いよいよ10月6日(木)・7日(金)にプレビュー公演、8日(土)に本公演が開幕するミュージカル『ジャージー・ボーイズ』。開幕に向けて、ぴあアプリの水先案内人としてもお馴染みのミュージカル文筆家・町田麻子さんに、Wフランキーに寄せる熱い想いを綴っていただきました。

役というのは不思議なもので、同じ台詞を喋り同じ歌を歌い同じ動線を辿っても、演じる役者によって見え方は大きく異なる。生身の人間が演じるのだから、そこに役者本人が入り込むのは当然のこと。つまりは役なんてものは概念でしかなく、実在するのは“その人が演じるその役”のみなのだから、その意味ではどんな役でも誰が演じたって成立するはずだ。にもかかわらず、「この役はこの人にしか演じられない」と観客に強く感じさせる役が、世の中にはいくつか存在する――いわゆる当たり役というやつだ。

日本ミュージカル界屈指の当たり役、“中川晃教が演じるフランキー・ヴァリ”を絶対的支柱として上演が重ねられてきた『ジャージー・ボーイズ』(以下JB)が今年、初めて中川と花村想太のWフランキー体制で再々演される。“花村が演じるフランキー・ヴァリ”がどんなものになるかは、幕が開くまで誰にも分からない。だが今の時点で、「中川のWキャストは花村にしか務められない」ことは断言できる。そのワケを、ボーイズ取材を重ねてきたライターとして点と点を繋ぎながら、何よりイチJBファンとしてひも解いていこうと思う。

世紀の当たり役、神々しき中川フランキー

中川晃教のフランキーで日本版JBを……! 筆者のなかでそんな妄想が芽生えたのは、今からもう16年も前のこと。トニー賞を獲ったばかりの舞台をブロードウェイで観て、小柄な体とつながりそうな眉毛で「♪はじめてのチュウ」みたいな声を出す、フランキー役のジョン・ロイド・ヤングに堪らない魅力を感じた。彼の歌声が、ザ・フォーシーズンズをほぼ知らなかった筆者にもごくごく容易に、「もっと歌ってフランキー!」と願った当時のメンバーとファン、そしてそこで舞台を観ている観客の気持ちを分からせ同化させてくれた。

2019年オフブロードウェイ版パンフレット(筆者所有)

こういう魔法の歌声を持った人、日本のミュージカル界にもいるぞ……? 妄想が芽生えたと言っても、この時点で思ったのはその一点。歌に魅了されるだけでなく物語にも没入できたのは、ザ・フォーシーズンズと共に青春を過ごしてきた“アメリカの観客”と同化できたからであって、そもそもそうした観客のいない日本で同じ現象が起こるとは思えず、日本版が同じくらい熱い舞台になる気はしていなかった。それでも、ただただ“中川が演じるフランキー・ヴァリ”が観てみたくて、そのためだけに日本版を熱望したのだ。

10年越しの妄想が叶うことになった2016年、JB絡みで中川を取材する機会に何度か恵まれた。1度目はまだ稽古が始まる前、中川単独のいわゆるプロモーション取材。話の流れで、オーディション用に録音されたフランキーとしての歌声を聴かせてもらうことができ、これはどうやら妄想以上の当たり役になりそうだと鼻息を荒くしたものだ。そして2度目が、稽古場でのボーイズ座談会。やはり4人のハーモニーこそ本作の要であると思わされる話を聞いて、早く聴きたい想いを抑えきれなくなり、このあとは振付稽古だから歌わないですよと言われてもなお望みを捨てきれず、稽古場に残って見学させてもらうことにした。

振りがある程度入った頃、1曲通してみようという話になり、ボーイズがあくまで振りの確認のためではあるが、軽く歌いながら踊ってくれた時の、興奮は到底忘れられるものではない。あまりの尊さに、気付いたら涙が頬をツーと伝っていた。公私混同もいいところのヤバいライターである。居合わせたスタッフの皆さんから温かい失笑を買ったが、初めて聴く日本版ボーイズのハーモニーはそれほどに崇高だった。まだ好きになるかどうか分からない初演作品のチケットを、開幕前から複数回分おさえたのは後にも先にもこの時限り。

2016年初演時(シアタークリエ)より、中川晃教

それほど膨らみ切っていた期待を、初演の舞台は軽く上回ってきた。次々と繰り出されるハーモニーの威力たるや、それはそれは凄まじく、日本の観客の心を――アメリカの観客という小道具なしに――ザ・フォーシーズンズの物語に没入させるに十分。わけても中川の歌声の唯一無二ぶりはほとんど神々しいほどで、シアタークリエには「もっと歌って“中川”フランキー!」旋風が吹き荒れた。かつてジョン・ロイド・ヤングフランキーに撃ち抜かれ、彼のマリウス観たさにロサンゼルスまで出かけて行ったほどの筆者も、公演が終わる頃にはすっかり「私のフランキーあっきー(はーと)」状態だったのである。

中川自身の“勧誘”から6年、機が熟した花村フランキー

それはそんな公演が終わった2016年末に訪れた、中川に1年の活動を振り返ってもらう、筆者にとって3度目となるJB絡み取材でのこと。JBについても語ってもらうなかで、ほかのボーイズはWチーム体制なのにフランキーだけシングルキャストなのはやはり大変で、もう一人ほしいと思っているのだろうと窺わせる発言があった。それでもフランキーは中川にしか演じられないのだから頑張ってもらうしかない、と筆者は思っていたのだが、後から思えばこの時すでに、中川の頭のなかには花村の存在があったのかもしれない。

というのも、時は流れ、中川がコンサート版と再演もシングルのまま乗り切り、筆者は筆者でオフに場を移して再開されたブロードウェイ版を観てやはり「私のフランキーあっきー(はーと)」と実感したりした後の2021年。中川と花村が『きみはいい人、チャーリーブラウン』で初めて共演することになり、その対談取材を担当した。すると中川の口から、「『Act Against AIDS』のリハーサルで第一声を聴いて、フランキー・ヴァリができると思って“勧誘”した」なんて話が飛び出すではないか。ふたりが同じステージに立った『AAA』は、調べてみると2016年12月。くだんの3度目のJB絡み取材の直前だったのだ。

左から)2016年版パンフレット、2018年版パンフレット、ミュージカル『きみはいい人、チャーリーブラウン』(2021年)パンフレット(筆者所有)

その時はミュージカルとは無縁だった花村が、『RENT』で彗星のごとくミュージカルシーンに現れたのが2020年末のこと。観ることは叶わず、彼の生の歌声に筆者が初めて触れたのは翌年の『~チャーリーブラウン』だったのだが、確かに中川が目をつけるのも納得の声だと感じた。“歌が上手い”だけではない。中川やフランキー・ヴァリ本人とも通じる、“生まれながらのシンガー”の声なのだ。こ、これは確かに花村フランキーあるかも、観たいかも……。果たして半年後、この度のWフランキーによるJB再々演が情報解禁となる。

中川による“勧誘”から6年もかかった裏には諸事情あることと推察するが、観客の目線からしても、例えば2018年の再演や2020年の帝国劇場でのコンサート版では時期尚早だったことと思う。何しろ世紀の当たり役である中川フランキーの向こうを張るだけでなく、ミュージカルファンが愛してやまない作品のセンターに立つことにもなるのだから。情報解禁の数か月後、花村はDa-iCEとしてレコード大賞を獲得し、ますますその座に相応しい存在となった。「機が熟した」とは、まさにこういうことを言うのだろう。

チームBLACK 左から)東啓介、藤岡正明、中川晃教、大山真志
チームGREEN 左から)spi、花村想太、尾上右近、有澤樟太郎

そんな今年のJBでも、中川率いるBLACKと花村率いるGREEN、各チームの座談会を取材する機会に恵まれた。未掲載のため内容に触れることは避けるが、同じ作品について話しているとは思えないほど、チームごとに異なる様相を呈していたことは確か。まずフランキー役の役者がその魔法の歌声を体現し、その上でボーイズそれぞれが自分自身を役に重ね、4つの“その人が演じるその役”が奏でるハーモニーのなかに、ザ・フォーシーズンズの栄光と挫折が立ち現れるJB。2通りの――1回限りの中川GREEN、花村BLACKも合わせると4通りのザ・フォーシーズンズの物語が味わえるこの機会を、逃す選択肢はない。

取材・文:町田麻子 写真提供:東宝演劇部

町田麻子ウェブサイト:
https://www.rodsputs.com/

ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』チケット情報:
https://w.pia.jp/t/jersey2022/

Wキャストでフランキー・ヴァリをつとめる中川晃教(左)と花村想太(右)