“爆弾”と呼ばれた元山口組系ヤクザの恋物語…6歳年下の女性に一目惚れした彼がとった“意外すぎる行動”「お嬢はん、よほど好きなんやなあ」 から続く

山口組広しといえど、天野ほど殺されかけた男もいるまい——。」

 1963年から1975年まで3代目山口組の最高幹部にあたる若頭補佐を務め、「伝説のヤクザ」としてその名を轟かせた、“ボンノ”のこと菅谷政雄氏。その菅谷氏の護衛を務め、“爆弾”として恐れられたのが、6代目山口組の直参だった天野組の天野洋志穂組長だ。

 ここでは、ノンフィクション作家の山平重樹氏が、天野洋志穂組長の半生を綴ったノンフィクションノベル爆弾と呼ばれた極道 ボンノ外伝 破天荒一代・天野洋志穂』(徳間書店)から一部を抜粋。天野氏が菅谷政雄氏と初めて出会ったときのエピソードを紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く

◆◆◆

伝説ヤクザ、“ボンノ”こと菅谷政雄との出会い

 天野が初めてボンノこと菅谷政雄と出会ったのは、昭和46年秋、大阪・今里の賭場であった。

 “サージ”と呼ばれたボンノの若衆、生島久次が開帳する常盆で、天野は連日通いつめていた。

 “大会(おおがい)”といわれる大きな博奕場(ばくちば)とあって、客の顔ぶれも錚々たるメンバーが揃っていた。ボンノの他にも、3代目山口組の山本健一、桜井隆之、竹中正久、酒梅組4代目の中納幸男、同組若頭谷口政雄らを始め、関西の名だたる親分衆の顔が見られた。

 そんな賭場のド真ん中に臆せず座って、どでかい博奕を打っていたのが、天野だった。

 一匹狼の不良で30そこそこの若造なのに、あまりに堂々とした態度、張りっぷりの良さが、いやでもまわりの目を引いた。

「ありゃ誰や? 知っとるか」

 隅のほうに座っていた山健こと山本健一が、後ろの若い衆にソッと訊ねた。

「はい、天野いうトッパ、一本独鈷(いっぽんどっこ)の愚連隊(デンコ)ですわ」

 応えたのは、たまたま昔から天野を知っている山健組若衆だった。

「ヤツは大阪で、“爆弾”言われた男ですわ」

「何しとる男や? シャブ屋か?」

「いえ、シャブだけはせん男ですわ。恐喝はしまっけど……」

「ふん、イカレ根性しとるな。ええ、打ちっぷりや。けど、ワヤやな」

 親分の科白に、若衆は内心で噴き出しそうになった。賭場での無茶ぶりにかけては天下一品、枚挙にいとまがないほどの逸話を持つ男の口から出るのだから、おかしかった。

〈たいしたもんやないか、ヨッちゃん、天下の山健のおっさんのお墨付きをもらったで……〉

 山健の若衆は、旧友のほうを見遣ってニンマリした。

「親分、ヤツは大阪で、“爆弾”言われた男ですわ。どの博奕場も、あれが来る聞いただけで、『爆弾が来る!』言うて盆を閉めてしまいよる言うんですわ」

「…………」

 山健が、どこかで聞いたような話やなという顔になったから、若衆はなおおかしいのを堪えた。

 その今里の賭場は、チマチマと3万、5万円の金額を張る者などなく、札束が飛びかう大会、ケタ外れの打ち手ばかりのなかでも、天野の博奕は際立っていた。

 勝負根性も凄まじく、引くということを知らず、命を投げだすような捨て身の博奕を打つのだ。何せ我流ではあっても、子供のころから盆に出入りしてフダに馴染み、中学生のころには手ホンビキを覚えてしまったというほど年季の入った男だった。

 客の1人であった菅谷政雄は、若衆のサージこと生島久次のところに出入りしているという、その若者の打ちっぷりを興味深げに眺めていた。

〈面白いなあ。こんな博奕を打つモンもおんねんなあ。見事に場を栄えさしとるやないか。サージも果報者よ……〉

 との感慨を抱きながら、ボンノはいつかその若者をすっかり気に入りだしていた。

 そのうちにボンノは、自分より二回りも年下の若者──天野に対して、

〈どこにも所属してない一本いうんなら……〉

 と考えるようになった。ぜひ身内にほしいな──と。

 サージの盆で、天野の連戦連勝は続いていた。ボンノは目を瞠ってその様子を眺め、自分のことのように喜んだ。胸の内で喝采を送りながらも、声はかけなかった。

 が、あるときから勝負勘が狂いだしたのか、天野のツキは落ち、失速し始めた。1カ月後、天野は勝ち続けたころの勢いは見る影もなく、大敗し、スッカラカンとなった。

 そのとき、ボンノは初めて天野に声をかけたのだった。盆の奥の部屋に設けられた休憩室で、

「ワシはボンノや。洋志穂いうたか。サージから聞いとるで」

「へえ、よう存じあげてま」

「礼を言うで。これだけサージの盆が栄えとるんも、おまはんのお陰や」

「滅相もおまへん」

 天野はボンノの心遣いが身に沁みてうれしかった。自分が勝ち続け得意の絶頂にあるときではなく、負けてシュンとなっているときに声をかけてくれる気配りに、感じ入ったのだ。

「一本でやってるそうやが、どや、ワシと一緒にやっていかんか」

「ワシ、ヤクザ、嫌いでんねん」

「何でや? こないに博奕が好きやないかい」

「ろくな親分に当たってまへんさかい」

 これにはボンノも声をあげて笑った。まわりにボンノの身内がいなかったのは幸いだった。

「そら、洋志穂、ズバッと言い過ぎやで。そうか、ろくなもん、おらんかったんかい」

「最初に当たったんは、商売人なんかヤクザなんかわからん親分でしたんや。ワシ、男になろう思とんたんですが、見事に裏切られましてん」

 天野は最初の親分にあたる日建組組長肥田勝秀とのいきさつを、ボンノに縷々として話した。

 ベビーゴステロを通して渡世の縁ができたものの、最後は肥田に拳銃を突きつけて、

「いままではあんたが一番偉かったけど、今日からはワシが一番偉いんじゃ!」

 との啖呵を切って、組を離れ、それ以来、ずっと一本独鈷を通してきたこと。

「けど、いまから考えたら、これ、ワシのほうがよほど外道ですわ。こんなできの悪い男はないと、いまは反省しとりますんや」

 と打ちあける天野に、ボンノは、

「そら、おまえ、たまたま悪い親分に当たっただけやないかい。なあ、政治家でもええ政治家もおれば、悪いのんもおる。ヤクザでも悪い親分もおれば、ええ親分もおるんや。誰も彼もが外れとは限らんぞ」

 と言って、なお口説いた。

 それでも天野は容易に首をタテに振ろうとしなかった。

 とは言え、心はすでにかなりの部分でボンノに傾いていたのだが、その話にすぐに飛びつくのは、男の作法、嗜みとしてはどうか──と、なんとなく天野には思われたのだ。ただ、それだけのことだった。

 この件があって、ボンノはなおのこと天野に惚れこんだ。本拠とする神戸から大阪に来るたびに天野を呼び出し、連れて歩くようになったのだ。

(山平 重樹)

天野洋志穂氏(『爆弾と呼ばれた極道 ボンノ外伝 破天荒一代・天野洋志穂』より)