7~9月に放送された夏アニメで、「5億年ボタン【公式】~菅原そうたのショートショート~」を特に楽しく見ていた。個人的には「ケモノフレンズ」「バーチャルさんはみている」の系譜に連なるダークホース作品で、最初は1話だけ見るつもりだったのが毎週見るのが楽しみになり、阿佐ヶ谷ロフトAで行われたイベントに足を運んだり、久々にテレビアニメブルーレイを予約したりするぐらいハマってしまった。
 漫画で例えると、有名出版社の漫画ばかりを読んでいたなかで初めて「ガロ」系の根本敬氏やねこぢる氏の作品をふれたときのような感覚があって、シンプルもしくはラフな絵柄のギャグ作品でこんなところまで描けてしまうのか、ここまで自由に描いていいのかという新鮮な驚きがあった。

5億年ボタン」は、「gdgd妖精s」「Hi☆sCoool! セハガール」など3DCGショートアニメを多く手がける菅原そうた氏が原作・監督のオリジナル作品。菅原氏が2001年に発表した同名漫画がもとになっている。5億年ボタンと呼ばれるボタンを押すだけで100万円がでてくるバイトがあり、そのボタンを押すと何もない異空間に転送されてたったひとりで5億年を過ごさなければならない。ただ、5億年が経ってもとの世界に戻る瞬間に異空間で過ごした記憶は消されてしまうため、ボタンを押した本人の感覚としては一瞬の出来事でしかない。そのバイトをやるかやらないかというエピソードを中心に、野沢雅子氏が演じる5歳児のトニオら4人のキャラクターによるコミカルショートエピソードが展開される。1話30分の枠はメインストーリーの本編、声優陣による大喜利コーナー、尺あわせのおまけコーナーの3部で構成されている。

本作はキャストオープニングエンディングの楽曲と映像演出以外のほぼすべての役職を菅原監督自身が担当し、オープニングクレジットは「菅原そうた」で埋め尽くされている(注1)。3年の歳月をかけて自主製作され、菅原監督はプロデューサーでもある。TOKYO MXで放送する枠を自分で買いとり、枠で流すCMもおそらく菅原監督本人がつくった動画のはずだ。阿佐ヶ谷ロフトAのイベント開催だけをCMとして流している珍事(?)に驚き、これは足を運ばなければと思ってしまった。
 放送前に公開された菅原監督のインタビューによると、2018年頃に大病で死と直面した経験や父親の他界、子どもの誕生などを機に、自身の原点である漫画をもとに集大成となるような作品をつくろうと思ったのが制作のきっかけで、結果的にほぼひとりでつくることになったのはコロナの影響が大きかったそうだ。

5億年ボタン」は、近年のセルルック3DCG作品群と比べると、低予算であることがハッキリと分かるシンプルなCGで制作されている。菅原監督は自分たちがつくった作品を以前から「バカCG」と称していて、フォトリアルな描写や手描きアニメに近づけるテイストは求めていない。CGでキャラクターを描くさいに付きまとうアンバランスさや不気味さを逆手にとって、「気持ち悪くてかわいい」CGの面白さで勝負している。その狙いを差し引いても「5億年ボタン」は「安いCG」に見えるが、筆者はある部分では非常にリッチな3DCGアニメだと感じて感銘をうけた。
 国内の3DCGアニメでは、キャラクターや作中の舞台の数に制限があって脚本段階から厳密に設計されているとよく言われる。3DCGキャラクターにはモデリングというカロリーのかかる工程が必要で、舞台も3DCGで設計する場合は事前につくりこんでおかなければならないからだ。手描きアニメの場合、新しいキャラクターや舞台が急きょ必要になった場合、それを描いてくれる人がいればなんとかなるが、3DCG作品の場合は制作工程上それが難しい。それゆえ不自然なぐらい人物や舞台がかぎられていたり、回想シーンなどワンポイントの場面だけ手描きアニメになっていたりすることがよくある。
 「5億年ボタン」は、菅原監督ひとりでつくっているにも関わらず、物語の展開にあわせてキャラクターも舞台も次々と新しいものがでてくる。これは、CGのアセット(素材)を使うことで実現できていて、キャラクターの3Dモデルや衣装にはVRoid(※pixivが提供するフリーの3Dモデルソフト)の商用データなどが活用されている。一般的な3DCGアニメスタジオでつくる場合、ちょっとしかでてこないキャラクターや舞台のために新しいモデルを用意するのは現実的でないが、本作の場合は監督兼プロデューサーの菅原監督自身が、過去に手がけた作品のために購入したアセットも映像制作用の資産としてフル活用することで、手で描くようにキャラクターや舞台を自由自在につくりだしている。シンプルなルックだから実現できている制作手法だ。
 主要キャラクターダンスを踊るエンディング映像も、本編や大喜利コーナーに登場したモブキャラクターが登場したり舞台が変わったりするなど各話で異なっている。これも新しいキャラクターモデルダンスの動きのデータを読み込ませることで実現できていて、本編に変なキャラクターがでてくると今回のエンディングに登場するかなと途中から期待してしまう。イベントトークによると、エンディングの映像だけは、映像監督の「ビームマンP」氏と放送中もギリギリまでつくりこんでいたそうで、11話ではキャラクター大渋滞のカオスな映像で大いに楽しませてくれた。
 菅原監督は制作当初、一部の主要キャラクターの頭身を高くしていたのを、笑いのハードルを下げるためには低いほうがいいと判断して現状のかたちになったとイベントで話していた。そうした発言からも、一見ユルくつくられているように見える本作には、長年の経験を活かして自分ひとりで制作する長所を最大限に発揮する手法がつらぬかれていることがうかがえた。

本作は、1~4話で「5億年ボタン」に関するエピソードがいったん完結している。ボタンを押したトニオが異空間で5億年すごすなかで、生や死の意味、この世界や宇宙のあり方について思索を深め、長い時間の末ついに悟りを開く(そして、悟った記憶を失って元の世界にもどる)。作中では哲学、宗教、科学の用語の解説のほか、SOTA名義で菅原監督みずから歌うラップミュージックもまじえて世界の存在理由や人間が生きる意味が肯定的に語られ、一種の幸福論のようでもある。
 TOKYO MXの放送では「We are the world」(USAフォーアフリカ)や「Imagine」(ジョン・レノン)も使用され、メッセージ性どころかメッセージそのものが直球で全面におしだされているが、菅原監督は「(3話では※筆者補足)本来ドラマとして見せるべきものを、一回全部本気で、原液のまま言葉で言っちゃうエンターテインメントもあってもいいんじゃないか? という実験をわざとやっています。文学の世界では浅はかなのは分かったうえで、あえてやりました」と意図的だったことを明かしている(※注2)。
 自身の大病など菅原監督のプライベートな事情による死生観の変化が色濃く感じられ、ギャグアニメフォーマットのなかで菅原監督が今考えていることがストレートにぶつけられている。菅原監督はイベントで「3話は簡単に分かってもらえたら困る」と冗談めかして話し、ニコニコ動画の3話の配信でそれまでの視聴者の半数が脱落していたことを「半分脱落してもすごいと思った」と振り返っていた。
 テレビアニメの世界では、3話までに視聴者の心をつかまないと視聴を継続してもらえない「3話切り」という言葉があるが、3話で見なくなる人が多くでてもいいという覚悟でつくってしまう。すべて自分がリスクを負う自主製作、娯楽作品から逸脱してでも伝えたい直球のメッセージ、そうした物心両面において菅原監督のこれまでの人生がまるごと作品に注ぎこまれ、30分のテレビアニメというフォーマットで成立しているのはすごいとしか言いようがない。しかも、ここまで書いてきたような理屈は抜きに気楽なギャグアニメとして楽しめる軽みもある。今のアニメファンに何がウケるかを分析してつくるマーケティングの対極にある「監督が本当にやりたいこと」しか詰まっていない作品として、2022年夏アニメのなかで大きな爪あとを残した快作だったとファンのひとりとして本作の製作に感謝したい。

注1:音楽、音響効果は別スタッフと連名。これはVコンテ段階で菅原氏が仮音をいれたものをもとに、別スタッフが最終的な音をつくっているためだそうだ(阿佐ヶ谷ロフトプラスワンでの菅原監督の発言より)。

注2:以下の参考文献ねとらぼインタビューから引用。

参考文献
KAI-YOU」ぶっ飛び哲学アニメを個人制作でテレビ放映? 菅原そうたが語る『5億年ボタン
https://kai-you.net/article/84356

ねとらぼ」いよいよ放送開始、アニメ5億年ボタン菅原そうた監督インタビュー 今も語られ続ける伝説的漫画は“原作者本人”の手でどう生まれ変わったか
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2207/14/news037.html