ウクライナ戦争はいよいよ大詰めを迎えようとしている。

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 ウクライナ軍はヘルソン州での攻勢には成功しなかったものの、ハリコフ州での奇襲には成功し、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は今年(2022)9月13日8000平方キロの領土を奪還したと公表している。

 しかし同時に、ゼレンスキー大統領は「ロシアが奪った領土をそのまま維持するのを認めるような停戦」には拒否姿勢を示している。

 ウクライナ軍は奪われた領土の奪還に成功するのであろうか?

 他方のロシアは、住民投票を行い占領地域のロシア領への併合を既成事実化しようとしている。

 ロシアはハリコフ州を失ったが、核使用という切り札を持っている。それが行使されるとすれば、どのような場合であり、その可能性はどの程度あるのだろうか?

敗北していないロシア軍

 へルソン州でのドニエプル川西岸地域のロシア軍に対し、まずハイマーズHigh Mobility Artillery Rocket SystemHIMARS=高機動ロケットシステム)により同川の橋梁3カ所と上流の水力発電所のダムが破壊された。

 これによりロシア軍の後方補給線が絶たれた。

 ロシア軍はすぐに数本の浮橋を建設して補給線を確保しているが、従来の橋梁を使用できなくなり、補給量や東岸からの部隊の増援に制限を受けることにはなったとみられる。

 この約2.2万人のドニエプル川西岸のロシア軍に対し、約3.5万人のウクライナ軍が8月29日から南北2正面でまず攻勢に出た。

 それによりロシア軍を南北に分断拘束し、その間隙の中央から主力による突破を試みたとみられる。

 ウクライナ軍の計画は、ポーランドなどから供与された数百両の「T-72」型戦車や装甲車両からなる戦車旅団などを主力とし、NATO北大西洋条約機構)から供与されたハイマーズなどの長射程火力と対空ミサイルの援護下に中央を突破し、州都ヘルソン市の奪還を目指すことにあったとみられる。

 しかし、ロシア軍の強大な阻止火力と航空攻撃により甚大な被害を出し、3正面からの攻勢はいずれもロシア軍により阻止された。

 特に、ヘルソン州のドニエプル川西岸は、平坦な地形で隠蔽できる森林などにも乏しいため、集結中の部隊が発見され集中砲火により損害を出し、あるいは突破を試みた戦車部隊や装甲車両がミサイル攻撃で大損害を出した模様である。

 このような戦況を挽回するため、約2万人のヘルソン正面に拘置していた予備隊主力を、夜間に戦略機動させて迂回させたとみられる。

 迂回部隊主力は、ロシア軍が訓練水準の低い部隊を展開し手薄だったハリコフ(ハリキウ)市南部正面に投入された。9月7日頃から開始された攻勢により奇襲されたロシア軍は一時壊乱状態になり、一部の重装備などを遺したまま後退した。

 ウクライナ軍のハリコフ市南部から突進した部隊は、ロシア軍占領地域後方50キロ以上まで一気に突破することに成功し、さらにハリコフ州全域にも戦果は拡大され、9月10日にはほぼ全域の奪還に成功した。

 その際に、先行し浸透した部隊がロシア軍の後方の各所にウクライナ軍の国旗を掲げて、ロシア軍側の士気を喪失させるという偽計も行われた。

 9月11日には交通上の要域でありドンバス地域への玄関口ともいえるイジュームも奪還された。

 ただし、9月20日時点では、ハリコフ州東部を流れるオスコル川の線でロシア軍は東岸に陣地を再編し、ウクライナ軍の東進は阻止されている。

 イジューム以南へのウクライナ軍の攻勢も弱まり、ルハンスク州の一部を奪還したにとどまっている。

 ただし、ロシア軍に多数の投降兵や捕虜が出たという情報はない。

 ロシア軍は部隊としての組織力を維持しつつ後退している。ロシアにとりハリコフ州は、本来の戦争目的からみて必ずしも必要ではない。

 今年9月21日ウラジーミル・プーチン大統領テレビ演説でも、「今日私が話す相手は、(中略)我々の兄弟姉妹であるルガンスク人民共和国ドネツク人民共和国・ザポリージャ州・ヘルソン州のほかネオナチ政権から解放された各地域の住民だ」(『NHK 国際ニュースナビ』2022年9月22日)と述べている。

 すなわち、ロシアの戦争目的はロシア系住民が多く、ドネツク州の一部を除き既に占領している地域とほぼ重なる地域とクリミアの分離独立、さらにはロシア共和国への併合にあると言えよう。

 その観点から言えば、ロシアにとりハリコフ州の占領は必須の目標ではない。

 そうであるならば、ハリコフ州からは兵力を撤退させ現占領地域の占領確保のために集中運用した方が賢明との、戦争指導部中枢の判断のもとに組織的に行われたとみられる。

 その意味ではロシア軍が敗北したとみるのは早計である。

 ゼレンスキー大統領も警告しているが、ロシア軍のハリコフ州からの撤退は、次期攻勢のための兵力の再配備と再編のための、組織的な後退行動とみるのが妥当であろう。

 組織的な後退行動とみられる証拠は、ロシア兵の遺棄死体、捕虜、遺棄装備が、一部の重装備の遺棄を除き報じられていない点に表れている。

 逆に言えば、ウクライナ軍はハリコフ州という地域の奪還にはほぼ成功したものの、突破したロシア軍主力の捕捉撃滅という戦果は逸したことを意味している。

 ちなみに、セベルドネツク一帯のウクライナ軍が包囲され降伏した際には、約1.5万人のウクライナ軍の捕虜が出たと、ロシア側は報じている。

 他方、南西部の要衝であるバフムートでは、ロシア軍の攻勢が強まっている。

 ロシア軍は西方に進撃を続け、ウクライナ側の補給線である鉄道・幹線道路に迫っている。同正面では9月初旬からロシア軍の第3軍団の集結、北上も伝えられており、ロシア軍による新たな攻勢が準備されている可能性もある。

 また、一時砲撃が問題となったドニエプル川南岸のザポリージャ原発については、9月1日に国際原子力機関(IAEA)が入り、6日には調査報告書を公表し、同原発地域を「安全保護区域」として指定し、双方の軍事行動を止めさせた。

 このザポリージャ原発についても、英国のMI6で訓練された特殊部隊約700人が9月1日にゴムボートでドニエプル川を夜間密かに渡河し、同原発周辺地域に潜入したと報じられている。

 しかし9月20日現在もロシア軍が同原発を占領している。

 なお、ロシア軍はザポリージャ原発の対岸の内陸部3カ所に対し、原発への砲撃をしている部隊を制圧するためと称し、砲爆撃を加えている。ウクライナ軍はロシア軍自作自演だと主張し、双方の見解は対立している。

 常識的に考えるならば、同原発を奪取するまではロシア軍が砲爆撃を加えたとみられるが、奪取してからはウクライナ軍が反撃し利用を妨害するために砲撃を加えたとみるべきであろう。

 ロシア軍によるドニエプル川北岸の複数の目標に対する砲撃がそれを示唆している。IAEAの調査結果と併せ慎重な判断を要する問題である。

 プーチン大統領は後述するように、9月21日の部分動員下令に関する演説の中で、ザポリージャ原発へのウクライナ軍の砲撃について言及し、「原子力の大災害が発生する危険がある」として非難している。

 原発については、9月19日にもウクライナ南部原発にロシア軍が攻撃を加えたとされている。

 ただし、この攻撃については、衛星画像によれば同原発の南方にあるウクライナ軍の油脂保管庫に命中しており、意図的にロシア側が原発を加えたとの見方は妥当ではないとみられる。

 後述するように、ロシア側の重大な懸念の一つとして、ウクライナ軍の核能力保有がある。

 この点は、開戦当日の演説でプーチン大統領が、「彼らは、核兵器を保有していると主張している」と述べていることでも明らかである。

 この点から見れば、ロシア軍が開戦直後に、キーウキエフ)正面に主力を展開し、まず軍用炉として随時プルトニウム抽出が可能なチェルノブイリ原発を占領し、同正面からの撤退時に使用済み燃料棒を持ち去ったこと、南部ではザポリージャ原発を占領し続けていることの背後に、ウクライナ核保有潜在能力を奪いあるいは弱めようとするロシア側の一貫した企図が伺われる。

 また今後予想される核軍拡競争において、ザポリージャ原発が供給する使用済み燃料棒から抽出されるプルトニウム生産能力はロシアにとっても、ウクライナを支援している米英仏にとっても、極めて重要な戦略的価値を持っている。

 ザポリージャ原発はエネルギー戦争という観点からも極めて重要な価値を持っている。

 同原発は、ソ連時代に建設された欧州最大の原発であり、全ウクライナの約半分の電力を供給してきた。

 冬季を控え、ノルドストリーム1・2の天然ガス供給や石油高騰が欧州で問題になっているように、ウクライナ戦争はエネルギー戦争の様相を強めている。

 ザポリージャ原発をいずれが占領するかは、核保有能力の争奪とエネルギー戦争の両面で極めて重要な戦略的価値を有している。

 その重要性を認識し、米英仏の支援を受けてウクライナ側が奪還を試みる可能性は高く、南部での戦いの焦点の一つとなるであろう。

ロシアの核恫喝と核使用のシナリオ

 長崎大学核廃絶研究センターの発表によれば、2021年6月1日現在の、世界各国の保有核弾頭数は、ロシア6260発(1600)(()は配備中弾頭数。以下同じ)、米国5550発(1800)、中国350発(0)、フランス290発(280)、英国225発(120)、パキスタン165発(0)、インド160発(0)、イスラエル90発(0)、北朝鮮40発(0)となっている。

 なお中国と北朝鮮核弾頭数の増産を続けているとみられ、米国防省は2021年11月、中国は2030年までに少なくとも1000発の核弾頭を保有することを目指している可能性があると公表している。

 北朝鮮も今年4月16日、新たな短距離ミサイルの発射実験を行った。

 国営メディアによると、「戦術核運用の効率強化」が目的で、初めて同国は特定のシステムと戦術核兵器を結びつけた。

 2016年3月北朝鮮の国営メディアは、金正恩第一書記が核弾頭の模型とみられる「銀色球体」と長距離弾道ミサイル「KN-08」を前に「核爆弾を軽量化して弾道ロケットに合致するように標準化、規格化を実現した」と発言している。

 核弾頭を小型化し、それを短距離ミサイルに搭載できるようになれば、より数多くの核弾頭を配備できるようになり、攻撃抑止のために少数の都市に脅しをかけるのではなく、韓国の幅広い軍事目標に対して使用する可能性があるとみられている。

 IAEAは、2021年8月に北朝鮮が寧辺(ヨンビョン)の核関連施設を再稼働させた可能性があるとの報告書をまとめた。この施設の稼働の兆しがとらえられたのは2018年12月以来とみられている。

 2022年9月8日金正恩国務委員長は施政演説の中で、米国が狙う目的は、「究極的には核を投げうたせ、自衛権行使力まで放棄あるいは劣勢に追い込むことにより、我が政権を崩壊させる」ことにあり、「絶対に核を放棄することはできない」と明言している。

 このように、世界的には核の増産と質的向上が趨勢となり、核兵器の重要性が増し、新たな核軍拡競争が激化する傾向にある。

 ウクライナ戦争開戦直後からプーチン大統領が何度も核恫喝をかけてきたのは明白な事実である。今回のハリコフ攻勢後においても核恫喝がまたもかけられた。

 今年2月7日プーチン大統領は、仏マクロ大統領との会談で「ロシア核保有国だ。その戦争に勝者はいない」と、核使用の可能性について言及した。

 2月19日には、核弾頭を搭載できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)と極超音速巡航ミサイルの大規模な発射演習を行い、「全弾が目標に命中した」と発表、核保有能力を誇示した。

 プーチン大統領の指揮のもと、戦略的抑止力の向上のためとして、核戦力を運用する航空宇宙軍や戦略ミサイル部隊などが参加し、ミサイルの発射演習を行っている。

 プーチン大統領モスクワ時間の2月24日早朝、「住民を保護するため」との理由でウクライナ東部における特殊な軍事作戦の遂行を決断したと発表した。

 その際のテレビ演説で「外部からの邪魔を試みようとする者は誰であれ、そうすれば歴史上で類を見ないほど大きな結果に直面するだろう」と語り、核兵器の使用も辞さない構えを再び示唆した。

 さらに同演説で「現代のロシアソビエトが崩壊した後も最強の核保有国の一つだ。ロシアへの直接攻撃は、潜在的な侵略者にとって敗北と壊滅的な結果をもたらす」と述べ、核抑止力部隊を特別警戒態勢に置くよう命じた。

 9月21日プーチン大統領は国民向けのテレビ演説で、核脅威と対応について以下のように発言し、核使用も辞さない姿勢を示している。

「核による脅迫も行われている。西側が扇動するザポリージャ原発への砲撃によって、原子力の大災害が発生する危険があるというだけでなく、NATOを主導する国々の複数の高官から、ロシアに対して大量破壊兵器核兵器を使用する可能性があり、それは許容可能という発言も出た」

ロシアに対してこうした発言をすることをよしとする人々に対し、わが国もまた様々な破壊手段を保有しており、一部はNATO加盟国よりも最先端のものだということを思い出させておきたい」

「わが国の領土の一体性が脅かされる場合には、ロシアとわが国民を守るため、われわれは、当然、保有するあらゆる手段を行使する。これは脅しではない」

ロシア国民は確信してよい。祖国の領土の一体性、われわれの独立と自由は確保され、改めて強調するが、それはわれわれが保有するあらゆる手段によって確保されるであろう。核兵器でわれわれを脅迫するものは、風向きが逆になる可能性があることを知るべきだ」

(『NHK 国際ニュースナビ』2022年9月22日

 またロシア側は、ロシアの保有する核弾頭数は米英仏を併せた数よりも多いと、世界一の核戦力保有国であることを再度誇示している。

 なお、公表されたロシアの軍事ドクトリンによれば、ロシア核兵器を使用するシナリオとして次の4つを規定している。

1. ロシアまたはその同盟国に対する弾道ミサイルによる攻撃が確認された場合

2. ロシアまたはその同盟国に対する核兵器またはその他の大量破壊兵器(生物・化学兵器)による攻撃が行われた場合

3. ロシア核兵器の指揮統制システムを脅かす行動がとられた場合

4. ロシア連邦が通常兵器で攻撃され、国家の存立そのものが脅かされる場合

 プーチン大統領は、ウクライナ戦争の開戦当初から、上に述べたように何度も核恫喝をかけている。

 さらに、下記のようにルハンスクドネツク・ザポリージャ・ヘルソンの各州とクリミアにおいて、住民投票を行い、ロシア連邦に合併することを企図している。

 これらの地域は現在の占領地域と、ドネツク州の西部を除き、ほぼ重なっており、ロシア系住民が多数居住し、かつての帝政ロシアの元々の支配地域とも重なっている。

 住民投票にかければ、ロシア連邦への併合に賛成する者が過半数を占めるとの結果が出ると予想される。すなわち、上記の核使用の条件の4に占領地域の全域が含まれることになり、通常戦力による攻撃でも核使用が可能になる。

 このようにプーチン政権は、地政学的歴史的条件、核を含めた軍事ドクトリン、占領行政など多正面から、今回の「特別軍事作戦」の戦争目的に合致した態勢固めを図っていると言えよう。

 9月21日の30万人動員下令は、住民投票の結果を盾に現占領地域を平定しその安全を確保するとともに、残されたドネツク州東部を占領するために、必要な戦力を確保するために採られたとみられる。

 今回の部分動員は、核兵器を使用するという切羽詰まった状況に追い込まれているというよりも、通常戦力により戦争目的を達成できるとの判断があるとみられる。

 ゼレンスキー大統領は、ロシア側は100万人の動員も計画していると発言しており、まだロシア側には通常戦力をさらに増強する余裕があるとウクライナ側もみている。

 このように通常戦力のみでも戦争目的を達成しうると判断できる情勢の下では、ロシア側が核戦力を使用する必要性や動機には乏しいとみるべきであろう。

 プーチン大統領9月21日の部分的動員令に反発する動きもロシア国内では報じられている。

 ロシア全土で9月21日プーチン大統領ウクライナ侵攻のために出した部分的動員令への抗議デモが行われ、人権団体OVDインフォによると、拘束者は38都市で1400人以上に上った。

 内訳は首都モスクワと第2の都市サンクトペテルブルクで各500人規模。侵攻が長期化する中、動員令に対して若者を中心に動揺が広がり、弾圧で沈静化していた反戦デモの再燃につながったとみられる(『JIJI.COM2022年9月22日)。

 このように一部には反対行動がみられるが、それがどの程度全国的な広がりを見せるかには疑問がある。

 今年4月22日ロシアの独立系調査機関が発表したプーチン大統領に対する支持率は83%と、開戦前より10ポイント上がったと報じられている。

 開戦から200日を超えた現在、どの程度の支持率が維持されているかは不明だが、一部の反対のみでプーチン政権の戦争継続が困難になると即断はできない。また軍事的には、部分動員は抑制的な対応であり、なおロシアは余力を残している。

 危機時には強い指導者の周りに結束し、国土を護り抜いてきたロシアの伝統からみれば、この程度の犠牲でロシア一般国民が反戦、反プーチンに動くとはみられない。

 プーチン政権は、親ロシア派を通じて占領・支配するウクライナ東・南部4州で、23~27日にロシアへの編入に向けた「住民投票」を実施すると決定した。

 プーチン大統領は演説で、住民投票の結果が出れば「支持する」と言明、「解放された地域、とりわけ歴史的領土であるノボロシア(ウクライナ東・南部の別称)の住民はネオナチのくびきを嫌っている」と述べ、投票を根拠にロシアへの編入に踏み切ることを示唆した(『JIJI.COM2022年9月22日)。

 クリミアのようにロシア軍の監視下で、ロシア系住民が多数を占める現在の占領地域内において、ロシア領編入を求める住民投票をすれば、賛成票が多数を占めることになるであろう。そうなれば、4州の現占領地域はロシア領に併合されることになる。

 むしろ、ザポリージャ原発砲撃をウクライナ側が行ったとすれば、ウクライナ側に核災害を含む大量破壊兵器使用の誘因が高まっていると言えるかもしれない。

 追い込まれた側が大量破壊兵器やそれに類する手段を行使する危険性が高まるためである。

 核使用の可能性はウクライナロシア両国にその可能性があることを踏まえ、今後注目していく必要がある。

 特に、住民投票後4州のロシア領併合が実現すれば、これに対しウクライナ側がこれら領土への攻勢奪還を試み、それが部分的にでも成功した場合には、上記条件4に該当するおそれがある。

 そうなれば、ロシアによる核使用の可能性が急激に高まるかもしれない。

 逆に、ロシアの自国領併合の動きを必死で止めようとしたウクライナ側が、原発攻撃や生物・化学兵器の使用に出た場合は、上記条件2に該当する。

 また、それと併せ大規模なサイバー攻撃によりロシア側の核兵器の指揮統制システムを機能マヒさせるようなことがあれば、上記条件3に該当する。いずれの場合も、ロシアの核使用の可能性は高まるとみられる。

 4州併合後の情勢推移いかんによっては、かつてないほど核兵器使用の危機は高まると言えよう。

通常戦力でも優位にあるロシア

 ロシア軍ウクライナ軍両軍にとり差し迫った深刻な問題は、兵員の不足をどう補充し戦力を維持するかという課題である。しかし両軍の損耗(戦死者と戦傷者)に関する情報は限られている。

 ロシア国防省は3月下旬に死者1351人と発表後、更新していなかった。しかし30万人動員下令を受け、ロシアのショイグ国防相は9月21日、国営テレビで放映されたインタビューで、「長らく明らかにしてこなかったが、触れざるを得ない」としつつ、ウクライナ侵攻に伴うロシア側の戦死者が5937人に上ったと公表している。

 約200日の戦死者とすれば1日30人、負傷者も含めて120人程度となる。200日間では戦死傷者からなる損耗数は約2.4万人となる。

 他方、米国防省は負傷者も含めたロシア軍の損害を「7万~8万人」と推計している。

 ウクライナ軍の損耗について、今年8月、ウクライナ側から戦死者、負傷者、逃亡兵を含めた損耗は、1日当たり約1000人との数字が出されている。

 また9月に入り1日の平均戦死者数は200人程度との数値も出されている。通例、負傷者は戦死者の3倍出るので、その場合の戦死者と負傷者の合計は1日当たり800人となる。逃亡兵も合わせると約1000人になり、ほぼ数値は一致する。

 ショイグ国防相は9月21日インタビューで、ウクライナ軍に与えた損耗ついて6.1万人殺害し、4.9万人を負傷させたと述べている。ロシア国防省は、ウクライナ軍は約30万人を動員し、そのうち約10万人の損耗が出ていると見積もっている。

 動員兵力の約3分の1が死傷したとすれば、ウクライナ軍の組織的戦力は崩壊寸前と言える。特に前述したように、ケルソン州での8月末からの攻勢ではウクライナ軍は重大な損害を受けたとみられている。

 他方、ウクライナ側が認めた損耗を前提とし、逃亡兵も併せ1日当たり約1000人の損耗を出しているとすれば、200日間で約20万人の損耗になる。これは前記ロシア側の見積もりの約倍になる。

 ただし、ロシア側が負傷あるいは戦死させたとするウクライナ軍の兵員については、直接確認したものに限られるとみられ、実際の死傷者数よりも少ない可能性が高い。

 特に戦死者数よりも負傷者数が少ないということは通常あり得ない。もしあるとすれば、戦力と戦闘効率に大きな格差がある軍間の戦いで、劣勢な側の致死率の高い場合だが、ロシア軍ウクライナ軍は、どちらもソ連製兵器と戦術・戦法を主用しており、それほど戦闘効率に大きな格差があるとはみられない。

 もしも6.1万人の戦死者をウクライナ軍が出しているとするならば、通例の負傷者との比率1対3を適用すれば、ウクライナ軍の損耗は約24.4万人となり、ウクライナ軍の1日1000人、200日間で約20万人という見積もりに近くなる。

 したがって、ウクライナ軍の損耗については、ウクライナ側が認めている1日当たり逃亡兵を含め約1000人、200日で約20万人という見方が実態に近いとみられる。

 ロシア軍の総兵力については、2018年版の『ミリタリーバランス』によれば、ロシア軍の総兵力は約90万人、そのうち地上軍は22.5万人と見積もられている。ロシア地上軍の約200日間の死傷者数は、ロシア側の主張では約11%の2.5万人、米側の見積もりでは、約31~36%の7~8万人となる。

 米側の数値を採っても、ロシア軍の現有兵力は約15万人になる。そこに30万人の戦闘経験のある予備役を招集すれば、損耗数を補って、約45万人の地上軍が編成されることになる。

 他方、ウクライナ側の総戦力については、CSISなどの見積もりによれば、ウクライナ軍は予備役を中心に約70万人から成ると報じられている。またウクライナ軍の予備役の比率は約8割との報道もある。

 現在も総兵力70万人が維持されているとすれば、正規軍の数は約14万人であり、当初の兵員数約15万人から約1万人しか損耗していないことになる。

 しかし、戦争ではまず正規軍が即応戦力として侵略に対処し、その間に動員した予備役が招集され、訓練を受けて装備・弾薬と一体となり、数週間から数か月後に戦力化される。

 その点を考慮すれば、ウクライナ軍が被ったとみられる約20万人の損耗は、正規軍にまず集中して出たはずである。そのため、当初の正規軍は海空軍を含めほぼ壊滅し、動員された即応予備が今では正規軍として運用されているとみるべきであろう。

 ウクライナ軍は開戦時、正規軍は約15万人であったとみられる。予備役約90万人のうちロシア軍が主張するように即応度の高い予備役から約30万人が現在まで動員されたとすると、総兵力は45万人で、そのうち20万人が損耗し、残余は即応予備25万人となる。

 今後、後備予備約60万人が全面的に戦力化されるとしても、老兵の歩兵が主でありNATOの新型装備を使いこなせるか、また部隊行動に適応してどの程度の戦力になれるかは疑問である。

 また、戦時軍需生産などに労働力を確保する必要もあり、予備役90万人の全面動員は容易ではない。

 ロシアは戦闘経験のある者や専門的な技術を持つ者のなどを主に、約200万人の予備役のうち30万人の部分動員を今回下令した。ロシア軍の総兵員数は数週間から数か月以内に約3倍の45万人になる。

 対するウクライナ軍は、後備予備を全面動員したとして計75万人に上るが、予備役と新たに募集された外国人傭兵などが主力である。CSISなどの約70万人と言う数はこの数かもしれない。

 また、戦闘機パイロット、ハイマーズ、新型戦車などのNATOの新型装備の操作員など、特殊な技能と長期の訓練を必要とする兵員を養成し、部隊としてNATO軍装備を使いこなすには、専門的な長期の訓練期間が必要である。

 さらに、パイロット、操作員のみではなく専門的な整備員、補給要員なども必要である。高度で複雑なNATO装備の整備・部品補給は膨大かつ複雑多岐にわたり、しかも各国それぞれの仕様であるため互換性にも乏しく、後方補給の負担が大きい。

 さらに補給品は、ウクライナ国内の補給施設、整備工場、生産施設などはロシア軍により破壊されており、ポーランドドイツから送り込まねばならない。

 他方のロシアは、装備はロシア製に一本化されており、補給品や補充用の装備もロシア国内から直接短距離、短時間で送り込める。

 これらの要因を考慮すると、NATOから新装備品やミサイル・弾薬を送り込まれても、ウクライナ軍には使いこなせず、戦力化も容易ではないであろう。

 9月上旬のハリコフ州でのウクライナ軍の攻勢は成功したが、その際に、英語を話す個人契約によるとみられる傭兵がウクライナ軍内に確認されている。そのようなNATO軍出身の傭兵または偽装した特殊部隊の支援がなければ、NATOの膨大な装備品を生かしきれなかったとみられる。

 今後、仮に現占領地域がロシア領に併合されることになっても、現在の戦力の質と量の比較からみれば、ウクライナ軍がロシア軍を占領地域から駆逐し奪還する可能性には乏しい。その点からみれば、ロシア軍による核使用の可能性は低いと言える。

ロシアの核使用の可能性と日本への影響

 ロシアには、核使用という最後の手段もあるが、その可能性は、通常戦力でもロシア側が優位にある現在の情勢の下では少ないとみられる。

 しかし、住民投票による4州併合後の軍事衝突において、上記の核使用の条件に適合する事態に発展すれば、核兵器使用の可能性は一気に高まるであろう。

 ただし、いきなり軍事目標や住民地域を核攻撃するよりも、自国領内国境近くでの核実験の実施、無人地域や領海付近への核ミサイルの撃ち込みといった、段階的な核エスカレーション手段がとられる可能性が高い。

 そのような事態に至った際に、米英始めNATO加盟国、ゼレンスキー政権には、どこで妥協するかが問われることになる。

 日本は核戦争へのエスカレーション回避のための外交努力を尽くすべきであろう。日本には核戦争のリスクを犯してまでウクライナ完全勝利を支持するべき理由はない。そこまで日本にとり死活的な国益が、ウクライナにかかってはいない。その点は、欧米と立場が異なっている。

 またウクライナ戦争の成り行きを注目している中国や北朝鮮が、そこからどのような教訓を学び行動するかは、台湾や尖閣、半島情勢のみならず、日米・日台・日韓関係も含めた北東アジア情勢にも深刻な影響を与える。

 その影響と対応についても、日本は自ら情報を収集し細心の分析を加え、国益を踏まえた総合的な対応策を講じなければならない。ウクライナ戦争の最大の教訓は、核抑止も通常戦力の抑止も破綻したことにある。日本自らの核保有と通常戦力の抜本的な増強が必要である。

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