ステラメディックス代表、獣医師/ジャーナリスト 星 良孝)

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 動物はいずれも食べ物を生で食べている。同じように、人間にも根源的に食べ物を生で食べたいという強い欲求が備わっているのかもしれない。

 前回記事「レアステーキで食中毒?規制の穴をつき流通する生食用牛肉と不透明な業界慣行」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71905)でも取り上げた食肉の生食。日本の飲食店では食肉を生で食べられるように提供しているところは数多くあるが、それが食中毒の死を招き、再び問題視されている。この9月、京都府で「レアステーキ」と称した牛肉の生肉を原因とした集団食中毒が起きたためだ。前回はその背景について、牛肉と大腸菌との関連を含めてお伝えした。

 続いて生の鳥肉について取り上げようと考えていた矢先に、生つくねという生の鳥肉を提供していた創業98年の老舗が閉店する騒ぎがあった。閉店の背景には、生肉に対する批判がある。

 以下、あらためて閉店の背景に触れつつ、鳥肉と食中毒との関連と、とはいえ日本に生の鳥肉を食べる文化がある中で、いかに生食文化を守っていくかという点について、獣医学の視点も踏まえつつ書いていく。

*動画でも資料を交えて現状や背景を紹介しているので、以下の動画を是非ごらんください。

SNSで炎上】生つくね話題の東京老舗が閉店、鳥の生肉はよいか【鶏肉、食中毒カンピロバクター、健康】

生の鳥肉を団子状で提供していた超人気店の閉店

 京都府の牛肉による食中毒と、それによる90代女性の死亡が全国的に報道されたのは9月15日から16日にかけてだった。16日には、厚生労働省がレアステーキと称して生肉を提供するのをやめるよう通知を出している。もともと厚労省ユッケなど生肉をレアステーキとして販売する問題を指摘していたが、念押しした形だ。

 そんな中、超人気店だった東京の焼き鳥店舗が大きな批判にさらされた。京都の報道があった翌日の17日に、生つくねを提供している飲食店があるのは問題ではないかというTwitterの書き込みが発端だ。

 矢面に立ったのは、東京の東日本橋で大正13年から98年にわたって営業してきた焼き鳥の老舗「江戸政」という飲食店だった。

 江戸政の人気メニューの一つが、生の鳥肉を団子状にした生つくねだった。店の情報によると、1300円で5品を提供しており、そのうちの一つとしてつくねがあり、焼いたもののほか、生や半生も選べるようにしていた。この生の鳥肉が食中毒を引き起こすのではないかと懸念する声が出た。

 江戸政は飲食店の評価サイトでは評価が高く、店に来店した人が開店から行列を作ることも珍しくはなかった。ファンが多いだけに、江戸政の生つくねに対して懸念の声が上がったことに対して、擁護する意見も噴出した。

突然の閉店宣言の理由

 状況が大きく動いたのは、9月20日に江戸政の店主が閉店を宣言したためだった。店主は声明を出した。

「自分が閉業を決意したのは、SNSで叩かれたからではありません。叩かれて当たり前の時代に未だに生を出し、お騒がせしたことを深く受け止め自業自得の責任をとる。と、いう事です。」(原文ママ

 料理が評価された歴史は恥じることないものの、ここで閉店するのが賢明と判断したという趣旨だった。

 これも賛否の意見を呼び込んだ。

 生のつくねは受け入れられている。来店したことがないかもしれない第三者によるネット上の批判を受けて老舗が閉店するのは損失──。そうした声が上がった一方で、逆に生のつくね食中毒の恐れがあるので閉店してよかった、評価できるという意見も寄せられた。

 一連の書き込みはいわゆるSNSの炎上のような形になった。

 この江戸政の閉店の顛末は、牛肉の食中毒事件を受けた急激な動きにも見えるが、状況を俯瞰すると、もう少し中期的な流れの中にあったと分かる。

 というのも、実はここ5年間、生の鳥肉にかかわる業界は大きな転換点を迎えていたからだ。江戸政の店主の頭にもそれはあっただろう。あまり知られていない国や地方の動きも踏まえた上で、鳥肉の生食についてもう一歩掘り下げていく。

食中毒事件の2割を占めるカンピロバクター

 そもそも生の鳥肉は食中毒の原因になるかと言えば、確かに鳥肉は、それが原因となる食中毒を起こしている。

 厚生労働省2021年の統計を見ると、1年間の食中毒の総数は717件、患者数は1万1080人だった。このうち鳥肉の食中毒を起こす主な病原体であるカンピロバクターによる食中毒は154件、患者数は764件。事件数で見ると全体の21.5%で、48.0%のアニサキスに次いで多い。アニサキスは魚食で起こる寄生虫による食中毒だ。患者数で見ると6.9%。

 時系列で見ると、カンピロバクターによる食中毒の患者数は、年によっては3000人を超え、他の病原体と大きな差をつけてダントツで多い。

 2021年は、生牡蠣であたることの多いノロウイルスや前回の動画で紹介した腸管出血性大腸菌よりも少なかったが、それはコロナウイルスのまん延で外食の営業が減ったことも影響したかもしれない。

 いずれにせよ、カンピロバクターによる食中毒コンスタントに発生していると言っていい。

 念のためカンピロバクターの原因になる食材を東京都食中毒発生状況から確認すると、カンピロバクター食中毒は鳥肉関連の食事で発生している。

 以前から鳥肉とカンピロバクターとの関連は明確だったが、生の鳥肉をめぐる界隈を大きく揺らしたのが2017年2018年厚生労働省が出した通知だった。

生食の原則禁止にダメ押しした厚労省の通達

 一つは、2017年3月に出た「カンピロバクター食中毒対策の推進について」と題した通知だ。ここで事実上、厚労省は飲食店での生の鳥肉の提供を禁止したような格好になった。

 鳥肉を加工している食鳥処理業者と卸業者等に対して、飲食店営業者に提供する鳥肉には「加熱用」「生食しないように」という趣旨の表示をすることを求めたからだ。通知を素直に読めば、加工する鳥肉はすべて加熱用と理解できる。つまり鳥肉の生食は飲食店ではしてはならない、という意味だ。

 さらに、鳥肉界隈に追い打ちをかけたのが、2018年に異例の通知と呼ばれる文書が厚生労働省から出されたことだ。2018年3月の「カンピロバクター食中毒事案に対する告発について」という文書である。

 2017年カンピロバクター食中毒の患者数は2315人だったが、通知によれば、事例の半数は、加熱用の鳥肉を生食や加熱不十分の状態で提供していたために起きたものだった。

 厚労省は「悪質性、組織性、緊急性、広域性等を総合的に勘案し、カンピロバクター食中毒を発生させた関係事業者に対する告発の必要性が確認」されていると指摘した。飲食店の鳥肉の生食をやめるようダメ押しした形になった。

 この通知によって、鳥肉の生食は建前上、日本ではやっていけない状況になっていたと言って過言ではない。

 2018年以降も鳥肉料理によるカンピロバクター食中毒は続いており、実態としては修正されたとは言えなかったものの、鳥肉の生食は肩身の狭い状況に追い込まれていた。2022年の江戸政の店主の声明にあった「叩かれて当たり前の時代」という言葉はまさにこうした背景も反映する。

間違いなく関係している鶏農場の汚染

 前回の牛肉の食中毒では、肉牛の飼育の現場での腸管出血性大腸菌の検出状況について見た。同様に、鶏の飼育現場でもカンピロバクターが検出されるのかどうかを見てみよう。

 農林水産省データを見ると、農場や食鳥処理場において鶏群の単位でカンピロバクターの保有を調べたところ、28~90%の陽性率でカンピロバクターが見つかっている。7年近い期間で複数回調べており、この状況は継続していると言えるだろう。

 また、カンピロバクターが陽性の鶏群と、陰性の鶏群のそれぞれから取った鳥肉を調べた結果もある。

 それによると、陽性の鶏群からとった鳥肉はカンピロバクターの汚染率が51~79%、陰性鶏群では0.5~7.2%。たとえ鶏群でカンピロバクターが検出されなくても、一部にはどうしてもカンピロバクターが残ることが分かる。完全に除去するのは難しいのだろう。

 食用になったとすれば、生の鳥肉はどうしてもカンピロバクター食中毒リスクにつながる。

では鳥肉の生食を全廃すべきか

 カンピロバクターが問題だから、鳥肉の生食は全廃にすべきかと言えば、そこは検討の余地が大きいと考える。

 生食に目を向ければ、刺身から、生卵、生牡蠣、さらには野菜のサラダ、浅漬けなど、生食されるものは数限りなくある。冒頭に書いたように、食の原点はあくまで生食で、それをすべて否定するのは違和感もある。

 食中毒の観点から見れば、刺身も食中毒の原因になる。最近ではアニサキスの発生が増えており、2021年は患者数では他の病原体を圧倒して多かった。

*動画でも資料を交えて現状や背景を紹介しているので、以下の動画を是非ごらんください。

【アニサキス】解説、なぜ増えているのか、寄生するさかなの種類とは【NEWS寄生虫食中毒クジラ、動物、健康】

 また生卵もサルモネラ菌などによる食中毒の原因になる。国内で生卵を食べた人の死亡例も報告されたことがある。生牡蠣についても、ノロウイルスによる感染症は毎年発生している。

 カンピロバクター食中毒の影響として、ギランバレー症候群という神経系の病気につながる可能性から警戒されるが、生牡蠣に関連したノロウイルスでもギランバレー症候群が発生することが報告されている。

 また浅漬けでも、腸管出血性大腸菌が発生することがある。浅漬けは発酵しておらず、実質的には生食と見なされている。

 食中毒リスクを重く見るならば、魚食も野菜食も生を避けようという結論になりかねない。

 筆者は食にはリスクはつきものととらえて、安全に食べることができる仕組みを設けるのが現実的ではないかと考えている。

宮崎県と鹿児島県に学ぶ焼烙

 鳥肉の生産地で国内トップ2県は宮崎県鹿児島県である。それぞれの県の名物に鳥刺しがある。2017年厚労省通知を受け止めれば、名物の鳥刺しは食べることができなくなるが、そう簡単には地元の伝統文化を捨てるわけにはいかないだろう。

 そのため、各県ともに鳥肉の生食文化を守るために独自の衛生基準を作っている。

 例えば、2018年鹿児島県は基準を改定し、「生食用食鳥肉の衛生基準」として公開している。鳥肉を解体するときに、カンピロバクターの汚染が考えられている内臓と肉とを分けた後に洗浄することを求めているほか、特徴的なのは肉を分けた後に、腹腔内を火にかける「焼烙」を求めていることだ。そのほかにも処理するための器具の滅菌などについて決まりを定めている。

 地元の鹿児島大学大学院の研究グループは、焼烙処理の大腸菌やカンピロバクターなどを除去する効果について検証して2019年に論文発表している。それを見ると、大腸菌にしてもカンピロバクターにしても、冷蔵することで減少し、さらに焼烙することでゼロになることが示されている。

 行政が主導した食品の処理プロセスの改善、それを裏打ちする科学的なデータをもって食の安全を担保するのは、実践的で現実的な対応だろう。国際的に食品の加工プロセスを適正にして、食の安全を確保する仕組みはHACCPと呼ばれている。食肉の生食においても同様な仕組み作りが求められるだろう。

 無策のままに、食文化を廃れさせるのは無責任と言っても過言ではない。

 生食文化を持つのは当然九州に限らない。江戸政の閉店は覆らないかもしれないが、国も地方も生食文化を守るためのバックアップをもっと考えて良いと考える。

参考文献
腸管出血性大腸菌による食中毒防止の徹底について(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000992172.pdf
江戸政https://goo.gl/maps/x93AbNyDQSQLsZvT8)
令和3年食中毒発生状況(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000915160.pdf
カンピロバクター食中毒予防について(Q&A)(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126281.html
カンピロバクター食中毒対策の推進について(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000159937.pdf
カンピロバクター食中毒事案に対する告発について(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000200841.pdf
食品安全に関するリスクプロファイルシート(農林水産省)https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/pdf/180302_campylo.pdf
Eltayeb KG, Crowley P. Guillain-Barre syndrome associated with Norovirus infection. BMJ Case Rep. 2012 Jun 25;2012:bcr0220125865. doi: 10.1136/bcr.02.2012.5865. PMID: 22736780; PMCID: PMC3448342.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22736780/)
カンピロバクターによる食中毒を予防しましょう(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000128335.pdf
生食文化と食中毒(一般財団法人日本食品分析センター)https://www.jfrl.or.jp/storage/file/news_vol5_no6.pdf
生食用食鳥肉等の安全確保について(鹿児島県)https://www.pref.kagoshima.jp/ae09/kenko-fukushi/yakuji-eisei/syokuhin/joho/niwatori_namasyokuh30.html
Jpn. J. Food Microbiol., 36(2): 105-109 (2019) (jst.go.jp)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm/36/2/36_105/_pdf/-char/ja)

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