今週末(10月7日〜8日)の公開映画数は26本。全国100館以上で拡大公開される作品が『七人の秘書 THE MOVIE』『バッドガイズ』『呪い返し師-塩子誕生』『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』の5本、中規模公開・ミニシアター系が21本です。今回はその中から、カトリーヌ・ドヌーヴ主演のフランス映画『愛する人に伝える言葉』をご紹介します。

『愛する人に伝える言葉』

末期がんの主人公と彼を見守る母の物語。最近では、がんは快癒することも多いけれど、膵臓はなかなか治療が難しい臓器のよう。しかもステージ4ときくと、本人だけでなく、近しい人も、心が折れそうになる。そんな中、人はどう向かい合い、前に進んでいくか、という深いテーマの映画です。

演じるのは、この作品でフランスアカデミー賞にあたるセザール賞の主演男優賞を受賞したブノワ・マジメル、そして母親役がカトリーヌ・ドヌーヴ。突然発症したことへの驚き、怒り、今後への不安、恐怖。それを全身で表現し、次第に衰えていく主人公を見事に演じたマジメルもさることながら、万感こもごもの表情で受け止めるドヌーヴの名演は、感涙もの。このふたりに加え、映画の重要な役割を担い、共感と感銘を与えてくれるのは、実際にがんの専門医であるガブリエル・サラが演じた医師。彼の治療方法や患者への向き合い方が映画のなかでも使われている。

病と闘うのは患者だけではない。それを支え、最期はおだやかに見送る近親者と医師たち、彼らはどういう気持ちでいるのか、どうしたらいいのか、それが映画のもうひとつのテーマだ。

主人公のバンジャマンは39歳、演劇学校の講師をしている独身男だ。がんの宣告を受けたが、セカンドピニオンを求めて、この世界では名の知れたドクター・エデを母と訪ねる。が、いくら名医でもやはり治る見込みはないとつげられ、病状の緩和と生活の質を維持するために化学療法を薦められる。一度はさらに別の医者をと考えたが、エデの誠実な対応と言葉を信じ、治療を受けることに……。

脚本・監督はエマニュエル・ベルコ。非行少年を描いた彼女の監督作『太陽のめざめ』でドヌーヴが裁判所の判事役、マジメルが少年の教育係を演じた。作品はカンヌ国際映画祭のオープニングに選ばれ、評判をよんだ。ニューヨークでの上映で出会ったのがアメリカ在住のサラ医師。彼の仕事の内容をきき、ユニークな治療法を取材していくなかで、病院を舞台に、ドヌーヴとマジメルが親子役を演じるという次回作のストーリーが像を結んだという。

サラ医師の治療法は、がん宣告をうけた患者の精神ケアに力点がおかれる。チームにはミュージックセラピストもいるし、病室でタンゴを踊ることもある。患者をなごませ、患者に寄り添い、共に死とおりあいをつける。何十時間ものヒアリングを通し、本人からインスピレーションを得て作り上げた役。ベルコ監督は、サラ自身に演じてもらうのがベストと考えた。もちろん素人だが、これ以上のリアリティはない。はたして、その期待に十分応えた誠実さとまごころが伝わってくる名演技。映画を観ているとまるでこの先生のセラピーを受けているような気持ちになってくる。

主人公と心を通わせる看護師ユージェニー役のセシル・ド・フランスなどの数人の例外をのぞき、サラの実際のスタッフたちが出演している。映画の随所に、サラ医師の病院で行われる医療スタッフたちがグループディスカッションをするシーンがでてくる。患者の死に寄り添う彼らの告白は、まるでドキュメンタリーのような映像だ。心のケアが必要なのは、実は医療スタッフも同じ、なのだ。

夏から始まった物語は、秋を過ぎ、やがて冬を迎える。入院して治療に専心するバンジャマンは、自分の人生はなんなのか、と振り返る。何もなしとげていない、何も残せていない。それなのに、このまま死んでいくのか。

医師は、“人生のデスクの整理”をしましょう。心に残り、口にもだせなかったこと。人生の最期でそれを後に残さない、とアドバイスする。バンジャマンと母には気がかりなことがひとつあった。若いころ付き合っていた恋人との間にこどもができた。認知もせず、別れた。どうやら、その仲をさいたのは母のようで。彼女は、絶縁状態だったバンジャマンの元恋人に連絡をとる。そして……。

タイトルになった「愛する人に伝える言葉」。それは、具体的に医師のセリフのなかにでてくる。人は、その自分のラストシーンでどんな言葉を、近しい人、愛する人に伝えるか。実に身にしみるというか、心にとめておきたい、この映画を観て、そう思うはずです。

【ぴあ水先案内から】

笠井信輔さん(フリーアナウンサー)
「……こんながん専門医がいるのか! という驚きと深い感動を得ることになる。観客ががんの名医サラ医師の診察を受けているような疑似体験ができる貴重な作品なのだ……」

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(C)Photo 2021 : Laurent CHAMPOUSSIN - LES FILMS DU KIOSQUE

イラストレーション:高松啓二