東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災から11年が経った。しかし、2022年2月時点でも3万8000人超が避難生活を続けているなど、いまだ自然災害による影響は残されている。

 そんな中、東日本大震災以上の被害規模が専門家から指摘される「南海トラフ巨大地震」にも私たちは備えていかなければいけない。様々なデータをもとに導き出された、もっとも近い発生予想時期は2030年代。時間はほとんど残されていないのだ。

 そもそも、南海トラフ巨大地震の被害はどれほどのものなのか。そして、どのような対策が可能なのか。ここでは、京都大学名誉教授の鎌田浩毅氏が同大学で行った最終講義のもようをまとめた『揺れる大地を賢く生きる 京大地球科学教授の最終講義』(角川新書)の一部を抜粋し、紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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なぜ2030年~40年の発生を予測できるのか

 南海トラフ巨大地震において、なぜ発生する時期が予測できるかを説明したいと思います。これも、過去の地震データの検証を根拠にしています。

 1946年南海地震が起きたときに、太平洋側の地盤が規則的に上下するという現象があり、研究者はそこに注目しました。地震後、土地の上下変動の大きさを調べた結果、地震で土地が隆起した高さが大きいほど、次の地震が来るまでの時間が長い、という規則性に気づいたのです。

 ほかにも、高知県のある漁港のデータがあります。室戸(むろと)岬の北西に位置する室津(むろつ)港のデータでは、1707年の宝永地震では土地が1.8m隆起しました。それから約150年後の1854年に起きた安政地震では1.2m、1946年昭和南海地震で隆起した高さは1.15mでした。

 こうしたデータからわかるのは、南海地震の後に地盤沈下がゆっくり始まり、港が次第に深くなっていった、ということです。そして南海地震が一度発生すると、大きく土地が隆起し、港の水深も浅くなってしまうため、漁の船が出入りできなくなりました。

 室津の人々は、このようなことを経験的に知っていたので、江戸時代から港の水深を測る習慣がつきました。記録が残っていたのは、そのためです。漁師たちにとって生きるための知恵が、現代の地震学に貴重な資料をもたらしてくれました。

 さて、南海地震は海溝型地震と呼ばれる「海の地震」ですが、この地震後に土地が隆起することを「リバウンド隆起」と呼んでいます。昭和南海地震のリバウンド隆起は1.15mでした。そのデータから予測して得られたのが、次の南海地震の発生時期、つまり2035年ごろなのです。

 予測の根拠となるのは、もちろんこのデータのみではありません。地震の活動期と静穏期の周期から次の地震の発生時期を推定する方法も用います。活動期と静穏期についての研究によると、西日本では活動期と静穏期が交互に訪れことがわかっていて、現在は活動期に入っているのです。

 1995年に起きた阪神・淡路大震災は、正式には「兵庫県南部地震」と呼ばれ、この地震も現在の西日本が活動期に入っていることの証左です。

 西日本では、南海地震発生の40年くらい前から発生後10年ぐらいの間に、内陸の活断層が動き、地震発生回数が多くなるというデータがあります。確かに、阪神・淡路大震災1995年)の発生後に犠牲者を出した地震が頻発しています。そしてこのデータも、南海地震の予測に利用されているのです。

 過去の活動期の地震の発生パターン統計学的に処理して最近の地震活動データにあてはめてみると、次の南海地震が起こるのは2030年代後半という予測が出ました。さらに、過去に繰り返された地震を観測した、地震活動の統計モデルから予測したところ、次の大地震の発生は2038年ごろ、という結果が出ました。

 この2038年ごろという予測は、妥当な時期と考えられます。

 前回の南海地震1946年、前々回は1854年です。その間は92年で、南海地震の単純平均間隔である110年からみると短いですが、この92年という時間を軽視せず、最短で起きる間隔だと考えると、2038年となります。他の予測結果とも一致しています。

 様々なデータから予測された、もっとも近い南海地震の発生時期が2030年代です。京都大学元総長の尾池和夫博士(高知県出身で現・静岡県立大学学長)も、南海地震2038年頃に起こる、と予測しています(尾池和夫著『2038年南海トラフの巨大地震』マニュアルハウス刊)

 私自身はこれらのデータから、どんなに遅くとも2050年までには次の巨大地震が発生するだろうと考えています。

津波は「ビッグウェーブ」ではない

 南海トラフ巨大地震は、マグニチュード9クラスの地震エネルギーを発生させ、震度7の揺れが九州から静岡周辺までを襲います。その結果、巨大な津波も発生します。東日本大震災で生じた大きな被害が、揺れよりも津波によるものだったことを知っている人も多いかもしれません。

 そもそも、津波はなぜ起きるのでしょうか。また、サーファーが憧れるビッグウェーブとどう違うのでしょうか。

 津波とは、大きな地震で海底の広い面積が急激に隆起することによって、その場所の海水が押し上げられ、そのまま上昇して海面を大きく盛り上げる状態のことです。この大きな盛り上がりが、そのまま、水の塊となって水平方向に広がっていきます。

 しかも津波の速度は、水深が深い場所ほど速まります。水深2000mの場所では時速約500㎞と、飛行機並みの速度で進みます。水深200mでも時速160㎞と、高速特急並みです。

 そして水深10mでは、東日本大震災ニュース映像で見たような速度となります。沖合に比べたらスピードは遅くなりますが、時速40㎞と自動車並みの速さです。よって、津波を見てからではオリンピック選手でも逃げることは不可能です。

 津波は、海水が塊のままに沿岸に向かいます。塊の前にある海水に乗りかかるように高さを増していきますが、さらに厄介なのは入江や湾、また東北太平洋岸特有のリアス式海岸など、入口が狭い湾では急激に高さを増し、被害を大きくすることです。

 人間が歩く速度よりずっと速いですし、風や海流によって起きる波とは、性質がまったく違います

 お風呂で手のひらを上にして水面から20㎝ほど沈めて、勢いよく上に動かしたり、さらに沈めたりしてみてください。水面が盛り上がる様子がわかるはずです。これが津波の原理です。

 南海トラフ巨大地震においては、津波の高さだけでなく、到達時間にも恐ろしいものがあります。東日本大震災では大津波警報が出たりしていましたが、人々が津波発生を知らされてから到達まで、30分から小一時間ありました。

 ところが南海トラフ巨大地震では、早いところでは発生から到達までが2~3分だと予測されています。警報が正確に発報されたとしてもわずか2~3分です。これでは逃げるのにも限界があるでしょう。高台までの距離が遠い地域では、津波タワーが作られたりしていますが、そこをのぼり切る前に津波が到達してしまう可能性も高いと考えます。

3.11」とは桁違いの被害が

 予想される南海トラフ巨大地震では、九州から関東までの広大な範囲にわたって、震度6弱以上の大きな揺れをもたらし、震度7を観測する地域は10県、151市区町村に及びます。

 また、東日本大震災では犠牲者の数が約2万人でしたが、南海トラフ巨大地震では、犠牲者数が約32万人、全壊や焼失する建物は239万棟、津波が原因で浸水する面積は約1000平方kmになると想定されています。産業・経済の中心地域も大きな被害を受けるでしょう。

 つまり、諸方面にわたる被害の数値が東日本大震災よりも一桁多い災害になり、日本の人口の半数近くである約6000万人が深刻な影響を受けると考えられます。

 経済被害額についての試算も出ています。東日本大震災での経済被害は20兆円でしたが、南海トラフ巨大地震では220兆円を超えるといいます。220兆円とは、日本政府の1年間の租税収入の約4倍の金額ですが、学者によってはこの220兆円でさえ、見積もりとしては「甘い」と言う人もいるほどです。

 しかも、土木学会の試算によれば、インフラへの被害が災害後20年は続くとされ、それらの損害を積算すると1410兆円になるといいます。

 いずれも東日本大震災と比べても桁違いに大きな被害予想ですが、発生から10年以上が経っても、東日本大震災からの復興事業は遅々としており、被災者の方々は今もなお苦労されています。そうなると南海トラフ巨大地震が起きたあとの復興は、いったいどのくらいかかるのでしょう。

 この大災害が最短で10年以内に起こるという事態を皆さんはどこまで意識しているでしょうか。自分の問題として意識できているでしょうか。

 そのことを私は最終講義でも強調しました。読者の皆さんもこの書籍を機に、我が身に起こる出来事として準備をしてください。防災バッグを用意するのはもちろんですが、それだけで満足してほしくありません。どのように「生き延びるのか」を真剣に考えてほしいのです。

 未来に対してきちんと準備をしている人、家族、コミュニティは生き残れます。そうしてはじめて、この国も生き残れるのです。

 近い将来に起こると考えられる大地震は、南海トラフ巨大地震だけではありません。「首都直下地震」もその発生が大いに危険視されています。日本の全人口の約3割が集中している地域が、東京を中心にした埼玉、千葉、神奈川の1都3県です。「首都直下地震」とは、主にその1都3県の直下を震源とします。

  首都圏は大陸プレートである北米プレートの上にのっていますが、その下には海洋プレートであるフィリピンプレートが潜り込んでいます。さらにその下にも、太平洋プレートが潜っています。

 各プレートの境界では、プレートの沈み込みによる海の地震(海溝型地震)が、またそれぞれのプレート内部では、プレート自体の複雑な動きで生まれるひ

 ずみによる地震が想定されます。首都圏の直下には3枚ものプレートが重なっているため、それだけ予想される震源の数も多くなるのです。

 東京近辺に限ると、過去400年間にマグニチュード8規模の巨大地震が、2回起きています。一度目が1703年の元禄(げんろく)地震で、死者は1万人以上にのぼったという記録が残っています。これはフィリピンプレートと北米プレートの境界にある相模トラフで起きた海の地震であり、推定されるマグニチュードは最大8.5です。

 二度目が1923年に起こった関東大震災大正関東地震、上図)です。これも相模トラフで起きた海の地震ですが、マグニチュードは7.9で、10万人以上の死者を出しました。

マグニチュード7クラスにも用心を

 政府の中央防災会議は、元禄型の関東地震は20003000年に1回程度の間隔で、また関東大震災型の関東地震は200~400年に1回程度の間隔で発生すると予測しています。すると次の関東大震災型の地震は、2120~2320年の間に起こると考えられます。

 ただ、見逃してはならないことがあります。元禄地震と関東大震災の2つの巨大地震の前には、少しだけ規模の小さいマグニチュード7クラスの地震がいくつも発生していることです。たとえば関東大震災の約70年前である1855年には安政江戸地震が起きています(マグニチュード7程度)。7000人以上の死者が出た、東京湾北部を震源とした直下型地震です。

 このような例から、マグニチュード8クラスの巨大地震の前にも、マグニチュード7クラスの直下型地震が起こることが十分にあり得ます。その確率は今後

 30年間に約70%であると、中央防災会議は予測しています。

 中央防災会議は、首都圏に発生する可能性のあるマグニチュード7クラスの地震をシミュレートし、19のタイプに分けました。これらは被害を予測する目的でつくられ、どれかが必ず起こるというものではありません。現実には、首都圏ではどこで直下型地震が起きてもおかしくありません。

 なかでももっとも被害が甚大になると予測されるのは、都心南部直下で、フィリピンプレート内に震源が想定されたマグニチュード7.3の地震によるものです。

 震度7とは、テレビピアノが壁にぶつかり、人は動くことができないほどの揺れです。もっとも心配されるのは、建物の倒壊です。日本の建築物の耐震性は、1981年の建築基準法改正によって大きく向上したものの、それ以前に建てられた建造物は、60%以上が震度7では全壊すると推定されています。

 また、家屋の焼失と全壊が最大で約61万棟、火災や建造物の倒壊による死者が最大で約2万3000人となり、地震発生直後には都区部の約半分で断水と停電が起こると考えられます。さらに交通機関では、地下鉄で1週間、JRや私鉄で1か月ほどの運行停止が、主要道路でも1~2日は通行不能状態に陥ることが予想されています。

大地震が発生したとき「地下」と「地上」ではどちらが安全? 自然災害で命を守るために“本当に必要”な認識とは へ続く

(鎌田 浩毅)

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