体脂肪が10%を切ると人の体は免疫力が極端に落ちて風邪も引きやすくなります。体が仕上がるにしたがって人体の生存能力はギリギリまで落ちてしまうからです。還暦から筋トレを始めた城アラキ氏が著書『負けない筋トレ 還暦から筋トレにハマったら、「肉体」と「人生」が激変した!』(ブックマン社)で解説します。

体脂肪が10%を切ると人の体は免疫力が低下

■シックスパックはオリンピック選手を超える

他のスポーツと比べてみるとわかりやすい。「シドニーオリンピック日本代表・候補選手の身体組成・形態計画結果」という資料がある。これによると一般的には「筋肉質で良い体をしている」と見える体操選手で体脂肪率10.5%、BMI23.0。ガリガリに細いイメージが強い陸上遠距離・競歩の選手では体脂肪率11.6%、BMI20.0。水泳の選手では体脂肪率11.6%、BMI22.0。コンテストビルダーの5%を知った後では「なんだ、みんな結構ぽっちゃりだな」と思えてしまうから不思議だ。

それにしても相手はオリンピック選手である。日本のなかのトップ・オブ・ザ・トップのアスリートですら体脂肪は10%くらいある。人間が激しく活動し、なおかつ見栄えもいい自然な限界は体脂肪率10 %前後なのだろう。5%というのは人体の危険領域だ。

コンテストビルダーさんたちは、大会のある夏に向けて春から減量を始める。同時にタンニング(日焼け)も行う。ジムのトレーニーが少しずつ黒く細く、ついでに頬がやつれてくると梅雨が明け、夏が近いことがわかる。

体脂肪が10%を切ると人の体は免疫力が極端に落ちて風邪も引きやすくなる。体が仕上がるにしたがって人体の生存能力はギリギリまで落ちてしまうからだ。日焼けした肌は脂肪が抜けてパサパサに見える。不健康の極みである。「健康のため」などという寝言では、なかなかこの領域までは立ち入れない。

ちなみに、私の執刀医K先生も「筋トレはやり過ぎるとかえって健康に悪いよ〜。不健康だよ〜」と嬉しそうに言う。なぜ嬉しそうか。自身のややメタボになり始めたお腹と、健康診断結果の数値を、内心では本人も少々気にしているからに違いない。運動しなくちゃと思いつつ、忙しさに月一ゴルフが精一杯。だから一緒にジムに行こうと誘ってるのに!

■トレーニーの4部族

どんなジムのトレーニーさんたちも、大きく何パターンかに分かれる。まず、私のように「とりあえず、なんとなく」派だ。多分、これが全体の8割を占める。漠然としたダイエットとか健康維持より、もう少しだけ積極的に体を鍛えたいという人たちだが、はっきりとした目的はない。他に運動をやっていてその基礎体力アップのために通う人もいる。最初の入り口はみんなこのあたりだったと思う。しかし筋肉の世界、その先にもさまざまな広がりを持っている。

ボディビルダーは美しいシェイプのためにトレーニングをしているので、「とりあえず、なんとなく派」よりトレーニング経験も長く、一目見て鍛えているとわかる体型だ。ただし、コンテストなど、期日までに体を絞る必要がないのでキレた感じはまだない。海外ではこれを「ジム・ビルダー」などと呼ぶこともある。それでも夏に向け、Tシャツの似合う体にしようとタンニングや減量も頑張る。

コンテストビルダーはこの先に位置する。1年間を夏のコンテスト時期を境に増量期と減量期に分けて生きている。増量期には食事も無制限に摂ってできるだけバーベルの重量も上げ、筋肉を作る。純粋に筋肉だけを増やすことはできないので脂肪も自然と増える。ちょっと見では、ただのおデブにさえ見える人もいる。

減量期になると一転、筋肉は残しつつ脂肪は極限まで削り取る。トレーニングを続ける一方、厳しい食事制限をして大会の日程に合わせて体を仕上げるわけだ。コンテストビルダーと普通のトレーニーの違いは何か。人生における筋肉の意味合いだ。普通の人は生活のために筋力をつけたり、見栄えのためにトレーニングをするが、コンテストビルダーは美しい筋肉だけのために生活のすべてを注ぎ込む。普通これを本末転倒という。自分がやるのは無理だが、私、こういう過激な本末転倒は大好きだ。

というわけでほぼ3ヵ月、連載の原稿を書き上げるまでに腹筋を割らねばならぬ私も、腹筋だけコンテストビルダーということになる。

他に筋力アップだけを目的にするパワー系の人たちもいる。競技を目指すパワービルダーもいれば、大会には出ないが、日々、挙上重量だけを増すためにトレーニングに励む人もいる。こういう人たちは基本、体重や体型はあまり気にしない。

肉体は作品であり、コンテストは展示会

■還暦コンテストビルダー

先にも少し触れたコンテストビルダーのOさん(60)もトレーニング歴は30年近い。が、入り口はやはり健康管理のために通った普通の総合的なジムだったという。私も経験あるが、こういうジムで筋トレに本気を出すと、少々周りから浮いてしまう。Oさんも「SEIBUGYM」に移ってからコンテストに目が向くようになった。コンテスト出場経験も長い。この春に会社を還暦で定年退職してからは「60歳以上級」のクラスに焦点を絞って生活のすべてがトレーニング中心だ。

ちなみにボディビル全国大会の日本マスターズ選手権年齢別クラスは以下のように分かれている。40歳以上級、50歳以上級(70㎏以下級と70㎏超級)、60 歳以上級、65歳以上級、70歳以上級、75歳以上級、80歳以上級(参考クラス)。

Oさんの現在のトレーニングは「ダブルスプリット」。午前中と午後に細かく部位を分けて鍛える方法だ。エネルギー切れを防ぎ、集中力を高めたトレーニングが可能になる。かのアーノルド・シュワルツェネッガーが1日2回トレーニングをして「ダブルスプリット」が世界に知られるようになった。

Oさんとは昨年くらいまでは、大会直前まで一緒にワインなど飲んでいたが「ダブルスプリット」で追い込む今年は、さすがにそんな声もかけにくい。

なぜコンテストを目指すのか、あらためて訊いてみた。Oさんの美意識と人柄がよく出ているので、メールの文章をそのまま載せる。

「自分は筋トレボディビルってスポーツや体育会系のジャンルとは少し違うと思っています。彫刻家や陶芸家が自分の体を素材に理想の形を追い求め作り上げていくような感じですかね。だから、肉体は作品でありコンテストは現時点での自分の最高傑作を発表する展示会なんです、もちろん賞レースでもありますが。

スポーツ選手は歳がくれば競技者として引退がありますが、芸術家は一生、探求者であり夢追い人でいられます。いくつになっても発表の場は用意されていますし、ジムだって今ではどこにでもあります。トレーニングは歳なんて関係なくいつ始めてもいいんです。そして作品は発表しないと(笑)」

■還暦パワーリフター

パワーリフターAさんは現在61歳。段位5段という記録を30代の後半で達成したが、この記録はH市でも数人しかいないという。この段位認定は、かつて早稲田ダンベル倶楽部のボディビルダーで指導者でもある窪田登氏によって提唱された認定競技で、通常のパワー・リフティングと違うのは各種目の挙上回数が10回というところだ。種目もベンチプレス、デッドリフトに加えフロントプレスもあって、これがいちばん難しいという。

ちなみに段位ごとの重量は下表の通り。とりあえず目標とするウエイトがあると励みにはなる。確かに日頃トレーニングをしたことのないフロントプレスは難しそうだ。

パワーリフトの魅力とは何か。

「パワーリフトは記録がはっきりと眼に見えるのがいい」とAさんは言う。

これは私などでもわかる。筋肉のキレには主観が入るが挙上重量はいつだって客観的だ。少しずつ重いウエイトを扱えるようになることは素朴に嬉しい。歳をとると忘れてしまう、こういう素朴な喜びがあることが還暦筋トレの魅力でもある。昔、ボルドーワイン好きのこAさんに、サプリは何を摂っているかとグラスを傾けつつ訊いたことがある。

「サプリ? 全然摂らないよ。プロテインも飲まない。そもそもサプリが必要なほどトレーニングで追い込んでいるかどうか。本当はそっちの方が大事じゃないのかな」と、笑われた。パワーリフターは、ボディビルダーほど見た目の厳密な減量を必要としないためとはいえ、多くの軟弱トレーニーは返す言葉もないはずだ。

Aさんは、仕事が忙しく、ジム通いもなかなかできなかったが還暦退職をきっかけにトレーニングを再開した。そのウエイトを聞いて驚いた。

「全然ダメ。ベンチ100㎏、スクワット120㎏、デッド140㎏位かな。1回の記録だし」

いえいえそれだけ上がれば十分です。いわば還暦をきっかけに「戻ってきたパワーリフター」であるAさんだが、思いのほか筋力というものは低下しないようだ。しかし「オーバートレーニング? 毎日トレーニングしても感じたことないけど」と笑うから、ただ単に元々の体力が違うのかもしれない。真似していいのか、真似しない方がいいのか悩むところだ。

還暦を過ぎても記録が伸びるという現実

■還暦ベンチプレッサー

パワーリフターのなかでも特にベンチプレス競技だけに特化したトレーニーを「ベンチプレッサー」と呼ぶ。多くのトレーニーに「種目は何が好きですか?」と訊けば、ベンチプレスと答えるはずだ。私もそうだ。多分、スクワットほど苦しくはなく、デッドリフトより目の前にしたバーベルと「戦っている」気分が味わえるからだろう。いちばん楽しいトレーニングだ。しかし、これを専門とするベンチプレッサーにとっては、もっとずっと繊細で知的な競技のようだ。

ベンチプレッサーのNさんは現在67歳。競技歴は30年以上と長い。県大会などでは150〜160㎏を上げて優勝してきたが、還暦を過ぎて全国大会のシニアクラスに出場するようになってからも、記録が伸びたというから驚きだ。

「でもバーの上に虫1匹とまっても上がらなくなります」という。

無論、虫の重さではなく、1回だけ上げるその瞬間に集中力を張り詰めているということだろう。練習方法もボディビルダーとは違ってセット数はあまりこなさない。休憩を長く取り、重いウエイトを4、5回だけ上げるのが基本だ。

「フォームが悪い人が多いですね。正しいフォームで正確に上げること。若いと高重量でも勢いで上げられますけど、それでは50代、60代になると続けられませんから。ベンチプレスは筋肉以上に脳を使う知的な競技なんです」

実はNさん、63歳のときに急性心筋梗塞で倒れ、2回の手術を受けている。体重は一気に17〜18㎏も落ちたが、それでも退院した翌日には練習を再開して医師を驚かせた。現在は心拍計で心拍が上がり過ぎないよう注意しながら練習を続けている。

心臓に負担をかけぬように、という重さが80〜90㎏。十分過ぎるほど凄いけど……。ベンチプレスのいちばんの楽しみは何ですかと訊いた。「若さを取り戻す喜び」と答えてくれた。多分、ベンチプレスが心筋梗塞に打ち克つ体を作った、そして再びベンチ台でバーベルに向かう気力を養ってくれたと、心から実感しているのだろう。

ちなみにベンチプレス競技は判定の基準が細かく、そのルールもたびたび変更されることで有名だ。以下、基本的な流れだけ紹介しておく。

バーベルをラックから外し保持する。主審の「スタート」の合図を待ってバーベルを胸につける。「プレス」の合図で差し上げ「ラック」の合図を聞いてバーベルをラックに戻す。主審が声をかけるタイミングが人によっていろいろで難しいという。高重量なだけに、腕を上下するわずかなストロークのなかにも、全身を使った繊細な動きが要求される。

いろいろなトレーニーと競技を紹介した。筋肉は盆栽と言いつつ、ただ美しさを競うだけではない。パワー系に向いている人もいるだろう。日々少しずつ力が増していくことを実感できるのはいくつになっても楽しい。

城 アラキ 漫画原作家

(※写真はイメージです/PIXTA)