(筆坂 秀世:元参議院議員、政治評論家)

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 今年(2022年)7月の参議院選挙自民党が勝利を収めた際、岸田文雄首相は「黄金の3年」を手に入れたと言われた。衆議院の解散がない限り国政選挙がないから楽だという意味だ。

 誰が言い出したのか分からないが、民主主義の基本である選挙がないことを良いことのように言うのだから、けしからん屁理屈(へりくつ)ではある。

すべてが行き当たりばったり

 だが現実には、岸田内閣の支持率は急速に下がっている。10月3日朝日新聞に、1日、2日に行った世論調査結果が掲載されている。それによると不支持が50%に達している。内閣が発足した昨年10月には、不支持は20%だった。それが2.5倍も増えてしまったのだ。参院選があった今年7月でも不支持は25%だった。この時に比べても2倍になっている。

 理由無くして支持が減り、不支持が増えることはない。最大の理由は、何をしようとしているのかが、まったく見えないことだろう。

 原発問題もその1つだ。国民の間で原発の再稼働や新たな建設に強い懸念を示す声は多い。岸田首相も先の通常国会では、「再稼働はしっかり進める」としつつ、新増設や建て替えは「現時点で想定していない」と明言していた。ところが8月24日の「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」で、既存の原発よりも安全性を高めた革新軽水炉の開発・建設や来年夏以降の原発7基の再稼働など、原子力をフル活用する方針を打ち出した。ロシアウクライナ侵攻でエネルギー危機が強まっていることもあるのだろうが、説明がまったく足りていない。「原発安全神話」に回帰するのかどうか、十分な説明無しでは、国民の理解は得られない。

 電気料金もそうだ。9月29日岸田首相は唐突に今後見込まれる電気料金の値上げに備え、激変緩和を目的とした新たな制度をつくると表明した。首相によれば、来春以降2割から3割の値上げになる可能性があるという。現在の国内の電力販売額(2021年度)は約14兆円である。2割なら2.8兆円、3割なら4.2兆円の値上げになる。1割を国が負担すれば1.4兆円の財政負担になる。それでなくとも、この間、ガソリン補助金や詐欺の喰い物にされたコロナ対応の休業支援金・給付金のような無駄を続けてきた。国の借金1255兆円を超え、GDP(国内総生産)の2倍になっている。

 意味不明な「新しい資本主義」などとほざく前に、国民1人当たり1000万円超の借金をどうするのか、その展望を語ることこそ首相の責任ではないのか。この借金を最終的に返していくのは、いまの若者であり、これから生まれてくる子どもたちである。無責任な対応は許されない。

 真偽不明だが、安倍元首相の国葬儀も麻生太郎副総裁に言われてやったという報道がある。おそらく保守派をおもんばかってのことだろう。ここまでの反対の声が上がることは想定外のことだったと思う。

 すべてがこの調子で、行き当たりばったりで整合性もない。説明も十分に首相自身ができない。これでは不信がつのって当然だ。

 10月11日から国の観光支援策「全国旅行支援」が始まるが、私は反対だ。この政策も到底納得できず、なぜメデイアが批判しないのか不思議で仕方がない。夏休みでも連休でも多くの人々が旅行している。なぜここに税金を投入する必要があるのか。

 10月3日に発表された日銀短観でも、製造業は悪化しているが、運輸、宿泊、飲食などの非製造業は改善されている。コロナが収まれば自動的に観光客は増える。やることがあまりにも無駄だ。

アベノミクスの転換に踏み切れるか

 10月から多くの生活必需品の値上がりが始まった。私はほぼ毎日、妻とリュックを背負って買い物に行く。コーヒーも菓子類も、購入するのは小サイズになった。円安やロシアウクライナ侵攻によって輸入商品が大きく値上がりしているからだ。一時、政府はドル売り介入を行ったが、日本銀行が異次元金融緩和を続けている限り、円安は続いて行くことになる。

 突き詰めれば、円安、言い換えれば自国通貨の価値が安くなるというのは、その国の経済が弱いということである。朝日新聞10月2日付)に一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏の「円安という『麻薬』 弱めた成長力」という記事が掲載されていた。この中で野口氏は次のように指摘している。

──円安の影響で輸入物価が高騰し、家計は、物価は上がるが、賃金は上がらず生活が苦しくなっている。企業も原価の高騰を販売価格に転嫁できず、円安は企業にとっても望ましくない。

──日銀は金融緩和をやめるべきだ。円安を食い止めるには日本の金利を上げるしか方法はない。

──自国の通貨が安くなることが、国にとって利益であるはずがない。韓国は1990年代のアジア通貨危機でウォンが下落し、国がつぶれる一歩手前まで行った。

──日本は円安のもとで賃金を下げることで競争力を維持してきた。しかし、日本の賃金が国際的に低いと海外から優秀な人材は来なくなり、日本から優秀な人材が外に逃げてしまう。

 アベノミクスのもとで続いてきた金融緩和、円安政策の転換に踏み切れるかどうか。岸田首相の本気度が問われている。

劣化した自民党、野党はあまりに無力

 岸田首相は、旧統一教会問題も意識して内閣改造・党人事を前倒しで行った。だが萩生田光一政調会長、山際大志郎経済再生相らと旧統一教会のつながりの深さが次々と明るみに出て、かえって自民党と旧統一教会の結びつきの深刻さを露呈させてしまった。

 自民党では村上誠一郎衆院議員が安倍氏の国葬儀に反対し、欠席した。この村上氏が安倍氏を「国賊」と呼んだことから、「除名にせよ」という声が一部で上がっている。だが除名どころか自民党議員は村上氏に感謝すべきだろう。国民の6割を超える人が国葬儀に反対しているとの報道があった。有権者の支持を得て当選してきた議員がこの声をまったく無視するというのは、民主主義を標榜する政党ならあり得ないことではないか。これは自民党の劣化を示しているのだ。

 かつての中選挙区制時代の自民党なら、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が巻き起こったはずだ。自民党は派閥の集合体のようなもので、派閥が違えば同じ選挙区で激突していた。「物言えば唇寒し」などということはなかった。これこそが自民党の活力の源泉であった。それが小選挙区制の導入によって、党の公認さえもらえれば地道な選挙活動を行わずとも当選できる仕組みになってしまった。党執行部の顔色ばかり見ている議員が増えてしまったのだ。小選挙区制の害悪にあらためて目を向ける必要がある。

 いまの岸田内閣の現状を見れば、本来なら野党が政権交代の声を上げなければならないほどの事態である。前回の本コラム(「東京五輪の後始末、岸田首相は電通『利権構造』と森氏の影響力を排除できるか」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71890)でも紹介したが「青木の法則」(青木幹雄、元官房長官・参院議員)というのがある。それは内閣支持率と与党第一党の支持率を合わせて50%を切ると内閣は倒れるというものだ。毎日新聞と社会調査研究センターが9月17日と18日に行った調査結果では、内閣支持率はわずか29%、与党第一党の自民党の支持率は23%だった。合わせて52%なので、50%切りにひたすら近づいているということだ。

 だがいまの野党の現状では、この「青木の法則」も残念ながら通用しない。これもまた異常事態なのである。

 先に紹介した朝日新聞世論調査では、「成長と分配の好循環を目指す『新しい資本主義』を掲げている」岸田首相の経済政策に期待できるかを尋ねると「期待できる」は25%、「期待できない」は69%となっている。物価対策では「評価しない」が71%にもなっている。だが、野党への評価も厳しい。野党に期待できるかという問いには、「期待できない」が81%にもなっている。野党よ、奮起せよ!

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