レミーコアントローグループが所有するシャンパーニュメゾン「テルモン」には不思議がいっぱいだ。なぜ、レミーコアントローグループという大手酒造メーカーがわざわざこの小さなシャンパーニュメゾンをグループに入れたのか? なんでサステナビリティを強調しまくるのか? あきらかに異質なこのシャンパーニュメゾンの「なぜ?」をついに来日した社長、ルドヴィック・ドゥ・プレシに、失礼なぐらい率直に聞いた。

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テルモンのおさらい

レミコアントローグループといえばコニャック『レミーマルタン』で知られるレミーマルタン社(Rémy Martin & Cie S.A.)と、1849年にコアントロー兄弟が設立したコアントロー社(Cointreau & Cie S.A.)が、「モエ・ヘネシー・ディアジオ」、「ペルノ・リカール」といった世界の大手に負けないようにと1990年に合併した会社。ワインで言えばかつては「パイパー・エドシック」を所有していた。そんな大手が2020年に株式の過半数を買ったのが「テルモン」という、わずか25ヘクタールしか自社畑をもっていない上に、ダムリーなる、結構なワイン好きでも知らない村にある家族経営のシャンパーニュメゾン。

テルモンは、自社畑を2025年までに、契約栽培農家の畑55ヘクタール2031年までに、すべてオーガニック認証を取る、というだいぶ性急なロードマップを公約的に掲げている。さらにワインのCO2排出量のほとんどはパッケージに起因する、というあんまりみんなが言いたがらない真実を暴露して「ゆえに最良のパッケージングとはパッケージングしないことだ」と、瓶とラベルだけでの流通を決定。また、どれだけ機会損失になろうと航空便は使わない。ワイナリーの使用電力はすべてグリーンエネルギー。細かなところで言うと、リサイクルガラスが使えない透明ボトルの使用を今後、一切中止。生産本数から使用したブドウの詳細までをボトルに貼ってあるラベルで完全公開、とひたすらトレーサビリティと環境負荷の低さをアピールしている。

肝心のワインの味や評価についての話が、脇に追いやられるほどに……

正直に言って、この方向性は地味であり、それはリスキーだ。こういう真面目な話は、シャンパーニュの祝祭感と必ずしも好相性ではないし、現在のワインの造り手は、多くの場合、環境にまったく無頓着というわけではないから、テルモンが他のメゾン比でどれだけ真剣かが伝わりにくい。さらにワイン好きからは「どうせ味で勝負できないからオーガニックマークで売ろうっていう魂胆でしょ?」などと勘ぐられかねない。その上、テルモンのような小・中規模生産者にとって、多数の制約を自らに課すというのは、いざという時に派手なマーケティングができない、とか、気候が急変した際に「背に腹は代えられない」として方針を一旦曲げる、という柔軟性を自ら手放すことになる。

「背後にレミーコアントローがいるから、多少、ヤバくなっても潰れない」ということか?あるいは「万が一、潰れても、小規模だからダメージは小さい」ということか? こういう疑念を、筆者は今回、来日したテルモンの社長、ルドヴィック・ドゥ・プレシ(愛称ルド)に初対面ながらぶつけてみた。嫌われてもいいや、くらいの覚悟で。

そもそもあなたは誰?

──5月に開催されたプレス向けイベントではオンライン参加でしたよね。テルモンの社長としては初来日ですか?

そう。前回はCOVID-19の影響で来れなかった。今回はついに東京、大阪、京都と回るんだ。新幹線でレオに電話したら、羨ましがってたよ。彼も日本好きだからね。ようやく「In the name of mother nature(母なる自然の名のもとに)」というメッセージを直接、日本のみんなに伝えられるんだ。

──レオナルド・ディカプリオさんのお話は後でうかがうとして、あなたも日本好きなんですか?

もちろん。シガーの仕事をしていたときにリシャール・ジョフロワと出会ったのがきっかけで、ドン・ペリニヨンで10年働いたんだ。その後は、コニャック 『ルイ13世』でグローバル・ディレクターとして7年。そういう仕事で日本に来たのがきっかけで、プライベートでも日本を訪れるようになったくらいには愛着があるよ。

──ドン・ペリニヨンといえば、ファッション・デザイナーのカール・ラガーフェルドさんやプロダクト・デザイナーのマーク・ニューソンさんとのコラボレーションの時期に担当されていたんですよね。当時の最高醸造責任者、というよりもシャンパーニュレジェンド、ジョフロワさんも日本好きですものね。

そうだね。日本酒も造っているし。その影響はあるとおもう。リシャールは僕のメンターであり、友人だから。

レオナルド・ディカプリオとテルモン

──今年2月にテルモンの出資者になったレオナルド・ディカプリオさんですが、先程の話からするとお友達なんですか?

そう。もう15年の付き合いかな。一番古い友です。

──どうして友達になったんですか?

え? 友達にどうしてもこうしてもないよ。人生そんなものでしょ? うーん。そもそもはロサンゼルスのバーでワイワイ騒いでる連中がいて、パーティに誘われたんだ。それで、行った先がレオの家だった。レオもワイン好きで、同い年だし、生まれた月まで一緒。双子みたいだねって盛り上がって、それから付き合いが続いて、パリでも会って、LAでも会って、NY時代は10年くらいでレオもNYが拠点だったし、そうやって関係が続いたんだ。そんなわけだから……なぜ友達なのかなんて説明できないよ。

──それで友の計画にも出資してくれた?

まぁそうかな。この話の大事なところは、レオはアンバサ-じゃなくて出資者ってところね。レオは最初、そこまで興味を示していなかったんだ。でも、僕がやりはじめて、何をしようとしているかを話したら、いいねってなって、テルモンに来て、2日くらい過ごしたかな? で、よし、俺もやるってなったんだ。

──彼はほかのワイナリーにも出資していたりはしない?

してないよ! 彼は「オールバーズ」(カーボンフットプリントを公開しているシューズメーカー)にも出資しているでしょ? 環境問題に対して真剣な人なんだ。そもそも、僕のテルモン計画も、元をたどればレオなんだよ。彼が『Can we cool the planet?(この星を我々は冷やせるか?)』っていうドキュメントを読んでみろって僕に渡してね。僕はその頃、ルイ13世に関わっていたけれど、レミーコアントローグループを離れることを考えていたんだ。「ルド、そろそろ自分の人生を乗っけられることをやるんだ。人生を賭けたプロジェクトを始めろ」って内なる声が聞こえてた。それで、どうせやるなら、って考えていたものと、そのドキュメントは、すっと繋がった。決心がついたんだよ。

──サステナブルななにか、ということですか?

ビジネス、ラグジュアリー、そしてサステナビリティ。この3つが完璧に揃うことをやろうとおもった。それで具体的には4つの条件に当てはまるシャンパーニュメゾンに出会ったら、そこを買う、って決めたんだ。1. 歴史的価値がある。2. 創業者家族がいまも経営している。3. 素晴らしいワインを造っている。4. オーガニックに転換していくという僕の理想に賛同してくれる。 で、自転車シャンパーニュを流していたら、ダムリー村でベルトラン・ロピタルに出会った。話をして、4条件は全部満たしていると分かった。だから「よし。俺はここで死ぬ」って決めたんだ。それがテルモン。

レミーコアントローとテルモン

──え? じゃあ、レミーコアントローグループはどこで出てくるんですか?

いい質問だね。僕はそういうわけだから、レミーコアントローのレミーマルタン側のオーナー一族というのかな。上司でレミーコアントローの経営者のエリアール・デュブルイに辞めますって言いにいったんだ。そうしたら、「ルド、お前、辞めてなにするんだ?」って聞かれたから、シャンパーニュメゾンを買うって答えたら「ちょっと待て」となった。詳しい話をしたら「それならうちもやる」って言い出して、条件は、レミーコアントローグループとしては、株の半分以上は持ちたい、というくらい。僕は起業家になるつもりだったんだけれど、予想外のいい話だったから、社内起業家もいいな、と思い直して提案を受けた。

──じゃあ、テルモンはルドとレミーコアントローで株を持っているということ?

あと、そもそものオーナーであり、栽培・醸造家のロピタル家の3者。そのあとでレオが来た。

──経営陣以外のテルモンスタッフはどれくらい?

シャンパーニュに17人。それから日本、NY、LA、ロンドンスイス、パリにそれぞれ担当者が1人ずついる。

──シャンパーニュ地方でいえばほどほどの規模だけれど、レミーコアントローグループと考えると、小さい印象を受けるけれど……

実際、小さいって言っていいんじゃないかな。40万ボトル程度の生産量だから。でもお騒がせな連中だとおもうよ。

──なぜ?

ボックスをやめたり、完全オーガニックにチャレンジしたり、リサイクルガラスの話をしたり……ラベルに情報をいっぱい書くのはウイスキーからの発想なんだけれど、こういう透明性だって、隠したい人たちもいるんじゃない? しかもダムリーなんてところでこれを仕掛けてる。

──ダムリーってだいぶマイナー産地ですよね?

1911年シャンパーニュ暴動、知ってますか? あれはダムリーで最初に起きたんです。ベルトラン・ロピタルのおじいさんアンリはミュージシャンで『シャンパーニュに栄光あれ』という歌を作っているんですよ。

シャンパーニュ暴動
ブドウの不作が続いて、シャンパーニュメゾンが当時、シャンパーニュ地方とは認められていなかったオーブ県のブドウを買う、という話になったときに、伝統を守るべきだ、と旧来のシャンパーニュ地方の一部の栽培家が暴動を起こし、軍が出動するほどの大事件になった。

──つまり革命的精神があるということ?

まぁ、僕も自分のプロジェクトを「グリーンレボリューション」と言っているから革命なんだけれど、ここで大事なのは、何かを覆そうとするのではなく、守ろうとしているということ。それほど、シャンパーニュに、そしてダムリーに愛も誇りもあるってことなんだ。

グラン・クリュとかプルミエ・クリュじゃないけど、そんなの関係ない。ダムリーの土を両手にすくって、顔を近づけると、そのまま食べたくなるほどいい香りがする。ここで良いものができないワケがないよ。

テルモンは美味しいのか問題

──そんななか申し上げにくいのですが、僕、正直いって、テルモンの『レゼルヴ・ブリュット』そんなに好きじゃありません。

なんだって!?  『レゼルヴ・ブリュット』に出会って、これがいいとおもったから僕はこのメゾンを買ったんだ。これがメゾンのシグネチャー。この小さな泡!空気のような軽やかさ!フルーティでフレッシュで……こんないいものを……いや、君が飲んだものの状態が悪かったのか!?  ちょっと「エノテカ」で一本買ってきて! 

レミー コアントロー ジャパンのブランドマネージャー様をパシリにしてしまった……)

待ってる間についでに言うけどリシャール・ジョフロワもこれは飲んでるんだよ。

──レジェンドの感想は?

エレガント! ちゅ♡

──そうでしたか……

あ、来た。ありがとう。よく冷えてるよ。どれどれ?

──問題ないですか?

ない。乾杯しよう! In the name of mother nature!

──In the name of mother nature! うーん……

なんだよー

──これは好き嫌いだとおもうのですが、この軽快感はほかのシャンパーニュでは得難いとはおもいます。アタックは甘い印象があるんだけれど、重くないし、そこから苦味と穏やかな酸味と展開していって、余韻はそんなに長くない。

次の一杯を飲みたくなるこの感じはテルモンのなかでもレゼルヴ・ブリュットにしかない。しかも3年も熟成しているから複雑味も感じられるだろ?

──不味いって言っているわけじゃないですよ。僕にはピンと来ない。日本だと、甘辛なソースには合うんじゃないかなぁ。うなぎの蒲焼とか。

今度、マグナムで持ってきて君の心を変えたいよ……

──でも来年になったらまた、この味になるかどうかはわからないんですよね?

そうだね。そこを決めるは自然だから。いまのレゼルヴ・ブリュットは2017年ヴィンテージが基本だけれど、次は2018年になる。泡の小ささや軽快感は継続するけれど、最終的な味わいは同じにはならない。

──であれば、次は僕が褒めて、ジョフロワさんは、うーん……ってなる可能性もある。

それがないとは言えないね。テルモンはセラーでよりも畑で仕事をする。商品としては、同じものを繰り返さないのはリスキーだけれど、それがテルモンのステートメントだから。

──一方で、なのですがロゼは面白いとおもっています。

なんでこれが美味しいかわかる?

──ピノ・ノワールを使ってないから?

それとシャルドネが87%だから、ほぼブラン・ド・ブランなんだ。それも独特の個性になっている。

──今回は『ブラン・ド・ノワール』を日本でお披露目ですが、こっちはムニエ87%だったり?

それはないよ。たしかにダムリーはムニエの名産地だけれど、ピノ・ノワール61%にムニエ39%というバランス。もちろんこれも、今後の自然次第で、ムニエがもっと多くなる可能性はあるけれど。

──今回はもうひとつ、亜硫酸塩無添加の『サン・スフル』がお披露目ですね。個人的には今回の新作ではないんですが『レゼルヴ・ド・ラ・テール』が好きです。オーガニック云々は抜きに、ただ、飲んでみて素晴らしいシャンパーニュだと感じます。そして『レゼルヴ・ド・ラ・テール』はオーガニック認証を受けていますよね。それで質問なんですが、今後、亜硫酸塩無添加かつオーガニックという方向でテルモンのシャンパーニュが造られるなら、この2商品は要らなくなりませんか?

正論を言うね。まず亜硫酸塩無添加についてだけれど、これは主にブドウをプレスしたときに亜硫酸塩を添加しない、という意味なんだ。とはいえ、亜硫酸塩に関しては0が必ずしも正解、とまではおもっていない。表現のひとつだけれど、絶対じゃない。

一方、オーガニック認証に関して言えば、これがテルモンの未来だ、と言える。つまり、今後、すべてのキュヴェが『ド・ラ・テール』レベルのオーガニックのブドウから造られるんだ。メゾンを買ったとき、セラーには古いワインが沢山あって、最古のもの1964年のロゼだった。

これは記念として残しているけれど、かつてのテルモンのシャンパーニュも素晴らしいんだ。いまは『ヴィノテーク』という名前で2005年のブラン・ド・ブランを出しているから、それでかつてのテルモンを確かめることができる。僕の夢は、次の世代に、僕たちのテルモンの『ヴィノテーク』を飲んでもらうことだ。

──『レゼルヴ・ド・ラ・テール』のスタイルにテルモンの未来があるのだとしたら、とても期待します。今日は色々と不躾な質問もしましたが、ありがとうございました。

レオも凄まじい勢いで質問してきたからね。ちょっと思い出したよ。

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ルドヴィック・ドゥ・プレシ|Ludovic du Plessis ANA インターコンチネンタルホテル東京の「シャンパン・バー by テルモン」にて。