最近、よく見聞きする「Z世代」という言葉。メディアは昔から若者を「〇〇世代」と、ひとまとめにしてとらえ、「ゆとり世代はハングリー精神がない」など、厳しい視線で世代の特徴を語りたがる。こうした皮肉や冷笑ばかりがつきまとう「世代論」は世代間ギャップの拡大を助長するだけで、そんな見方は即刻やめるべきだ。

JBpressですべての写真や図表を見る

(岡部 隆明:就職コンサルタント、元テレビ朝日人事部長)

レッテルを貼られがちな新入社員

「ねえ、今年の新入社員は行儀が悪いの?」

 数年前、入社式の翌日のことです。ある女性先輩社員にこう呼び止められました。テレビ朝日で採用責任者を務めていた私に、質問というよりは非難の響きの強い言葉をかけてきたのです。

「何かありましたか?」

 逆質問してみると、「エレベーターの中で新入社員の2人がおしゃべりしていてうるさかった」ということでした。

 たった2人の新入社員のおしゃべりで、あたかも新入社員全員の行儀やマナーがなってないような拡大解釈だと私は受け止めましたが、ここまで厳しい指摘ではないにしても、毎年、いろいろな立場の方から「今年の新入社員は〇〇だね」という評価を耳にしていたことを思い出しました

 新入社員のような「異質な」存在は目立ち、想像以上に関心を持たれること、しかも若者なので、年長者の厳しい視線が注がれること、そして、何かしらのレッテルを貼られることにあらためて気づかされました。

「団塊世代」以降も続く「○○世代」

 このエピソードはやや極端な例かもしれませんが、家庭や職場などで、物事の見方や感じ方が合わない人がいて違和感を覚えたとき、そこに生きてきた時代背景の違いを見出すことがあります。それは「世代間のギャップ」と言われるものです。

 こんな話を始めたのは、社会の中で世代の違いがことさら強調されると、企業などの組織の中でも無用な軋轢が生じかねないと感じているからです。

 総務省によると9月15日時点の65歳以上の高齢者は、前年より6万人増えて3627万人、総人口に占める割合は29.1%となり、いずれも過去最高を更新しました。また、75歳以上の後期高齢者は前年比72万人増の1937万人で総人口の15.5%となり、初めて15%を超えました。

 これは1947~49年生まれの、いわゆる「団塊世代」が75歳を迎え始めたことが影響しているとのことです。

「団塊世代」は戦後のベビーブーム世代で、この3年間で約800万人もの出生数となった世代を指します。2019年に亡くなった作家の堺屋太一さんが名付けたとされ、戦後の各世代を「○○世代」とくくった代表例だと言っていいでしょう。

 1年間の出生数が80万人を割り込むのではないかと推測されている現在と比べれば、「団塊の世代」はまさに大きな「塊」です。学生運動が盛んな時期に大学に進学し、高度経済成長の真っ只中に社会人になり、バブル経済期は40歳前後の働き盛りでした。

 世代人口が多いことから、もともと競争意識が激しいうえに、我が国の経済成長を実感しながら働いてきたので、自負心が強いと言われています。

超高齢化社会の責任は団塊世代にあるのか

「団塊世代」がそろそろ60歳定年を迎える2000年代の半ば、「労働力不足を招く」「退職金が経営を圧迫する」として「2007年問題」と危惧されました。実際には、再雇用されて深刻な問題にはなりませんでしたが、次は再雇用が終了するタイミングで「2012年問題」と言われました。

 実際には、一定の労働力不足を招いたものの「人件費削減になった」と歓迎される向きもあり、そのおかげで「正規雇用者が増えた」というメリットもあったとされています。

 このように「団塊世代」は何かと注目を浴び、さも日本や企業社会に悪影響を与えかねないような扱いをされてきました。2007年2012年は空騒ぎでしたが、これで終わらずに今度は「2025年問題」と言われています。今から3年後の2025年に「団塊世代」が皆、75歳以上のいわゆる後期高齢者になることで、医療・福祉の費用の急増が見込まれるとの懸念です。

「団塊世代」は戦後の日本経済を支えてきた功労があるはずなのに、人数が多いために超高齢化社会の問題を引き起こす元凶のように扱われているのはひどい話だと私は感じています。

「〇〇世代」と、ほぼ同時期に生まれた人たちをまとめた呼称は「団塊世代」以外にいくつもあります。「バブル世代」「団塊ジュニア世代」「ゆとり世代」「さとり世代」などです。

「ゆとり世代=生ぬるい」という先入観

「団塊世代」は、ネーミングが的確で、かつ日本の経済社会に与えてきた影響がそれなりに大きいこともあり人口に膾炙しました。しかし、それ以外は無理やりまとめた「こじつけ感」が強いように思います。にもかかわらず、「○○世代はこうだ」と揶揄したレッテルを貼り付けて、世代間のギャップを煽るかのごとき言説をメディアなどで目にすることが往々にしてあります。

 一応おさらいすると、「バブル世代」は1965~69年生まれで、社会人になる時期がバブル景気と重なっていた人たちを指します。全体として、就職では恵まれた環境にあったのは確かです。私もこの世代の一人として、「『就職氷河期世代』と呼ばれるような人たちに比べれば、企業の採用意欲は高かった」と振り返ることができます。

 ただ、人気企業の就職は決して楽だったわけではなかったと思います。また、実際に「バブル景気」の恩恵に浴したのは、もっと上の世代であって、私自身は「バブル」の熱狂を体感したことはありません。

ゆとり世代」は1987~2004年生まれで、「ゆとり教育」と呼ばれる授業時間を減らした教育を受けた世代です。「学習指導要領」に沿った学校教育上では「ゆとり」があったかもしれませんが、受験戦争から解放されたわけではなく、「ゆとり」ある学生生活を送ってきたとは限りません。

 この世代の人たちは「ゆとりゆとり」と言われて閉口していたのではないでしょうか。「ゆとり」から連想されて、生ぬるい環境で育ってきたと思われたとしたら気の毒なことです。

米国から「輸入」した「Z世代」という概念

ゆとり世代」の後に位置付けられているのが「さとり世代」です。これはさほど浸透しておらず、生まれた年代も諸説ありますが、「脱ゆとり教育」を受けてきた世代です。

「失われた20年」とか「失われた30年」という言葉が定着した時代に育ち、社会の厳しい現実に対して「悟りを開いている」ので「さとり世代」と命名されたそうです。

ゆとり」に「さとり」。まるで漫才コンビの名前みたいで、もはや言葉遊びの趣きです。

「団塊世代」という言葉は存在感がありましたが、それ以降の面白おかしく命名された「〇〇世代」は、誰もが共通認識を持つレベルには至っていないのではないかと思います。

 しかし、このところやたらに見聞きすることが増えてきた言葉があります。

Z世代」です。

Z世代」は1995~2010年生まれで、マイクロソフトが「Windows95」を発売した1995年を起点として家庭にパソコンが普及し始めた時期に生を受けた世代です。生まれたころからインターネットが身近にあるので「デジタルネイティブ」とも言われ、幼少期からインターネットを介して情報収集をしてきました。そのため、ITリテラシーが高く、SNSを使った情報発信が得意とされています。

Z世代」は日本発の概念ではなく、米国から「輸入」したものです。米国では1960~70年代生まれを「X世代」、1980~90年代を「Y世代」、それに続く世代として「Z世代」と呼んでいます。

「ハラスメント」になる懸念も

 最近、メディアなどで「Z世代」が取り上げられるたびに私は、また「世代論」が活発になるのではないかと憂慮しています。

「世代論」は、一定の年齢帯に属する若者を、育ってきた過程で起きた歴史的な出来事や背景でくくり、その世代に共通した特徴をあげつらうものです。それは社会学的な考察としては意味があるのかもしれませんが、その世代の考え方や行動のマイナス面ばかりが強調されることが多く、職場などで取り沙汰するのは不毛だと思います。

 皮肉や批判を込めて「〇〇世代」とくくりたがるのは「最近の若者は忍耐が足りない」などと、若い人たちの未熟さを嘆く年長者の心持ちと通じるものがあります。若い人たちに対して関心があるのはいいのですが、どうしても厳しい視線で品定めしたり、レッテルを貼ったりする傾向があります。

 それぞれの価値観や行動様式は簡単に変わることはないので、そもそもギャップが埋まることは期待できません。とらえどころがなく、何を考えているかよくわからない若者は、年長者からすれば異質な存在かもしれません。

 だからといって、警戒心を抱いたり、従来のルールやしきたりに順応させて同質化させたいと思ったりするのは横暴な考え方でしょう。道義的に間違っている点は躊躇せず指導するべきですが、世代の違いに基づく、価値観の違いは尊重する必要があります。

 逆もまた然りです。先述したように団塊世代に超高齢化社会の責任があるかのように言ったところで何も問題は解決しません。世代間の意識格差によって生じる嫌がらせを「ジェネレーションギャップハラスメント」と呼ぶそうです。

サラリーマン川柳が示した馬鹿馬鹿しさ

ゆとりでしょ? そう言うあなたは バブルでしょ?」

 これは第一生命保険が主催している「サラリーマン川柳2022年から「サラっと一句!わたしの川柳」に変更)」のコンクール2017年に1位になった句です。異なる世代の者が互いの欠点をなじり合う馬鹿馬鹿しさをよく表しています。

「世代論」を持ち出して、「バブル世代だから甘い」とか「氷河期世代だから危機意識が強い」などと人物評価をするのはバイアスに過ぎません。その世代全体の傾向としてみれば、そういう特性があるかもしれませんが、個人がそうだとは言い切れないはずです。

 メディアは今度は「Z世代」と囃し立てたがりますが、若者世代を「Z世代」と切り分ける意味を私は見出せません。「Z世代」とそれ以外の人たちの境界線をことさらに明確にして、世代間ギャップを強く意識させるだけのような気がします。

 携帯電話は5Gの世代に進化し6Gが視野に入っています。科学技術の進化とともに、機械や商品の規格の世代は更新されていきます。人間社会も世代交代が進んでいきますが、携帯電話ほど単純なものではなく、新しい世代が現れたタイミングで古い世代が淘汰されていくものではありません。企業でもたいていは、さまざまな世代が地層のように積み重なって共存しています。

対立しても誰も幸せにならない

 年長者からすれば若者たちは認識が甘く、社会の何たるかをわかっておらず、その頼りなさがもどかしくて仕方がないのかもしれません。一方で、企業の人事部で人材配置に関わってきた私は、組織を束ねるマネージャーが、柔軟性や機動性に劣るベテランよりも若手を欲しがる傾向が強いことを何度も実感しました。

 ITスキルが求められる時代に追いついていけないベテラン社員が取り残される恐れがある中、雇用延長が進展して60歳代の社員が増えていきます。では下の世代だけで業務を遂行すればいいかというと、労働力人口の減少が進む日本では高齢者を戦力として計算しなければやっていけないという現実があります。

 世代間の対立を激化させることは健全な組織の形成にとって大きな阻害要因になりかねません。それでは誰も幸せにならないのです。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ゴルバチョフ死去で考える、リーダーシップ理論に見る「あるべき」リーダー

[関連記事]

「80歳の壁」など気にせず、気楽に生きればいい

中国が米国を超える大国にはなれない理由、根底から揺らぎ始めた中国社会

Z世代はITリテラシーが高く、SNSを使った情報発信が得意、などとされているが、ひとくくりにする意味はあるのか(写真:アフロ)