所得と貯蓄額は比例する……通常そのように考えてしまいそうですが、「なぜかお金が貯まらない」と悩んでいる高所得者も少なくありません。今回、FP Officeの髙屋亮氏が、世帯年収が同じある2組の夫婦の事例を取り上げ、お金が「貯まる人」と「貯まらない人」の違いを解説します。

世帯年収が同じ2つの世帯…AさんとBさんの習慣の「差」

AさんはIT企業勤務で年収700万円、人材系の企業に派遣社員として勤める配偶者は年収300万円で世帯年収は約1,000万円。日々の生活を気兼ねなく過ごし、貯蓄は年間100万円ほどです。

一方、Bさん世帯は夫婦で市役所務め。ともに年収は500万円程度で、Aさん世帯と同じく世帯年収は約1,000万円ですが、年間200万円以上貯蓄ができていました。この差はいったいなんでしょうか。

実は、AさんとBさんの習慣が大きく影響していました。

大学時代の2人

遡ること大学時代。Aさんは実家から大学へ通い、地元の居酒屋アルバイト。週3日で月7万円ほどの給料はすべて自由なお金となり、すべてサークル活動や飲み会のために使っていました。

一方Bさんは地方出身で、大学進学を機に1人暮らしを開始。アルバイトの月7万円は大半が生活費に充当されるため、交際費は食費を節約しながら残金の範囲でやりくりしたそうです。

この時点ではAさんもBさんも貯金はゼロ。ただし、後々決定的な差となったのは、Aさんは家計を気にせず月7万円を消費することが習慣になってしまったことです(※以下、いささか単純ですが「消費性向の月7万円(年約80万円)の差」が新卒22歳~34歳の間で1,000万円程度の差になったとします)。

貯蓄の基本「先取り貯金」

Bさんの紹介でFP相談に来られたAさん。Bさんとの差に危機感を持ったAさんは、貯蓄体制への転換を希望されました。

そこで、まずAさんが「貯まらなかった」原因について探っていきました。

上記のような大学時代を過ごしたAさんは、就職後も朝・昼・晩とすべてコンビニ・外食で済ませ、食費だけで1日2,000円以上を使っていました。収入が上がっても交際費やボーナス時の旅行などには上限を設けておらず、本人にも「あると使ってしまう」という自覚はあったそうです。

そこで、まず基本的な方法として「収入―支出=貯蓄」ではなく、「収入-貯蓄=支出」という考え方を提案します。必要な貯蓄があるのであれば、給与から先に引いてしまうという手法です。

Aさんのケースでいえば、習慣になっていた月7万円の消費性向を抑えるためには、「収入―(いまの貯蓄に加えて)月7万円」を支出にあてるということになります。しかし、これだけで解決するなら苦労はありません。そこで、貯蓄に必要な3つのコツから先取り貯金の課題と対策を見てみましょう。

貯蓄のコツ1.「現状維持バイアス」を逆手に取る

まず第一に「現状維持バイアス」という壁が現れます。人は未知や未経験なものに不安を感じ、受け入れを拒否してしまうという心理です。

Aさんは「あと月7万円も貯蓄に回したら、生活が窮屈では…」と不安を感じていました。

しかし、ここは(無謀でない範囲で)「まずやってみる」ことがポイントです。なぜなら、人は「未知への変化」も、しばらく続けば「既知の習慣」に変わる能力が備わっているからです。

社会保険を例に取りましょう。会社員の方は、月々の給料から厚生年金に約9%、健康保険に約5%源泉徴収されています。月収(※正しくは標準報酬月額)40万円の場合、年金に3万6,000円+健保に2万円程度で合計6万円弱を天引きされているのです。

筆者はここで、Aさんに変な質問をしてみました。「『お金に余裕がないから社会保険を解約しよう』と考えたことがありますか?」

当然「ありません」と返事が返ってきます。これは、Aさんが社保の天引きを既知の習慣として受け入れているからです。

また、長く続けた社保は「現状」のセーフティネットですから、もし解約できるといわれてもいまさら失うことには抵抗感があるでしょう。(これも「現状維持バイアス」といえます)

Aさんが始める月7万円の積立も、徐々に「変えたくない現状」に育てることが秘訣です。

貯蓄のコツ2.目標を「実現可能な額」に設定する

「始めたはいいが続かない」……。こういった場合、そもそも設定した目標が高すぎることがあります。

「収入―貯蓄=支出」は魔法の公式ではありませんから、根拠もなしに設定するとあっさり挫折することになってしまいます。

学生時代から節約が身についていたBさんは、社会人になったあともお昼は食堂、夜は自炊と節約に努めていました。それでも、年収300万円台だった初年度は収支がギリギリ。Bさんは年度の昇給に沿って、少しずつ貯蓄枠をつくることで先取り貯金に成功しました。

机上だけで先取り貯金を設定しても現実の支出には波があります。家計を点検し、「支出が多めの月でも続けられる範囲」から始めることが大切です。

貯蓄のコツ3.「目標への動機づけ」

なにごとも、「続ける」には動機づけが不可欠です。

2020年度の日本の投資信託の平均保有期間は、わずか2年半程度。中途解約不可のDC(確定拠出年金)が4.5年まで伸びたことに対比すると、強制力が弱いつみたてには目標設定が重要とみえます。

Aさんの場合は、「住宅ローンの繰上返済」を目標にしました。作成したライフプラン上、35歳からの35年ローンで完済年齢が70歳であることに不安もあり、繰上返済で55歳まで短縮するための準備も希望しましたが、55歳時点の残債は2,400万円。つまり、35歳から20年×120万円の積立が必要です。

そこで、つみたてNISAの額を決めかねていたAさんへ「年4%運用を見込むなら、夫婦2人で満額の年80万円×20年続けることで2,400万円まで伸びる」と伝えたところ、すっと腹落ちしたようで迷いなく実行されました。これが消費性向「月7万円(年80万円)」の着地点になります。

ご本人が納得できる意義を見出せることが、継続の源泉です。

まとめ…貯蓄は目的ではなく「手段」

今回は貯めるためのお話を書きましたが、貯蓄は目的ではなく手段です。

いまやりたいこと・未来への備えのバランスは人それぞれですので、要所で人生計画を俯瞰してみると頭が整理され、前を向きやすくなるのではないでしょうか。

髙屋 亮

FP Office

ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)