早稲田大学名誉教授・浅川基男氏の著書『日本のものづくりはもう勝てないのか!?』より一部を抜粋・再編集し、日本のものづくりと「国力」について見ていきます。

国力衰退の予感

高坂正堯の『文明が衰亡するとき』には、

ヴェネツィアは、かつて地中海を支配する大強国であったが、最後はナポレオンの脅迫の前にあっさり屈して18世紀末に国が消滅した。

16世紀以降、階級が固定し、貴族階級が国を支配するようになるが、その貴族が結婚しなくなり、17世紀には6割が独身となった。理由は国家発展の基礎であった貿易を、リスクが高いと敬遠し、本土に土地を買って資産運用で生活するようになった。家に人が増えれば分け前が減るから子供を産まなくなる。

結局、国力の重要な要素である人口が減って衰退してしまった。

それと、技術革新の遅れである。優れた造船技術を開発して、海洋大国になったが、15世紀にポルトガルオランダの新しい帆船技術の開発が進む中、ヴェネツィアは造船の予算をほとんど増やさなかった」

と記されている。日本は、ヴェネツィアの歴史を決して忘れてはならない。

日本は、高度成長期にHONDASONYに代表されるように卓越したエンジニアリングセンスをもった指導者によって、すばらしい成功を収めた。しかし頂点を極めた1980~1990年代ごろから日本全体の企業が変化しはじめた。

すなわち、その業界の既存勢力と化し、かつての輝き勢いがなくなって行った。その間、アップルに代表されるように米国の有力企業は、大胆なイノベーションに投資し、世界の全く新しい膨大な消費層に向けて、製品やサービスを提供しはじめたのである。

日本ではTOYOTAに代表される数社の企業のみが、持続的な技術革新を志向しただけであった。大部分の企業は、リーマンショックに過剰に反応し、内部留保の蓄積を重視し、日本での研究開発・工場拡張などの投資を避け、既存技術の延長による海外展開で利益を確保する戦略(というよりもやむを得ない消極的戦術)を進めてきた。

一方、日本の製造業では「きつい・汚い・危険」と言われている「3K」のイメージが今なお根強く、若い世代からの応募が見込めず、好待遇が用意できず、先入観から志望者も集まらない状況という悪循環に陥る企業も多く見られる。

いま、「変われない」「変わりたくない」「決断ができない」など“既成の樽”に入りこんだ閉塞感に籠っているのが、現代日本の根幹に関わる大きな問題である。

海外の首相「我々はいま、日本人を真似すべきでない」

マレーシアのマハティール元首相は、高度成長後の日本人に対して大変耳の痛いコメントをしている(『朝日新聞2000年11月14日)。

「人を真似るのは、その相手が自分より優れていると認めることを意味します。私が採用したルック・イースト・ポリシー(東方政策)は勤労精神にあふれた日本人の良い面を模倣するためでした。日本人は企業に忠誠心を持ち、懸命に働きました。自己犠牲の精神です。

その結果、日本は急速に発展し、国民は裕福になれたのです。しかし、日本の若者は日本人の良き特徴を次々と失っています。

例えば会社に定着せず、楽しみを優先してまた別の会社に移ってゆく。生活を楽しむだけでは日本のこれからの発展は難しい。これは彼ら自身にも、国にとっても良くないことだと思います。

日本の若者は髪を茶色に染めて、欧米人のようになろうとしています。私は欧米追随が茶髪だけにとどまってくれることを願っています。しかし、いまの日本の若者は行動までも日本人的でなくなっていることは、疑問の余地がありません。

我々はいま、そんな日本人を真似すべきでないと考えています。百年前、欧米人は健全な文化を持つ強い人々でした。しかし、そうした社会は崩壊し、人々の良き価値観は失われてしまいました。生活を楽しむためだけに生きている。自分に役立つことはしません。結婚もせず、家族関係は崩壊しました。

一方、日本も含めアジア人はきちんとした家庭を持つべきだという価値観があり、そこからより良き安定した社会ができあがります。日本に、そのような文化がなくなれば国を強くすることはできないし、国際競争にも勝てなくなります。

日本は台頭する中国との競争にも直面しています。中国は大国で、人々は非常に勤勉でかつ器用です。日本に競争力がなくなれば、中国は非常に強くなり、日本は対抗できなくなると思います。日本は勤労精神・教育・技術などを維持し、向上させなければならないのです」と。

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浅川 基男

1943年9月 東京生まれ 1962年3月 都立小石川高校卒業 1968年3月 早稲田大学理工学研究科機械工学専攻修了 1968年4月 住友金属工業株式会社入社 1980年5月 工学博士 1981年5月 大河内記念技術賞 1996年4月 早稲田大学工学部機械工学科教授 2000年4月 慶應義塾大学機械工学科非常勤講師 2002年4月 米国リーハイ大学・独アーヘン工科大学訪問研究員 2003年5月 日本塑性加工学会 フェロー 2004年5月 日本機械学会 フェロー 2014年3月 早稲田大学退職、名誉教授 著書:基礎機械材料(コロナ社)ほか

(※写真はイメージです/PIXTA)