酷評が相次ぎ、史上最大レベルネットを騒がせたNHK朝の連続ドラマ小説『ちむどんどん』が最終回を迎えた。視聴者の期待を(主に悪い意味で)裏切りながら展開するストーリーが売りだったが、最終週だけ妙に攻め、最終回ではいきなり40年も時が進んで視聴者を置き去りに。心にモヤモヤも何も残らない摩訶不思議な回だった。

 本作は、NHKが沖縄の本土復帰50年を記念して「本土復帰からの歩みを描く、笑って泣ける朗らかな50年の物語」と銘打って制作された。しかし、ときに腹立ちさえ感じさせる家族のドタバタ劇とご都合主義的な展開で“史上最悪の朝ドラ”と呼ばれ、放送後SNSでは「#ちむどんどん反省会」なるハッシュタグのもと罵詈雑言の嵐で炎上騒ぎとなり、毎日のようにネットを騒がせた。関連本も計5冊出たが、「期待が大きかった分、最初の1冊目は売れましたが、あとは散々でした」(ジュンク堂那覇店 森本浩平店長)という有様だった。

◆酷評された“ニーニー”だが、沖縄県内では……

 前半から後半に差し掛かるまでは、まず「ヤンバルの一番星」こと長男の比嘉賢秀(竜星涼)の悪態ぶりにネットは荒れた。同じ相手に三度も詐欺に遭い、母親から金を無心しまくる姿に「沖縄の男性を愚弄しすぎ」「あまりに浅はかな行動で腹が立つ」など批判が殺到した。そもそも竜星涼演じる賢秀の演技を見て「あれじゃ、沖縄の人がかわいそう」と言う書き込みをする人間に限って、実は沖縄を蔑視しているとも言える。他県が舞台なら絶対にそうは思わないはずだ。

 実際の舞台である沖縄での反応は、ネットと真逆だった。

ネットではニーニーのことが酷いとか言っているけど、沖縄の長男はあんなもんね」と沖縄県民からは、反省会で酷評されていた賢秀の自堕落的な性格や行動を咎める声が聞こえてくることはない。県内の小学生にいたってはニーニーの度胸満点で勇ましい姿に「かっこいいー」とさえ映っていた。全国から批判を集めたあの姿は、意外とリアルな姿だったと言えるようだ。

 地元の出版社「ボーダーインク」の編集者である新城和博氏も、沖縄の描写について「おばあ二人(あめくみちこ、きゃんひとみ)の姿を見ると愛らしくて、ウートートー(手を合わせる)したくなる。最後、仲間由紀恵さんの大おばあ姿を見られて最高でした」と、沖縄のおばあの良い雰囲気が十二分に滲み出ていて微笑ましかったと高評価する。

◆ “方言”も沖縄では高評価

 また、作中ではヒロインが「ちむどんどん(胸がワクワク)する!」とことあるごとに叫ぶだけでなく「まさかやー」といった方言の連発が気になるという声もSNS上で相次いだ。だが、沖縄県民にとって方言に関しても別段気に触るようなことでもなかったようだ。長女・良子役の川口春奈なんかは方言をよく習得し、三女・歌子役の上白石萌歌も三線をマスターし、沖縄民謡を上手に歌いこなしていた。ただ、母親・優子役の仲間由紀恵に関して一家言ある人もいた。

仲間由紀恵は、仲間由紀恵さ。彼女をあんなヤンバルの貧しい家の母親役に抜擢しちゃダメ。脇役なのに、どうしても仲間由紀恵に目がいってしまう。でもでっぷりとした後ろ姿は安心できた」(沖縄出身・在住の50代男性)

 彼女自身の演技にどうこうではなく、キャストの問題を指摘する声があった。沖縄からしたら仲間由紀恵は、県が生んだ大女優。そんな彼女はキラキラしすぎて今回の母親役に合わないという。木村拓哉を一介の父親役に起用しないのと同じ論調というわけだ。

◆それでもヒロインの評価は沖縄でもイマイチ

 問題は、ヒロインである次女・暢子役の黒島結菜だ。演技力に定評がある実力派女優として、今作でもオーディションなしでヒロインに抜擢された肝入りのキャスティングだったはずだ。何より、彼女も沖縄出身者だ。『ちむどんどん』放送前に封切られた映画『明け方の若者たち』では不倫する人妻役を演じ、’19年後期放送の朝ドラスカーレット』でも不倫に走る女性役を演じたことで話題となった。つまり、“ワケあり”の演技は上手いのだが……今回の天真爛漫な役どころでは、残念ながら沖縄でも“賛”より“否”の声のほうが大きい。

「正直、『ちゅらさん』の国仲涼子と比べると、純粋さがないのよね」(沖縄出身・在住の30代後半女性)。

 彼女以外の沖縄県民からも同様の声が多く聞かれた。「演技が鼻につく」、「脚本の稚拙さによるヒロインの行動がムカつく」といった批評がSNSでは飛び交ったが、沖縄で受け入れられなかった一番の要因は「ピュアさがない」のひと言に尽きるようだ。初めて沖縄を舞台に制作された朝ドラちゅらさん』のヒロイン国仲涼子は、演技のドシロート感を充分補えるほどキラッキラッとした純真さに包まれていた。『ちゅらさん』自体も朝ドラとしては異例の続編が制作されるなど評判は上々。「沖縄が舞台の朝ドラヒロインはこうでなくっちゃ」と県民に刷り込まれるに十分なフレッシュさがあったのだ。

 一方、黒島は勢いだけで、すべてにおいてすっとこどっこい感でフレッシュさよりも空気の読めなさが際立った。もし、今回の比嘉暢子というキャラクターが“朝ドラ史上初の嫌われ主人公”という脚本上の試みだったとしたら大成功だったと言えるが……。

◆脇役を生かしきれなかった

 キャストに関してもう少し言うと、『ちゅらさん』ではガレッジセールのゴリ(『ちむどんどん』の最終回タクシー運転手として熱演)をニーニー役に起用したのが、県民にとっては相当嬉しかったという声もよく聞かれた。

 天下のNHKが、まだ駆け出しの沖縄出身芸人を大抜擢してくれたことで、ドラマとの距離が近づいた。そう考えると、『ちむどんどん』のキャストは、脇に良い俳優を固めてはいるのだけれども、なんだか生かしきれていない。沖縄出身の超ベテラン俳優の津嘉山正種や、最終週に登場した草刈正雄沖縄戦に絡めたストーリーで涙を誘う演技を見せてくれたものの、物語の本筋とは関連性が希薄なためパッチワーク感しかなく、感動が連鎖しない。片岡鶴太郎は鶴見の県人会会長役でレギュラー出演していい味を出していたが、真面目なシーンになると刑事の取り調べにしか見えなかった。

 ただ、“ヤンバルのスナフキン”ことまもるちゃん(松原正隆)はとっても良く演出されていたという声が頻繁に聞かれた。優子と一緒に収容所からヤンバルの村に移り住み、一言も発せずにヤンバルの共同売店で働き、子どもたちにも優しく接し、白いシャツとオーバオールに島ぞうり、白のパケットハットを被って、暇なときは体育座りで『吾輩はねこである』を読んでいる。かつての沖縄は、少し障害を持っている人に対しても優しく、市場などでみんなから大事にされながら働いていた慣習があった。それが“ゆいまーる(助け合い)”だ。まもるちゃんの存在は沖縄の古き良き時代の象徴として描かれていたとして県内では上々の評価だった。

◆「沖縄を描いているのにアメリカ人が出てこないのは不自然

「『ちむどんどん』が大好きで欠かさず観ていたけど、’60〜’80年代の沖縄なのに、アメリカ人がまったく出てこないことに不自然さを感じた」(県出身作家 山田優樹氏)

「あのSNSの炎上ぶりを見ると間違い探しをやっている感がして、健在な見方ではなかったとは思う。ナイチャー(県外出身者)が正義感を出してまっとうなことを言おうとしている感じも気になった」(沖縄の放送関係者)

 このご時世、「ドラマだから」という言葉では誰も納得しない。フィクションだからこそ、心の機微を丁寧に掘り起こし、細かい設定にリアリティを持たせて構成しないと、何のメッセージ性も生まれない。当然、映像にしたくてもできなかった部分について検証することも映像の作り手として必要となってくる。

 沖縄復帰50年と銘打って作った朝ドラだったが、正直、沖縄県内でもさほど盛り上がることはなく最終回を迎えてしまった。『ちむどんどん』とは、能天気なヒロインが、金曜日にはあらゆるトラブルを運だけで解決してしまうラッキーガールドラマであり、“沖縄出身”ということが特に大きな意味を持つこともないように思えた。

「『復帰50周年イヤーだからこそ沖縄を盛り上げてやろう』と沖縄を舞台として作られたのだろうが、そんなことよりもっと基地問題など今解決しなきゃいけない問題がいっぱいある。残念ながら今回の朝ドラの作りには、やはり沖縄への“他人事”感を思わざるを得なかった」

 県民からはそんな声さえ聞かれた。沖縄県民だって、本来ならヒロイン暢子の運にあやかりたいと思って普通に観ていても不思議ではないのだ。彼らにとって一番腹立たしかったのは、あやふやな時代考証や脚本の破綻への怒りよりも、そうした内地(本土)の人間の本質に目を向けない無関心さだったのだから--。

 次週からは新たな朝ドラ『舞い上がれ!』がスタートする。今度こそ沖縄県民はもちろん全国民が“ちむどんどん”する朝を迎えられる仕上がりになっていることを祈るばかりだ。

【松永多佳倫】
1968年生。岐阜県出身。琉球大学大学院在学中。出版社を経て2009年8月よりフリーランスとなり沖縄移住。ノンフィクション作家として沖縄の社会学を研究中。他にもプロ野球高校野球の書籍等を上梓。著作として『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『沖縄を変えた男 栽弘義―高校野球に捧げた生涯』(ともに集英社文庫)、『マウンドに散った天才投手』(講談社α文庫)、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』(KADOKAWA)、『確執と信念 スジを通した男たち』など