(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 ロシアプーチン大統領ウクライナでの戦闘で核兵器を使うかもしれないと示唆したことが、米国で激しい反発を呼んだ。だが米国のバイデン政権は、ロシアが小型戦術核を使用する可能性に対して、ただ「止めろ」という声を上げるだけで、実際にどのような報復や抑止の手段をとるかについては言及しないままである。

 バイデン政権の具体策に触れない態度が、プーチン大統領の核の脅しの効果をさらに高めるのではないかという懸念も、米国では広がりつつある。

「はったりではない」と脅すプーチン大統領

 プーチン大統領9月21日ロシア国内での全国向け演説で、ウクライナでの戦闘への「部分的な動員令」を宣言するとともに、「ロシア領土の保全への脅威に対しては、あらゆる武器を使ってでも防衛する。これは、はったりではない」と語った。

 この「あらゆる武器」は核兵器をも含むという示唆だとの受け止め方が一般的だった。米国でも「プーチン大統領の新たな核兵器行使の威嚇」として大きなニュースとなった。

 とくにプーチン大統領はこの演説で、「北大西洋条約機構NATO)の首脳たちはロシアに対して最悪の場合、核兵器を使用してもよいと考えているようだが」とも述べた。この発言が事実に立脚していないとしても、核兵器という言葉をはっきりと口にしたことは、演説の迫力を増す結果となった。その後に出てきた「あらゆる武器を使ってでも」という言葉に、当然、核兵器が含まれるのだという見方を強くしたわけである。

 プーチン大統領ウクライナ侵攻開始直後の2月24日にも核兵器使用を示唆している。この際は、米側の介入を防ぐための威嚇と解釈されたが、それから7カ月近く経った今、ウクライナでの戦況がロシアに不利となった段階での核使用示唆は、より現実的な言明として受け止められた。つまりロシアは、ウクライナでの戦況を有利にして、ロシア領だと宣言した南部各州を確保するために、戦術核兵器の使用も辞さないと威迫している、というわけだ。

 プーチン大統領は今回の言明で「はったり(英語では“bluff”)ではない」と強調した。“bluff”とは、実際にはその意図がなくても、危険な行動をとるぞと言って脅かすことを意味するが、今回は、ウクライナでの戦闘でロシア軍が守勢に立った状況などから戦術核兵器使用の可能性は前回よりずっと高いとみられる。

「軟弱すぎる」バイデン政権の対応

 米国ではバイデン政権のジョンカービー報道官が「プーチン大統領ウクライナで敗北しつつある際にこんな言辞を述べるのは危険な前例になる」と批判した。同報道官は「プーチン大統領の言明は無責任であり、誰も得をしない」とも述べ、ロシア側の戦略核兵器態勢に今のところ変化はないことも明らかにした。だが米国側がどう対応するかについては、具体的な言及はなにもなかった。

 公の場でのバイデン大統領自身の対応は、プーチン大統領核兵器使用の可能性に対して「止めろ、止めろ、止めろ。そんなことをすれば第2次世界大戦以来の戦争の様相を変えてしまう」と発言するだけだった。

 米国ではバイデン政権のこうした反応について多方面からの批判が噴出した。

 外交関係評議会の上級研究員で著名な戦略問題専門家のマックス・ブート氏は、9月21日付のワシントンポストに「プーチンにはったりをかけさせるな」という見出しの寄稿でバイデン政権の対応を軟弱すぎると批判した。

 ブート氏は、「ロシアの核の脅しに米国が抑止効果を有する反応を示さなければ、プーチンウクライナ国内で戦術核の行使をするかもしれないという、さらなる威嚇でウクライナ戦で優位に立つだろう」と述べた。その上で具体的な対応戦略として、「もしロシアが戦術核兵器を使用したら、米国は少なくともNATO諸国の軍隊を動員してウクライナ領内のロシア軍に通常兵器により総攻撃をかけることを宣言すべきだ」と提案した。「核には核」の対応でなくても抑止効果のある反撃宣言はできるという考え方である。

 戦略問題の権威とされる評論家デービッド・イグネーシアス氏も、ワシントンポスト9月23日付)への寄稿論文で、バイデン大統領が繰り返した「止めろ」という表現はプーチン大統領に対する警告でなくて、懇願だと厳しく批判した。相手に特定の行動をとらないよう頼むという態度は、プーチン大統領を増長させ、その種の脅しがさらに効果をあげるのだ、とも同論文は説いていた。そのうえでイグネーシアス氏は「1962年キューバミサイル危機で当時のケネディ大統領がソ連に対してとった強固な態度から、バイデン氏も学ぶべきだ」と訴えていた。

 保守系の有名な政治評論家ペギー・ヌーナン氏はウォール・ストリートジャーナル(9月24日付)への寄稿論文で、「プーチンの脅しを軽視するのは間違いだ」と題して、やはりバイデン政権への批判を表明した。同論文は、プーチン大統領ウクライナ国内の戦闘での小型の戦術核兵器の使用を、米側の推測よりもっと現実的な手段として考えているとみて、バイデン政権がプーチン言明を「はったりとみるのは間違いだ」と警告していた。

 米国内部でのこうした批判は、バイデン政権が「ロシアの戦術核兵器使用は米国とロシアとの戦略核兵器での対決へとエスカレートし得る」とみて慎重な姿勢をとっているのに対して、ロシア側は「地域限定の小型核兵器の使用は米国との全面衝突を意味しない」という認識を保っているというギャップに焦点を合わせた論調が多いようである。いずれにしてもウクライナでの核問題はなお重大な危険を秘めたままと言えよう。

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