「日本では、危機に際しての『意思決定の文化』がまだ確立されていないというのが私の実感です。まだ、その時々の雰囲気で、状況を見ながらやっているところがある。つまり意思決定のプロセスはあいまいで、言語化されていない。専門家の意見を聞きつつ、ほかの政治状況も考え併せて結論を導くという正・反・合の弁証法のようなプロセスが足りなかった。そこに私の問題意識がありました」

 第7波が徐々に落ち着きつつあるなか、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長を務めてきた尾身茂氏(73)が「文藝春秋」の計6時間に及ぶロングインタビューに応じた。この2年半余り、コロナ対策のリーダーを務めながら、さまざまな場面で3人の総理と対峙してきたがゆえに、日本の政治に関して深く思うところがあるようだ。

「いつも政府と対立をしてきたわけではありません。提案の多くは、政府が受け入れて実行してくれたというのが実感です。しかし、いくつかの場面で専門家の意見を聞かずに政府が決め、発表してしまうことがありました。

 安倍晋三元総理のときのマスク配布や、菅義偉前総理のときのGoToキャンペーン、岸田文雄総理の濃厚接触者の待機期間短縮などがそうです。もしかすると専門家に聞いてもやぶへびだ、聞けば反対意見を出されかねないという懸念を抱いたのかもしれません。あるいは、政府にとって大事なことは専門家に聞かずに決めたいという思いなのか、よくわからないところですが、ある時は十分に聞いてくれるけれど、ある時はまったく聞いてくれないということが何度かあったのは事実です。

 これまで3人の総理がコロナ対策のリーダーシップを取られましたが、マネジメントスタイルは異なります。それは人間の個性の違いから来る。大事な局面になればなるほどリーダーの“素”が出るのです。もちろん、個性ですべてが決まるわけではなく、その時の政治状況とか、内閣の基盤も関係する。だからこそ、意思決定のルールづくりは大事ではないかと考えるのです」

意思決定の文化の確立こそが大事

 岸田首相は、新たな感染症に備えた司令塔として総理直轄の内閣感染症危機管理統括庁と日本版CDC(米疾病対策センター)を立ち上げると表明した。しかし、尾身氏はこういった新たな役所の立ち上げでは解決できない、意思決定の文化(ルール化)の確立こそが大事であるという。

「私の経験から考えるところでは、危機における司令塔に求められるものは、(1)情報分析、(2)リサーチ・クエスチョン(課題研究)と提案、(3)人的組織的ネットワーク、(4)意思決定と国民への説明、(5)政策実現のフォローアップがあります。これらはおそらく日本版CDCや感染症危機管理統括庁の課題になるでしょう。

 しかし何より大事なのは(4)の意思決定と説明。そして今回の経験でわかったのは、(5)のフォローアップも重要だということです。(菅政権時代の)ワクチンと(岸田政権時代の)検査キットのちがいはここにありました。(4)と(5)はともに政府全体でやっていただくしかありません」

「意思決定のルール」には、総理自身による国民への説明も含まれることを忘れてはならないと尾身氏はいう。

新型コロナ対策の最大の教訓は、最終判断は総理がするものですが、専門家の意見を聞いた上で判断すること。そして判断をしたら、なぜそのように判断したのかを必ず総理が自分で国民に説明することの大切さです。これが意思決定のルール化の肝だと私は痛感しています。政治家リスクを負って判断し、国民とのコミュニケーションをしないかぎり、政治主導という意思決定の文化は完成しません」

 尾身茂氏のロングインタビューコロナと戦った三人の総理」は、「文藝春秋11月号(10月7日発売)に12頁にわたって掲載されている。未曽有の危機に際して、日本の政治の中枢とかかわってきた専門家による日本の政治への真摯な注文だ。

(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2022年11月号)

尾身茂氏 ©文藝春秋