裁判を傍聴していると関係者の涙に触れることは決して珍しくない。多くは被告人やその関係者、そして事件の被害者によるものだ。しかし今年7月、20代後半の男性が自殺幇助未遂という珍しい罪名に問われた裁判(大阪地裁)で、法廷で涙を流したのは当事者ではなく、弁護人だった。

日々、多くの人間関係によるいざこざや裁判に触れる法曹関係者は、法廷で涙を流すことは滅多にない。弁護人が涙した珍しい裁判の模様をお送りする。(裁判ライター:普通)

●滅多に裁判にならない罪名

裁判で問われている罪名は「自殺幇助未遂」。裁判では滅多に見かけない罪名だ。

被告人は20代後半の男性。SNSで自殺志願をしていたA(未成年・性別不明)と連絡を取り合い、共に自殺を決行する計画を立てた。

起訴状などによると、Aは新幹線にて、被告人の待つ新大阪駅へ自ら向かった。そこで合流し、二人でホームセンターでロープなどを購入し、奈良県の山へ、林道付近の木にロープをかけそこに首をかけたものの、その恐怖心からA自ら行為を中断し、その目的を遂げられなかったというものである。被告人にはAに対し自殺行為を幇助した疑いがかけられている。

事件を警察に伝えられるまで事情を全く知らなかったAの父は、「不安定な精神状態の年齢の子の言うことに対して、助けるでもなく、実行の手助けをしたというのは許せない」と怒りの供述を残している。Aの心情は裁判では明らかにされなかった。

未成年である自身の子の自殺を止めるどころか、手伝ったとして親が怒りを見せるのも当然と思えるが、この事件の流れについて、被告人は異議を唱える。

起訴状によると、Aが自らの判断で中断したとあるが、被告人が「もう止めよう」ときっかけを作った。被害者に恐怖心があったのは確かだが、まだ実行の意思はあり、中断したのは、自分の働きかけによるものであると主張した。

弁護人は、この点を軸に弁論を展開していく。

●被告人は何故止めることができなかったのか

そもそも、SNSで自殺志願をする未成年の行動を幇助すると聞いて、皆さんはどのような人物像を思い浮かべるだろうか。裁判でのとある一幕を紹介する。

裁判では人定質問という、起訴状に書かれた内容と、法廷に立つ人間が同一かを確認する手順がある。

裁判官「被告人、名前は?」
被告人「名前は、〇〇です!」

裁判官「住所は?」
被告人「住所はあります!」

裁判官「・・・どこですか?」
被告人「〇〇です」

初めての裁判で緊張していたのかもしれないが、基本的な質問のやりとりがうまく嚙み合わない。少し幼さのようなものを感じ、不安を感じるスタートであった。

裁判で明らかになった被告人の経歴を簡単に抜粋する。被告人は高校を中退後、職を転々として現在にいたる。家族から虐待をされていた過去があり、友人とも疎遠な関係にあった。借金もあったが誰にも相談できず、デイサービスの仕事とコンビニエンスストアの夜勤でなんとか生活をしていたものの、金銭的、精神的、肉体的に辛い状態が続いていた。

被告人は自身で自殺を考えるようになり、情報を検索していたところ、Aと知り合うことになる。

当初はすがるような気持ちでやりとりをしていたものの、自殺の話が具体的になるにつれ、自身の思いは薄れていく。思いを共有できる人物を求めていたのかもしれない。

しかしAの思いは異なっていた。過去にSNSで知り合った人物と共同の自殺の計画を進めるも、直前で連絡が取れなくなってしまった経験を持つAは、今度こそはという熱量があった。Aに同情し、なんとか止めてあげたいと思うようになった被告人であったが、その熱に押され、ずるずると話は進んでいってしまった。

●「帰りのロープウェイはまだあるね」

事件当日も被告人なりに決行を止めるつもりはあったという。

弁護人「あなたは山頂で夕日の写真を撮っていますが、それは何故ですか?」
被告人「綺麗な写真を見せて、少しでも気を紛らしてもらうのと、話すきっかけが欲しくて」

弁護人「話すきっかけというのは?」
被告人「やめようと言うきっかけです」

弁護人「言えたんですか?」
被告人「ちゃんと言えなくて...。でも帰りのロープウェイはまだあるねなど言ったりはしました」

このやりとりが自殺を止めるためのものとしては不十分なのは当然だ。だが、被告人の幼さを感じさせるそれまでの言動などと照らすと、その気はあったのだろうと理解はできた。

その後、木は誰が選んだのか、ロープは誰がひっかけたのか、首を括る輪を作ったのは誰かといった確認が続く。「幇助」が問われているので、どう関与したのかを証明するのは重要ではあるが、ここに生々しい息苦しい感覚を覚えた。

弁護人「あなたは今、自殺の願望はありますか?」
被告人「今はありません、前向きに頑張って生きようと思っています」

涙声になりながらも、はっきりと答える被告人。

弁護人「そう思うきっかけはありますか?」
被告人「警察での取り調べで、携帯電話を見せられたところ、LINEの通知が40件くらいありました。自分のこと心配してくれる人がいるということを知って、自分も頑張っていかなきゃいけないなと心の整理がつきました」

弁護人「今後も辛いことあると思うけど大丈夫?」
被告人「今回の件がきっかけと言ったらよくないですけど、自分は独りじゃないと思えたし、僕も誰かを支えるようなことができたらと思います」

はっきりと答える被告人、堂々としたものを感じた。

●弁護人の涙ながらの訴えの理由は

検察官は、大阪からわざわざ奈良の山を選んで連れて行くなどの行動を計画的な犯行であるとしたことに加え、未成年の命を失いかけた行為の役割は大きかったとして、懲役2年を求刑した。

弁護人による最終弁論は、非常に熱の入ったものだった。問われている事実は概ね認めるが情状酌量に多分に余地があるとした。

まずは今回、幇助としての行動は大変軽微であると思われる点を挙げた。

「Aは自ら新幹線で向かうなど、被告人の金銭的援助を必要としていた訳ではない」
「被告人自身は決行の意思を喪失しており、あくまでAの積極的行動を強く止められなかった(手助けしたのではない)だけである」
「行動の発端となるSNSのDMはAから送っており、やりとりに主従性も認められないのに、これで被告人にのみ罪が成立するのはおかしいのではないか」

そして、被告人が今後の更生に向けての努力をしている点も挙げた。

「示談にはいたっていないが、その手を尽くしている」
「真摯に反省し、各種捜査に協力をしている」
「勤労意欲もあり、前向きに生きる意思を見せているので再犯の可能性は低い」

これらの事情を鑑み、「社会内において更生がなされるべきだ」と強く説いた。ここで弁護人は涙を流した。法廷にいる誰もが弁護人に視線を向けるほどに、はっきりとわかるものであったが、弁護人は訴えを止めることはなかった。

推測であるが、幼さを見せながらも前向きに生きる決意をした被告人の決意を無下にしないために、、弁護人は心の底から「社会内において更生がなされるべきだ」と思ったのではないだろうか。この涙は、その可能性を正当に主張できる弁護人としての矜持ではないかと私は受け取った。この場面では、傍聴席にも一部涙を流す人がいたように思う。

●判決で被告人は・・・

判決は1週間後に宣告された。懲役1年6月、執行猶予3年の判決内容であった。

執行猶予が付与され、検察官からの求刑からは半年減刑される形となったが、裁判官からの判決理由は、基本的に検察官の主張を反映させたもので、弁護側の主張は認められない形となった。

有罪は免れないと分かってはいたものの、もう少し憂慮があるものと私は期待していた。被告人の後ろ姿からも失望感が見て取れ、しばらくその場から身動きを取ることができていなかった。

傍聴のルール上ご法度であるが、呆然としている被告人に、「頑張るって言っただろ、ここで負けるなよ」と声をかけたい思いに駆られた。

【ライタープロフィール】 普通(ふつう):裁判ライターとして毎月約100件の裁判を傍聴。ニュースで報じられない事件を中心にYouTube、noteなどで発信。趣味の国内旅行には必ず、その地での裁判傍聴を組み合わせるなど裁判中心の生活を送っている。

未成年の自殺幇助未遂に問われた「28歳男性」、弁護士が法廷で涙を流して語ったこと