高橋伴明監督の最新作、映画『夜明けまでバス停で』に主演する板谷由夏。本作は、渋谷区バス停で寝泊まりしていたホームレスの女性が突然襲われるという、2020年冬に実際に起こった痛ましい事件をモチーフに、現代の社会的孤立を描いた問題作だ。奇(く)しくも板谷は、7月期の連続ドラマで、遊川和彦脚本の社会派エンタメ『家庭教師のトラコ』(日本テレビ系)において、一人息子を必死で育てるシングルマザーを演じたばかり。社会に問いかける作品への出演が続く今、板谷がエンタメに託す思いとは――。

【写真】スタイリッシュな大人の魅力あふれる板谷由夏

■「助けて」と言える世の中に――自身は「無理なときは、ちゃんと無理と言う」よう変化

――『夜明けまでバス停で』のオファーが来たときの思いをお聞かせ下さい。

板谷由夏(以下 板谷):中身を知る前に、(高橋)伴明さんに「撮るぞ」とお声がけいただいたのが、きっかけで。伴明さんとはもう20年以上前になる『光の雨』(2001)でご一緒したんですが、いつか伴明さんに呼ばれるような役者になれたらというのが一つの目標でしたので、内容も知らず、主演ということも知らず、「やります!」と即答しました。

――作品のモチーフとなった事件のことは、どのようにとらえていましたか。

板谷:幡ヶ谷という身近な場所で起きたことも含め、衝撃でした。ただ、ニュースを最初に聞いたときは、ニュースとして俯瞰して客観的に見ていた感覚だったのだと思いますが、自分自身がこのフィクションの作品で同じくホームレスに転落する主人公・三知子という女性を演じること、三知子に自分を寄せることによって、撮影時はもう、自分と三知子との距離がなくなっていて。だから、少し時間が経った今のほうが、いろいろ見えてくる部分もあるんですよ。

――今のほうが見えてくる部分というと?

板谷:私が演じた三知子は40代の女性ですが、中高年特有の「人に甘えちゃいけない」とか、「大丈夫、自分で解決するから」という思いを強く持っているんですよね。日本では「自己責任」という教育を受けて育ってきたから、どうしても三知子も人に「助けて」と言えない。気づいたら、あっという間に不条理に巻き込まれていく、本当に誰にでも起こりうることだと思いました。

――監督とは今回、どんなお話をされましたか。

板谷:「俺は怒ってるんだぞ」とずっとおっしゃっていましたね。『光の雨』の頃からいろいろなことを考えながら映画を撮り続けてきたけれど、俺ももうそんなに先が長くないし、撮りたいものを撮る、と。この作品には監督の「助けてって、言っていいんだぞ」という優しさも含まれている気がして、監督なりの世の中に対する怒りやメッセージを強く感じましたね。

――三知子は真面目で、しっかりしていて、強く、一生懸命生きている女性ですが、そういった人がちょっとしたきっかけで転落していくというさまは、実際に今の日本のあちこちに起こっている気がします。

板谷:本当にそうですよね。真面目でしっかりしている人は、現実にすごく多いじゃないですか。そういう人がちゃんと「助けて」と気軽に言える世の中だったら良いのに、「助けてというのは恥ずかしいこと」とか、「人に迷惑をかけてはいけない」「何でも自己責任」という教育を私たちは受けてきたから、なかなか口に出せないんですよね。私自身もすごく分かる部分があるんです。ただ、私は何年か前に「無理なときや、無理なことは、ちゃんと無理と言う」と決めたんですよ。

――それは何かきっかけがあったのですか。

板谷:40代に入ってから、年齢的に無理がきかなくなって、体力も落ちてきていることが実際に分かるし、「以前ならこんなこと、全然ヘっちゃらでできたのに」と思う時期があったんですよね。私はもともと何でも「自分で頑張るタイプ」で(笑)。仕事も大事だし、子どももいるし、仕事にしろ、家のことにしろ、どんなにきついと思っても、基本的に一生懸命頑張るじゃないですか。でも、それでうまくいかないときに、「こんなに私が頑張っているのに」と人のせいにしたことが、自分ではすごく嫌で、すごく落ち込んだんですよね。

しかも、何か人のせいにするときというのは決まって、主人だったりマネージャーだったり、自分の一番身近にいる人のせいにしてしまう。それは自分が1番嫌なことで、絶対にやらないと決めていたことなのに、気づいたら人のせいにしていること、そんな自分自身にものすごく落ち込んで、ネガティブになって。

「人のせいにするところまで行ったら絶対にダメだ。自分自身で背負える範囲のことしかやらない、無理はしない」とルール決めしたんですよ。人のせいにはしない。でも、ポジティブになれる言い訳は自分のためにも良いことだから、最近は「私、更年期だから」という言い訳で、全部ホルモンのせいにして無理しないようにしています(笑)。

■『news zero』キャスター経験で学んだ「見えていない、知らないことの怖さ」


――板谷さんは女優業のほかに、『news zero』(日本テレビ系)で2007年~2018年の11年間キャスターも務められました。報道に携わって来たことで、見えてきたことはありますか。

板谷:そうですね。一番怖いのは、見えていないこと、自分が知らないことだと思うんです。『夜明けまでバス停で』も同じで、映画を撮っていた時期は昨年11月ですが、今観ると、当時とは日本の状況もまた大きく変わって、ますますいろいろなことが見えてきて、日本がとんでもないところに来ているなと思います。でも、それを見ないフリをしていたり、知らずにいたりしたら、もっと怖いですよね。

――キャスターとしての経験が女優業に生きる面も?

板谷:まったくもって全てが女優業に生きてくることばかりなんですよ。誤解を恐れずに言うなら、さまざまな方に取材させていただき、さまざまな生き方、暮らし、価値観や考え方に触れることは、全部女優業につながってきます。リアルなニュースに接することは、人として成長する上でも、役者としての役作りや作品の解釈の深まり、リアリティを生むためにも、全て糧になる。それに、こういう仕事をしている以上、社会問題を描くような作品にはずっと出続けていたいと思うんです。エンタメには、そういうメッセージを伝える、「気づき」につながる力があると思いますから。

――改めて、この作品に込めた思いをお聞かせください。

板谷:本当に大変な思いをしている人は、映画館に行く余裕なんてないと思うんですよ。映画館に行くためのパワーと、そのための2時間もの時間、それにお金も必要じゃないですか。だから、私たちが「映画を観てください」というのは、ちょっと矛盾しているという気持ちも、正直、あるんです。でも、もし、周りに「助けて」と思っている人がいるとしたら、勇気を持ってなんとか助ける方法を探したい。「お節介だと思われないか」「偽善者と思われないか」と気にしてしまうのも、そういう風に育ってきた、教育による歪みですよね。

この世の中、もっとシンプルで優しさだけでいいのにと思うんですよ。だから、私はお節介と思われても良いし、偽善者だとか、図々しいと思われてもいいから、身近な人をちゃんと守りたい。なんて偉そうなこと言って、マネージャーや主人、子どもたちは私に「だったら、もっと助けてよ」と思っているかもしれませんけど(笑)。

――板谷さんがお子さんなど、身近な人を守るためにしていること、したいことは、どんなことですか。

板谷:私自身が子育ての中で子どもたちによく言っているのは、「今、こういう大変な世の中に生きているのだから、みんなが右だと言っても自分がそうじゃないと思うなら、自分の好きなところに行って、やりたいことをやって良い」ということです。それで、「自分がやりたいことをやっているときに『人に迷惑にならないだろうか』なんて考えなくて良い。それを誰かが迷惑と思うなら、そんなちっちゃい人たちと付き合わなくていいから、迷惑と思わずにあんたのためにやってあげるという人を探しなさい」と言ってあげることが、自分が今できることの一つという気がしていて。次の子どもたちの世代にとって、この世の中はきっともっと大変になっていくと思うけど、だからこそ、自分のやりたいことをやってほしいと思います。

(取材・文:田幸和歌子 写真:松林満美)

 映画『夜明けまでバス停で』は、全国順次公開中。

板谷由夏  クランクイン! 写真:松林満美