための式として、「年収×0.55%×加入年数」という式が知られておりますが、この式を使って遺族厚生年金の概算額を求めますと、

1,320,000円―(8,000,000円(年収)×0.55%×5年(55~60歳))

=1,100,000円

1,100,000円×3/4=825,000円

※便宜上、1年未満の月数は考慮せず計算しています。

ということになります。

ただし、遺族基礎年金を受け取れない、または受け取れなくなった妻に対しては、65歳になるまでのあいだ、「中高齢寡婦加算」として年額583,400円(令和4年度の額)が、遺族厚生年金に加算されます。この「中高齢寡婦加算」の支給要件は、以下のとおりです。

【夫が死亡時に厚生年金に加入している場合】

(1)子のない妻の場合は、夫死亡時の妻の年齢が40歳以上65歳未満であること

(2)子のある妻の場合は、その子が18歳到達年度の末日(その子が障害等級の1級または2級の状態にある場合は20歳に達した日)の時点で、妻の年齢が40歳以上65歳未満であること

【夫が死亡時に厚生年金に加入していない場合】

夫の死亡日までの厚生年金の通算加入期間が20年以上あること

※遺族基礎年金が受給される場合には支給停止となります。

Aさんは「年金法上の子」はいませんので【夫が死亡時に厚生年金に加入している場合】の(1)に該当し、年額583,400円(令和4年度の額)が遺族厚生年金に上乗せされます。したがって、Aさんに支給される遺族年金は、825,000円+583,400円=約140万円(便宜上、1,000円以下の額を切捨て)ということになります。Aさんが考えていた年額210万円とは約70万円もの大きな差があり、Aさんが驚いたのも無理はありません。仮にAさんが老齢年金を65歳から受給するとして、それまでの約10年間でも、約700万円の差が生じることになります。

また、Aさんは「中高齢寡婦加算」が上乗せされましたが、支給要件に該当しない場合(たとえば、夫が死亡時に厚生年金に加入しておらず、かつ通算加入期間が20年未満であった場合)には、さらに大きな差がつく可能性もあります。

万が一の場合の遺族年金、支給額を知るには

Aさんのようにならないためには、日ごろから遺族年金額を知っておき、それに対応した「備え」をしておくことが重要です。特に、家族構成やライフステージが変わったときには、必ず備えを見直しましょう。

しかし、本記事に記載のとおり、遺族年金は老齢年金と支給対象や計算方法がまったく異なりますので、「ねんきん定期便」の額を遺族年金額として鵜呑みにしてはいけないことはもちろん、目安にすることもできないことを知っておきましょう(ただし、「ねんきん定期便」を使って遺族年金額の概算額を計算することはできます)。

それでは、遺族年金額を知るにはどうすればよいのでしょうか。主な方法として、次の4つがあります。

1.生命保険会社や金融機関などの「ねんきん計算ツール」で試算する

2.保険会社や保険代理店で相談する

3.年金事務所や街角の年金相談センターで相談する

4.社会保険労務士やFPに相談する

1は、「ねんきん定期便」を撮影したり、内容を入力することで、手軽に年金額を試算することができます。ただ、条件によっては試算額と実際の支給額が異なる場合もありますので、あくまでも目安とするべきです。

2は、保険の見直しもしたい方にはよいでしょう。ただ、応対者によっては詳しい知識を持っていない場合もあるかもしれません。また、勧められるままに余分な契約をしてしまうことのないよう、事前に商品などの下調べをして相談をしましょう。

3と4は、敷居の高さを感じるかもしれませんが、一番確実な方法でもあります。また、FPに相談をした場合には、年金額だけでなく、ご相談者ひとりひとりに合った「備え」の方法なども助言してもらえる点が大きなメリットです。

今回は会社員の夫を亡くした専業主婦の事例を取り上げましたが、最近は、夫婦の収入差が小さい共働き世帯も増えています。このような世帯は、妻に万一のことがあった場合の備えも考えておきましょう。

辰田光司

ンモールFP事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)