「あなたが敷いた土台のうえに、持続的で、すべての人が輝く包摂的な日本を、地域を、世界をつくっていくことを誓いとしてここに述べ、追悼の辞といたします。安倍さん、安倍総理。お疲れさまでした。そして、本当にありがとうございました。どうか、安らかにおやすみください」

 岸田文雄首相が日本武道館安倍晋三元首相への追悼の辞を述べた頃、会場の外では国葬賛成派と反対派の怒号が飛び交う衝突が起こっていた――。

 安倍元首相が山上徹也容疑者の放った凶弾に倒れてから2カ月半。「故安倍晋三元首相 国葬儀」が東京都千代田区日本武道館で行われた。首相経験者の国葬が行われるのは1967年吉田茂氏以来55年ぶりとなる。

 9月27日午前8時半、秋晴れの空の下、国葬の会場となる武道館近くの九段坂公園に設置された一般献花台へ向かう道には、すでに100人以上の行列ができていた。ほとんどの人が黒い服に身を包み、手提げ袋に白や黄色の花束を入れた人も多い。献花開始は10時である。

「今日は6時起きで福島からきました、最後に安倍さんにお礼をいいたくて。最前列の方は早朝の4時半くらいから並んでいたと聞いて驚きました」(60代女性)

 午前9時になると会場周辺の交通規制がスタート。規制線が敷かれ、武道館を囲んで警察の車両とレンタカーバスがバリケードのように何十台も駐車されていた。会場周辺の地下鉄の出入り口や道路にも多くの警官が配置され、物々しい雰囲気に。地元に住む70代の男性はあまりの警官の多さに「こんなにいてどうするのさ……。いくらかかるんだ」と不満を漏らしていた。

「“国葬反対”の人たちに女性が食って掛かって…」

 警察庁によれば、国葬にあてられた警備員の数は2万人規模だという。安倍元首相が銃撃された事件を教訓に、要人警護の方針を見直した後の大規模なイベントとあって、警備体制は極めて厳重だった。

 前日にはマンホールや皇居のお堀の中まで不審物をチェック。当日は、献花台へ向かう途中に持ち物検査場が設置され、多くの警察官が待機する中で厳しい手荷物確認が行われた。

 あまりの行列ゆえか、当初の予定より30分早い午前9時30分から献花が開始され、白いテント内に設置された2カ所の献花台に絶え間なく人が吸い込まれていく。

「2時間並んでようやく献花できました。大きなトラブルはなかったのですが、周囲に国葬反対というプラカードを持った人が声をあげたり、鈴木エイトさんの本を持ってビラを配っている活動家っぽい人も。その“国葬反対”の人たちに女性が食って掛かって警官に取り囲まれたりもしていて、不安になりました」(50代女性)

 国葬の実施を巡っては、その正当性や国会での審議を経ずに閣議決定された経緯について議論が紛糾。約16億6000万円の経費が全額国費でまかなわれることも、批判の対象となった。9月に行われた報道各社の世論調査では、国葬に「反対」と答えた人の割合がすべての媒体で50%以上という結果に。国民の間で意見が二分されたまま、国葬当日を迎えることになった。

 前日の26日、岸田首相がアメリカのハリス副大統領らと会談している間にも、国葬反対派によるデモや集会が全国各地で行われていた。

「国葬は反対ですね。モリカケとか全部疑惑がおわった後ならともかく、うやむやになったままでやるのはどうかと思うんです。しかも今は静岡とか台風の被害が大変なことになっていますよね、そんなときに何で国葬なんてしてるのか……」(当日に「国葬反対」を掲げたデモに参加した20代男性)

 国葬当日の午前11時30分、千代田区の錦華公園にはおよそ300人の人々が集まり「国葬なんてありえない」「アベ国葬を許さない」と書かれたプラカードを掲げていた。集まった人々の年齢層は高く、年季のはいった黄色いヘルメットをかぶる人々や、車椅子姿の参加者も見受けられる。

 デモ隊が公園を出発したのは12時ちょうど。参加者たちが「政治の私物化するなー」「赤木さんの責任とれー」と声を上げると、沿道からは50代とみられる女性たちの「そうだー!」という声もあがった。

 一方で、会場近くの大学に通う女子大生3人組は、「国葬の話とかどうでもいいし、(デモって)見ていてちょっと怖い」と、遠巻きに眺めていた。

「射殺された人を射的のネタにするのは面白いかなって」

 デモ隊が歩きだして30分後、武道館近くの交差点に到着するとデモ隊の興奮は最高潮に。デモ隊の近くにいた安倍元首相の顔写真がプリントされたTシャツを着た数人の若者は「射的」と書かれた幟を掲げ、周囲の人に水鉄砲を渡して、安倍元首相の写真を撃たせている。

 Tシャツを着て水を浴びていた男性に話を聞くと、21歳の大学生だという。

「どうせ国葬を止めることはできないけど、とにかく安倍をコケにしたいと思って安倍の顔を印刷したTシャツ水鉄砲で射的をやることにしました。射殺された人を射的のネタにするのは面白いかなって。頭おかしいと思われたり顰蹙買ったりするのは承知の上だけど、若者にしかできないことだと思いました」

 何人かが嬉しそうに水鉄砲を撃っていたが、警官の誘導もあり「射的」はまもなく終了した。

 その間もデモ隊は武道館前をゆっくりと練り歩いていたが、交差点には国葬賛成派の一団が待ち構えていた。賛成派は「九段下攻防戦」とかかれた幕を掲げ、「帰れー」「国に帰れ」の大合唱を繰り広げる。

 13時頃にはデモ隊は一度解散したが、国葬が始まる14時頃、その一部が再び武道館から近い九段下交差点に集まりはじめた。すると体格のいい短髪の男性が、拳を振り上げながら「テメーら、またきたのか!」と近づいていく。国葬賛成派と反対派が次々と集まる中、警察が両者の間に割って入りロープで引き離し、互いに睨み合う膠着状態に陥った。

 デモの衝突を見ていた大学生の男性はこう語った。

ツイッターで騒がれていたから見に来ちゃいました。『帰れ』『バーカ』と怒号が飛び交い、賛成派も反対派もスマホで互いに動画を撮りあって、その様子をマスコミYouTuberっぽい人も撮影していてカオスでしたね。個人的にはどちらかというと国葬は賛成。亡くなり方も衝撃的だったし、小さいころから安倍さんを知っていてショックだったので。水鉄砲で安倍さんを射的するパフォーマンスも見ました。あれは倫理的にどうなんですかね……」

 武道館前だけでなく、国会正門前でも約2600人が集まり、国葬の中止を訴えたという。

皇室からは秋篠宮ご夫妻、佳子さまらが参列

 会場の外でデモ隊同士の激しい衝突が起こる間も、武道館では着々と国葬の準備が行われていた。

 14時前に安倍元首相の遺骨を抱いた昭恵夫人が武道館に到着。19発の弔砲が鳴る中、葬儀委員長である岸田文雄首相が出迎えて会場入りした。松野官房長官が開式の辞を述べ、国葬が始まった。

 弔問客として訪れたのは、218の国・地域などから約700人、国内からは約3600人の計約4300人。秋篠宮ご夫妻、佳子さまをはじめとする皇族方7名も参列されたが、野党第一党の立憲民主党共産党などの議員は国葬の根拠が明確でないことなどを理由に多くが欠席した。

山上容疑者の映画を「国葬のタイミングで上映するのは当たり前」

 国葬が始まるのとほぼ同時刻の13時50分、渋谷のロフト9では山上徹也容疑者をモデルとした映画「REVOLUTION+1」の上映が始まろうとしていた。

 この映画を巡っては25日、鹿児島市映画館が「テロを容認するのか」といった抗議のメールや電話が数件寄せられたことを受けて上映を中止にするなど騒動が起きていた。渋谷の上映も中止の可能性がささやかれたが、上映後の監督によるトークイベントも合わせて決行。チケットは完売、満員での上映だった。映画とトークイベントが終わった17時映画館から出てくる人に話を聞くことができた。

素晴らしい映画だったと思う。山上容疑者だけでなく、現代を生きる多くの人が抱えているお金や宗教に関する苦しみが描かれていた。誰にでも共通する問題を炙り出した作品だと思った。国葬のタイミングで上映するのは当たり前。先進国なら両方の立場があって、それぞれ活動してしかるべきだと思う」(60歳男性・大学教員)

「山上容疑者が迷いに迷って犯行に及ぶ姿が描かれていて、興味深い映画だった。国葬の日に上映することへの批判をしている人もいるようですが、理由がわからない。これが安倍さんの葬儀なら静かに過ごすのはわかるが、国葬はただの国のイベント。『国民はすぐに事件を忘れてしまうから、今上映することに意味がある』と監督も言っていました。私も同感です」(60代女性)

 映画で宗教の2世信者を演じたモリヤマアカネさんにも話を聞くことができた。

「出演のオファーを受けた時は正直怖いと思いました。でも私も家族のことで悩んでいた経験があったので、台本を読んだ時、描かれていることと自分に繋がるところがあるのを感じました。映画の上映に関していろいろ言われていますが、映画を見ずに批判してしまうのはとても危ないことだと思う。単純に悪いと決めつけられないところがあるので安倍さん支持の人にも見て、批判するならそれからにしてほしい」

 映画館周辺にはちらほらメディアの姿も見られたが、多くの人が行き交う渋谷駅前では、大型ビジョンでの国葬中継もなく、いつもと変わらない日常が繰り広げられていた。

 町を歩く学生に声を掛けても「うーん、興味無いですね。朝のニュースで今日やるんだって知ったくらい。親とか友達も話題にしてないですし。反対とか賛成もないです」(10代女性・学生)

 献花台に多くの人が集まり長蛇の列ができていることを伝えても、「へえ……」と反応は薄かった。

北海道から献花のために来たが間に合わなかった人も

 この日、武道館の一般献花台には2万人以上が訪れたという。炎天下の中で3~4時間待ちの行列ができており、終了が予定されていた16時になっても花束を持った人々が途切れず、結局18時まで延長して行われた。門が閉め切られた後の18時すぎに献花台近くに到着した50代の会社経営者は肩を落としてこう語った。

北海道から来て15時に羽田に着いたのですが、土地勘がなくてここに来るまで道に迷ってしまって……。アベノミクスに助けられた気がして、以来安倍さんのことを尊敬していたので、一言お礼を言いたいと思ってきたのですが、警察官に規則は規則なのでと献花を断られてしまいました。残念です」

 海外の要人や皇族、国会議員などの参列者による献花がすべて終了し、安倍元首相の遺骨が武道館を離れたのは18時20分のこと。国葬の長い1日がようやく幕を閉じた。

 しかしながら、安倍元首相の殺害事件をきっかけに明るみに出た政治と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係については、さらなる説明と議論が必要とされている。10月3日に召集される秋の臨時国会の場で、野党が自民党と旧統一教会との関係を追及するとみられるが、これに対し、岸田首相はどのように対応するか注目が集まっている。

 安倍元首相を殺害した山上容疑者は、事件当時に刑事責任能力があったかどうかを鑑定するため、現在は留置されており、その拘置期限は11月29日。その後、山上容疑者が何を語るのか。

 山上容疑者の母親から多額の献金を受け、家庭を崩壊させたとされている旧統一教会。この日、渋谷にある旧統一教会本部では半旗が掲げられていたものの、建物内には人気がなく、シャッターは降ろされ静寂に包まれていた。

 安倍元首相の死を巡る、疑惑と謎。その余波は国葬の後も続きそうだ。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

日本武道館には大きな祭壇と安倍晋三元首相の遺影が設置された