―[モラハラ夫の反省文]―


◆「こんなに謝ってるのに~」という言葉の暴力

 DV・モラハラ加害者が、愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。

コミュニティではさまざまな悩みが共有されるのですが、共通するものがたくさんあります。その1つが「どんなに謝っても許してもらえない、どうしたらいいだろうか」というものです。

今回はこのよくあるセリフの背景に迫りたいと思います。

「こんなに謝っているのに、許してくれないのはおかしい」

 不倫や借金なども含む、さまざまなパートナーとのトラブルの果てに「どうしてこんなに謝ってるのに許してくれないの?」という言葉に苦しんでいる人はたくさんいます。

 他にも「いつまで怒ってるの?」とか「ずっと不機嫌でいられるといつまでも責められているような気持ちになって辛い…」といった言葉も類語だと考えてよいでしょう。

 これはモラハラ・DVなどの加害者も同様です。相手を深く傷つけたあとに、今度は手のひらを返したように謝り、愛を語り、自分が悪かったと嘆き、それでもパートナーがなかなか元のような状態に戻らない時に、こういった言葉を口にします。

 そのうち、だんだん罪の意識が薄れてくると「ずっとこんな雰囲気だったら家に帰るのも嫌になる」とか「いい加減水に流せよ」といった風に口調も変わってきます。

◆「許さない」んじゃなくて、「許せない」

 しかし、被害者の側からするとこれほど傷つく言葉はありません。「傷つきをなかったことにして元通りになれ」と言われているのですから自然なことです。傷つけられた上に、さらに傷つけられているのですから、これは本当に苦しいことです。

 そもそも、なぜ傷つけられた側は不機嫌だったり、無表情の状態が続いたりするのでしょうか。それはしたくてしていることなのでしょうか。相手を責めて苦しめてやろうと思っているのでしょうか。

 さまざまな事例を見聞きする限り、そのような場合ばかりでは全くありません。むしろ「関係を継続すると決めた以上、早く元のような関係に戻れるものなら戻りたい」けれども心や体がついていかない状態に苦しみ、時に自己嫌悪にまで陥っている人もたくさんいます。

 また、傷がまだ全く癒えていない中で、程度こそ小さいものの同じような加害を繰り返されると、ちょっとしたことであっても、深い傷つきの記憶が蘇って、現在進行形で苦しみが再燃するなど、いわゆるPTSDのような状態になっているケースもあります。

 このような場合だと、加害者からすると「ちょっとしたことでまたヒステリックになって、反応が過剰すぎる……」と思ってしまうことさえあります。

 しかし、その人は元々そのように怒る人だったのでしょうか。むしろ、それだけ深い傷つきを与えてしまった自分の言動をこそ振り返るべきタイミングなのです。しかし、そう思える人は多くなく、次第に自分のほうこそ被害者だとさえ思ってしまうのが加害者の特徴です。

◆「許してくれないのはおかしい」はおかしい

 許すという言葉の意味は多様なものがありますが、ひとつ言えることがあります。今回のようなケースだと、少なくとも関係終了とか離婚には至っておらず、まだ関係を継続する意図が被害者側にあるということです。

 許すという言葉が「まだあなたと生きていく選択をする」という意味ならば、もうすでに許していると言えるわけです。しかし、「無かったことにして元通りになること」を意味すると考えるなら、まだ許していないと言えるかもしれません。

 ですから、もしもパートナーを傷つけてしまって、自分が深く謝ってもなかなか相手が元通りになってくれないと思う時は、まず第一に「それでもまだ一緒に生きていくという選択をしてくれている」ということに感謝をする必要があります。

 そして、謝るということだけでは感謝にはならないでしょう。感謝とは相手のニーズを満たそうとすることに他なりません。

 例えば「ありがとう」という言葉を発することも、相手が言葉を求めていないならば感謝にはなりません。相手がどんなニーズを持っているか、それをどうケアできるかを考え、その言動をとることこそが感謝することなのです。

「許してくれないのはおかしい」と言うことは、そのような感謝とは最も遠い行為です。笑顔になったり、前と同じように笑い合えない状態の中でできることは、そんな中でいかに相手のニーズを満たそうとするか、すなわち感謝を示すかということになります。

 もっというと、そもそも「謝る」ことが相手にとって本当のニーズなのかも考える必要があります。「謝ってほしいわけじゃない」と言われて混乱したことのある人もいるかもしれません。

 謝って自己憐憫に浸り自分が悪いんだと相手に伝えているうちは、相手のニーズを満たすために何かを考えることができていないとも言えます。相手はどんな時間を過ごしたいと思っているのか、その時間のために自分がどう寄与できるか、そんな視点に立ってみることが、関係改善に効くかもしれません。

 人を傷つけてしまった時「どうしてこんなに謝ってるのに許してくれないの?」と思ってしまうことがあるかもしれません。その謝罪や反省が真剣なものであるほど、そう思ってしまうことがあるかもしれません。

◆逆に、自身が被害者であるように感じ始めると終わり

こんなに言葉を尽くしたのに……
こんなにちゃんと謝っているのに……

 でも、それを被害者に伝えることは逆効果になる時があります。そのしんどさや苦しさは、当事者間で共有したり、カウンセラーの方など、被害者以外に吐露しないと、どんどん関係が悪化していく理由になってしまいます。

「許さない相手を許さない」と思うに至ると、今度は自分が被害者であるような気さえしてきます。その時、攻撃は「正当性を持った反撃」に変わります。

 その負の連鎖を断ち切り、大切な人を大切にするためには、「謝る」と「ゆるす」について考えてみるのが役に立つかもしれません。

◆<被害者かもしれないあなたへ>

もしもあなたが「どうしてこんなに謝ってるのに許してくれないの?」と言われることがあったら、

 あるいは類語として
「もう謝ったのにこれ以上どうしたらいいの?」
「どうすれば許すのか教えてほしい」
「いつまでも責められて辛い、いい加減にしてほしい」

 などと言われることが多い場合は、要注意です。あなたはあなたの傷つきを大事にしていいし、簡単に許せないのは自然なことです。

「傷つき」や「許せないこと」を間違っていると否定したり、罪悪感を与える人と関わることは、辛く傷つくことです。それは二重の苦しみです。

 被害者の方の中には「自分が許しさえすればいいのに、なんで許せないんだろう」「自分の心が狭いんだろうか…」と苦しむ人さえいます。それは本当に悲しいことです。

◆<加害者かもしれないあなたへ>

 中には「土下座までしたのに許されなかった」という人もいます。相手が土下座を求めていないなら、土下座にはなんの意味もありません。つまり「土下座までしたのに」という人は、相手の立場に立って物事を考えていないのです。

 相手の立場に立って考えていない、あるいは考えられないということは、謝っている内容が見当違いだったり、ズレたことを言ってしまっている可能性も高く、それはますます被害者にとって「ああ自分の傷つきをわかっていない…」「何も変わっていない…」と思わせ、傷つきを深めさえすることがあります。

「XXしたのだから自分を許すべきなのに、なぜ許さないのか」と思っているうちは、相手の気持ちがわかっていないということです。そういうふうに考えてしまうことがある人は、もしかしたら「謝る」こと自体うまくできていないかもしれません。

 その先にはさらに感謝する、相手のニーズを満たそうとするという大変なチャレンジも待っています。しかし、それなしには相手の傷が少しでも癒えることはありません。謝るということに加えて、ニーズをケアすることに取り組んでみると、何かが変わるかもしれません。

【えいなか】
DVモラハラなど、人を傷つけておきながら自分は悪くないと考える「悪意のない加害者」の変容を目指すコミュニティGADHA」代表。自身もDV・モラハラ加害を行い、妻と離婚の危機を迎えた経験を持つ。加害者としての自覚を持ってカウンセリングを受け、自身もさまざまな関連知識を学習し、妻との気遣いあえる関係を再構築した。現在はそこで得られた知識を加害者変容理論としてまとめ、多くの加害者に届け、被害者が減ることを目指し活動中。大切な人を大切にする方法は学べる、人は変われると信じています。賛同下さる方は、ぜひGADHAの当事者会やプログラムにご参加ください。ツイッターえいなか

―[モラハラ夫の反省文]―


「謝ってるのに許してくれない」。その場合、相手の本当のニーズを洞察する必要があるのだ