
いまや「メガネは顔の一部」。ファッションアイテムとしても、わたしたちの生活にお馴染みのものになった。そんなメガネは13世紀のイタリアで老眼鏡として初めて生まれ、読み書きすることの多かった聖職者たちに愛用された。以降、片眼鏡、スパイグラス、オペラグラスなど、さまざまな機能と形態のメガネが生まれ、あのマリー・アントワネットはダイヤをちりばめた扇子にレンズをつけたメガネを持っていたという。それから数世紀が経ち、レディー・ガガといった世界のディーバたちがこぞって奇抜なデザインメガネをかけるようになるまで、メガネはときに富や権力の象徴となり、そのデザインは時代を超えてリバイバルしてきた。
そんなメガネの意外で奥深い歴史を、鮮やかな写真で今と昔を見比べながら知ることのできる『[フォトグラフィー]メガネの歴史』の訳者あとがきを抜粋して公開する。
ファッションから見たメガネの700年史
本書では、13世紀に誕生したとされるメガネの歴史を、ファッションというフィルターを通して俯瞰して見ている。メガネが700年もの長きにわたってさまざまなタイプに進化したこと、必需品と装飾品のあいだを揺れ動いてきたこと、男女でその受け入れ方がまったくちがっていたことが、グラスコックの色彩豊かで、ときに辛辣な筆致と、あり余る図版でしっかりと把握できる。メガネだけでなくファッションの変遷についても学べるところも、さすがファッション史を専門とするグラスコックと言うべきだろう。わたしとメガネのつき合いは長く、初めて会ってからもうそろそろ半世紀になる。小学校の低学年で近眼になり(それが読書のせいなのかテレビのせいなのかはわからない)メガネ店で検眼してメガネをあつらえた。最初はわずらわしかったメガネだが、次第にわたしという人格(ペルソナ)の一部になっていった。今ではメガネなしの自分が想像できない。コンタクトレンズという選択肢など考えたこともない。近年ではレンズ代込みでも安価なメガネが登場したおかげで、本書にあるように複数本所有して、場面に合わせて使い分けている。
「メガネ女子」誕生までの長い道のり
そんなわたしが本書にあるメガネの歴史のなかで一番心を摑まれたのはジェンダーとの関わりだ。男性にとっては古くからおしゃれとダンディを演出する小道具であり続けたのに対し、女性がかけるといかがわしいとされ、容姿を損なうだとか男が言い寄ってこないだとか、とにかく散々な言われようだ。男のわたしだって幼い頃はメガネザルとからかわれたが、女子の場合はここで書くことすら憚(はばから)れる言葉で罵倒されていた。1970年代後半でこれだったのだから、19世紀や20世紀初頭の状況は想像するに余りある。しかし現在は“メガネ男子”と共に“メガネ女子”ももてはやされ“萌え”の対象とされ、今やメガネにはポジティヴなイメージしかない。ドロシー・パーカーがこの現状を知ったら、眼玉が飛び出すほどビックリすることまちがいなしだ。著者のジェシカ・グラスコックはニューヨーク在住のフリーランスの学芸員で著述家。ファッションの祭典〈METガラ〉の主催で有名なメトロポリタン美術館コスチューム・インスティテュートで10年以上にわたって研究員を務め、さまざまなファッション展覧会の企画を手掛けた。2003年からはパーソンズ・スクール・オブ・デザインでファッション史の教鞭を執っている。著書には『Striptease:From Gaslight to Spotlight(ストリップショーの歴史)』 (2003年) と『American Fashion Accessories(アメリカのファッションアクセサリー)』 (2008年)がある。
これまでメガネを長年の相棒と思っていたが、このグラスコックの力作を読み、本当は相棒どころじゃなく波乱の歴史を歩んできた大先輩だとわかった。なのにベッドに置きっぱなしにしたまま寝て、何度も下敷きにしてしまってごめんなさい。
[書き手]黒木章人(訳者)
【書誌情報】
[フォトグラフィー]メガネの歴史著者:ジェシカ・グラスコック翻訳:黒木 章人 出版社:原書房 装丁:単行本(262ページ) 発売日:2022-08-24 ISBN-10:4562072016 ISBN-13:978-4562072019 |
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