令和の現在、夫婦の3組に1組は離婚する。残る3分の2の多くも、大なり小なり問題や悩みを抱えている。ネットニュースSNSリアルな夫婦像に触れる機会が増え、我が身を振り返る人も少なくないだろう。9月6日に新著『妻が怖くて仕方ない』(ポプラ社)を上梓したジャーナリストの富岡悠希氏が「日本の夫婦の今」を明らかにする本連載。今回は、「弱者男性」論から夫の立ち位置を考える。

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◎これまで連載はこちらから
第1回・妻の暴力で脱臼、救急車で運ばれた僕が考える夫婦の「リアルと理想」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71659
第2回・「既婚者合コン」に潜入、「良妻賢母」的なマリコさんに僕は困惑したhttps://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71835

(富岡 悠希:ジャーナリスト

「『インセルか否か』を過剰に重視するのは正にアーサーを狂気に追いやったエゴそのもの」

 9月27日安倍晋三元首相の国葬が執り行われた。安倍氏を射殺した山上徹也容疑者は、事件前、Twitterアカウントを開設。統一教会(現・世界平和統一家庭連合)への不満を含む、大量のつぶやきを残していたとされる(現在は閉鎖)。

 同容疑者はそうした中、たびたび、「インセル」という言葉に言及している。記事冒頭のつぶやきは、2019年10月、映画「ジョーカー」の主人公アーサーを論じる文脈で出てきたものだ。

 簡単に説明すると、「インセル」とは「不本意の禁欲者」を意味する。遺伝的に恵まれずに異性への性的魅力がなく、女性との恋愛関係を作れない。こう絶望視している「非モテ」の男性を指す。

 なお、彼らは性的魅力がある男性を「チャド」と称している。

「KKO」などとオッサンが揶揄される

 山上容疑者の凶行は、どんな生い立ち、どんな理由があろうとも許されるべきものではない。

 その前提を踏まえて山上容疑者の犯行時の立場を分析する。40代に入っていた彼も、社会的に居場所を失くした中年男性だったことは間違いない。近年、揶揄されることが多い、いわゆる「オッサンカテゴリーの一人だった。この点、山上容疑者と筆者は同類だ。

「KKO」という言葉をご存じだろうか? 「キモくて(K)金のない(K)オッサン(O)」を指すネットスラング2015年ごろに盛んに使われたとされる。

 筆者も属する1970年代前半~1980年代前半生まれは「ロストジェネレーション」(ロスジェネ世代)と呼ばれる。「就職氷河期」の1990年代前半~2000年代前半に就職活動を経験した。

 バブル経済崩壊の余波を受け、正社員への道が厳しかった。仕方なく、非正規雇用で凌ぎ、先頭世代は40代後半となっている。望んでKKOになったわけではない。

 その後、このKKOは余りに差別的な言葉だとして、「弱者男性」が使われるようになる。そして近年、この「弱者男性」論が、ネットで盛り上がりを見せている。

 男性はこれまで、社会的「強者」であるとされてきた。政治、経済などのあらゆる面で、オッサンが権力を握り、意思決定をする。女性はそれに従わざるを得なかったという構図だ。

働かない中年男性に「妖精さん」

 こうした従来の見解を、「弱者男性」支持者は強く否定する。

 男女の自殺率、ホームレスの割合などを見ても、圧倒的に女性より男性の方が多いのではないか。実は男こそが「か弱い存在」なのだ、との主張だ。

 筆者はこの論を全面的には肯定しないが、福祉など行政による救いの手を必要とする男性がいることは確かだ。

 かつて母親から心身の暴力を受け、社会人になってから、うつ病を発症した30代男性を取材したことがある。障害年金で暮らす彼のような男性を、社会はしっかり支える必要がある。

 また、職に就いているオッサンに対しても、厳しい目が注がれている。「妖精さん」という呼び方を聞いたことはないだろうか? 会社に在籍しているだけで、「働かない中年男性」を指す。

 朝、出社してタイムカードを押す。自席で新聞を読んでいたかと思うと、すーっと消えるようにいなくなってしまう。同僚の誰も、このオッサンが不在の間、何をしているか分からない。上司も関わるのが面倒だから注意をしない。夕方に戻ってきて、再度、カードを記録するのが、最重要タスクになってしまっている。

妖精さん」とは実に言い得て妙なのだが、彼だって人並みに仕事をしていた時期があったに違いない。「仕事より釣り!」を公言している『釣りバカ日誌』のハマちゃんは実在できないから、世のサラリーマンがあこがれる。

家庭内での決定権も逆転間近

 インセル、KKO、妖精さん――。切り取る要素は違えども、どの言葉もオッサンの一側面を鋭く穿つ。そして、当事者のオッサンからすると、実に切なく響く。

 さらに、我らオッサンは家庭内でも「力」を失いつつある。

 博報堂生活総合研究所は1988年から10年ごとに、サラリーマン世帯の夫婦にアンケートを実施している。その「家族調査」における質問の一つに、「家庭の総合的な決定権」をどちらが持っているのか、がある。

 結果はこうだ。88年に夫72.4%、妻10.1%だったのが、2018年には夫38.7%、妻30.3%。夫は急落、妻は急上昇している。次の28年調査では、逆転が予想される。

 男性と同等に教育を受け、社会で仕事をするようになった女性は、家庭内でも「力」を増している。

 僕は夫でもあるが、娘を持つ父親でもある。娘がいなくても女性の社会進出を歓迎するが、娘のパパであることを踏まえると、さらにプッシュする。

 小学校低学年と園児の娘2人の会話を聞いていると、実に大人びている。彼女たちの言語能力やコミュニケ―ション能力の高さは、世の中で存分に生かされて欲しいと切に思う。

 上場企業の役員は、早期に男女半々とすべきだろう。そして、女性総理大臣の誕生も願う。イギリスでは9月、新しくトラス首相が誕生した。同国ではサッチャー、メイの両氏に次ぐ3人目の女性首相だ。

「亭主関白」の定義は今風に

 もっとも残念ながら、頑迷な日本政治の世界は遅れが際立つ。やはり家庭の変化の方が早いだろう。

 問題は、共働き家庭が当然となった令和の夫婦像をどう形作っていくのか。現実はまだまだ手探りだ。そうした中でも一つは断言できる。

「もう昭和型の夫婦像に戻ることはない」のだ、と。そして、威張っている「頑固オヤジ」や「亭主関白」は二度と流行らない、と。男たちはその現実を直視しなければならないのだ。

 むしろ「亭主関白ver2」とも言える解釈こそ、今の時代に合っている。

 1999年に設立された「全国亭主関白協会」(全亭協)なる団体を紹介したい。そのサイトでは「亭主関白」をこう位置づける。

「関白とは、天皇に次ぐ2番目の位。家庭内ではカミさんが天皇であるから、『関白』とは奥様を補佐する役目」

「『亭主』とは、お茶を振る舞う人、もてなす人という意味」

「真の『亭主関白』とは、妻をチヤホヤともてなし補佐する役目である」

離婚を選択するのは自由だが・・・

 実に愉快な解釈だし、的を射ている。

 筆者は拙著『妻が怖くて仕方ない』で、「弱者男性」という言葉を引用しつつ自らを「弱者夫」と位置づけた。僕は2019年5月、妻の殴打により左肩を脱臼し、救急車で運ばれた過去を持つ。著書には以下のように書いた。

「僕が『弱者夫』を自称するのは、何も妻の腕力に恐怖を覚えていることだけが理由ではない。『女の時代』が来ている中、夫たちは自らを『弱者夫』と認識し、夫婦像を捉え直す必要性を感じるからだ」

 今は妻から邪険にされている「弱者夫」でも、多くは妻と恋愛できたはずだ。

 情を通わせた甘い過去があるからこそ、今の家庭が砂漠に感じる・・・。このように主張する夫もいるだろう。筆者もそう感じる一人だ。

 もちろん、弱者夫の立場から逃れようと離婚を選択するのは自由だ。「今の妻とは、たまたま相性が悪かっただけ」と出直す決断もあり。バツイチになれば、恋人を作ったり、再婚したりする可能性も出てくる。

 しかし、もし筆者と同じく今の家庭の渇きを癒したいとするならば、夫たる自分を変えていくしかない。そしてその一歩は、我ら「弱者夫」が自省の涙を流すことなのかもしれない。

第4回はこちら
男性がよく泣く韓国ドラマがうらやましい、妻のDVに涙をこらえる日本の夫(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72231)

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