日系アメリカ人のミキ・デザキさん制作の映画『主戦場』で、著作権などを侵害されたとして、ケント・ギルバートさんら保守派の出演者5人が映画上映の差し止めと1300万円の損害賠償をデザキさんと配給会社に求めた裁判の控訴審判決が9月28日、知財高裁であった。東海林保裁判長は請求を棄却した1審判決を支持し、原告側の控訴を棄却した。(ライター・碓氷連太郎)

●知財高裁も「引用として適法」と判断した

2019年4月に公開された『主戦場』は、SNS上で話題になったが、原告側は「映画は大学の修士卒業のためのプロジェクトと聞いていて、商業映画になるとは思っていなかった」「デザキさんは出演者たちをだまして取材に応じさせた」「原告らに「歴史修正主義者」「否定論者」「ナショナリスト」「極右」「性差別主義者」などの字幕を重ねた」行為で、原告の著作権および著作者人格権を侵害しているなどと主張した。

これらはいずれも、裁判で認められることはなかった。

また、映画の中で使用された出演者制作のYouTube映像について、著作者名やタイトルが全部または一部が小さく映り込んでいるだけで、エンドロールにクレジット表記がないのは「引用の要件を満たすものではない」と原告側は主張していた。

しかし、東海林裁判長は「表題の一部や著作者名を用いてYouTube内で検索すれば映像にたどり着くことができるので、引用として適法なものである」と判断した。

この判決後、デザキさんは、代理人の弁護士とともに東京地裁前でふたたび「勝訴」の巻紙を掲げて、喜びを示した。知財高裁判決まで約3年にわたる「戦い」を終えて、今、何を思っているのか。デザキさんに聞いた。

●判決文が読み終わるまで「勝ち」がわからなかった

――控訴審でも勝訴すると、確信していましたか?

期待はしていましたが、必ず勝つとまでは思っていませんでした。私の人生は、3人の裁判官の手の内にあって、彼らの感触が事前にはわからなかったので、期待はしていましたが確信まではありませんでした。

1審のときは、裁判官が私の主張を十分理解してくれているように見えましたが、控訴審は尋問がなかったので、裁判官の雰囲気がわからなくて不安でした。判決の際に日本語の何を聞けばいいのかについて弁護士に質問したら、「原判決」の「げ」だったら1審取り消し、「本件控訴」の「ほ」だったら勝訴だと教えてもらいました。

でも、裁判長の言葉を聞いていても「げ」と言ったのか「ほ」と言ったのかよくわからなくて。弁護士の顔を見ると、うなずいているようだけど、微笑んでいなかったので、自分が勝ったかどうかについては、判決文の読み上げが終わるまで実はわかっていませんでした。

――慰安婦問題について取り上げたことで、裁判に発展しました。慰安婦問題を取り扱うのはやめればよかったと、後悔したことはありますか?

いいえ。慰安婦問題について、いろいろな国の専門家が協力してくれたことで、とても満足しているからです。もし専門家から厳しい批判をされていたら、もしかしたら後悔していたかもしれません。しかし、左派だけではなく中道の人や右派の人であっても、「この映画を見ていろいろ考えさせられた」と言ってくれた人がいたことは、私にとっては貴重な経験でした。

それに確信はできなかったと言いましたが、きっと自分が勝つとは信じていました。なぜかというと私は、インタビューに協力してくれた人たちを尊重しながら、この映画を作った自負があるからです。『主戦場』が非常に論争的な作品になることは最初からわかっていたので、嘘をつかずに正直に相手にアプローチをしないといけない。その気持ちを私はずっと持っていました。

――提訴されたことで、ドキュメンタリー制作をやめてしまおうと思ったことはありますか?

もちろん、この裁判で負けていたら、そう思ったかもしれません。そもそも映画を作るのはとても大変なことだし、取材相手を尊重しながら最大の努力をして作品を作ったにも関わらず、裁判で負けたら、金輪際ドキュメンタリー映画は作れないと思ったかもしれません。

裁判では勝ちましたが、弁護士費用の問題や、裁判のために資料を集めなくてはならないなど、本来しなくてもいいことまですることになったのは負担でした。また、私を疑ったり、映画自体を疑ったりする人もいたことでダメージを受けました。それ以上に、裁判で負けたら二度とこういうテーマの映画を作れないと追い込まれる気持ちもありました。

アメリカだったら裁判になれば知名度が上がって、逆に観に行く人が増えることがあります。でも、日本は違います。そういう意味では裁判を起こされたことで、この作品を見たいと思った人が減ってしまったかもしれないと考えることはあります。しかし、1審の勝訴判決後は、いろいろな人の視線から、私を信頼してくれていることが感じられるようになりました。

慰安婦問題について「日系人の自分の責任」は重い

――デザキさんは判決後の記者会見で「私が負けたら、彼らは『慰安婦は嘘だ』という主張にこの裁判を使ったと思う。1審判決を維持して、2審も勝ったことは当然だと思うかもしれないが、逆転されていた際の影響を考えると、この勝訴には大きな意味がある」と語っていました。裁判の重さを痛感することはありましたか?

はい。しかしあまりそのことは、考えないようにしていました。

訴訟がメディアで大々的に取り上げられたことで、「この映画には何か問題があるのではないか」と思った人はいると危惧しています。1審で勝訴した際もニュースになりましたが、人々の記憶には私が訴えられた印象ばかりが残っていて、勝ち負けに関心のない人も多いのではないか。そういう意味では、原告たちは非常に戦略的だと思います。

――新たな作品で、今回の裁判を取り上げたいと思いますか?

この裁判の法廷を撮影できるなら作りたかったのですが、日本では不可能なので難しいと思います。でも、原告側の本人尋問は多くの人に見てもらいたかったので、もし私がお金を持っていたら、尋問調書をアニメ化したいとは考えました。

次の作品は日本に関する非常に政治的なテーマを考えていますが、それを作品にするのは、もしかしたら慰安婦問題より難しいかもしれません。コロナ禍もあってなかなか外出できなかったので非常にゆっくりですが、始めつつある段階です。

――裁判の過程で、海外の大学で上映する際に外務省が阻止する圧力をかけたことに触れていました。政権が変わったことで、そのような圧力は今後なくなると思いますか?

以前とまったく変わらないと思います。慰安婦問題についての政府見解は現政権にも受け継がれていると思うので、変わるとは思えません。先日、フィラルフィアでの慰安婦像設立計画についての会議に参加しましたが、そこにはたくさんの日本人や日本のサポーターが、設立反対の立場で参加していました。

もしかしたら、この中に日本政府から支援を受けている人もいるのではないかと思いました。私はスピーカーになることを予定していませんでしたが、あまりにも彼らが同じことを繰り返し話していたので、違う視点があること、慰安婦問題は日本と韓国だけの問題ではないということを話しました。

中には、慰安婦問題について知識がない方もいましたので、「私の映画を見てもらえればわかるのではないか」と言いました。この問題について、私は、ジャパニーズアメリカン(日系アメリカ人)である自分の責任はとても重いことを自覚しています。

●主戦場のデジタル配信スタート

なお、『主戦場』はこれまで未ソフト化、未配信だったが、9月29日よりデジタル配信がスタートした。

https://mirail.video/title/3080001

保守派論客に訴えられた映画『主戦場』デザキ監督、二審勝訴で「新作」に意欲