今週末(10月21日〜22日)の公開映画数は25本。全国100館以上で拡大公開される作品が『線は、僕を描く』『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ』『RRR』『ぼくらのよあけ』の4本、中規模公開・ミニシアター系が21本です。今回は坂本龍一が音楽を担当した米制作会社A24のSF映画『アフター・ヤン』をご紹介します。

『アフター・ヤン』

人間とまったく見分けのつかない“AIロボット”の存在が、ごく身近になっている未来、が舞台のSF映画。……1951年に『鉄腕アトム』のマンガが登場したとき、時代設定はたしか2003年だった。21世紀もすでに20年たったものの、いっこうにそんな時代にはなっていない。けれど、いまやスマホという小さなAI的存在を身に着けて歩いている。あと50年もしたら、こういう"人型ロボット"もあたり前になっているかもしれない。

場所は特定していない。人種もボーダーレスな世界だ。こだわりのある茶葉の店を営むジェイク(コリン・ファレル)と妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)が中国系の女の子ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)を養女にする。そのベビーシッターとして、“テクノ”とよばれる精巧な家庭用ロボットを買う。名前はヤン(ジャスティン・H・ミン)、アジア系テクノだ。ミカに、ルーツである中国の文化や伝統も身につけさせたいという思いで選んだ。

ミカは少女になり、ヤンのことをグァグァ(兄)と慕い、ヤンもメイメイ(妹)と呼んで、年の離れた仲の良い兄妹のように暮らしていた。ところがある日、家族4人でオンラインダンスコンテスト(これが、パラパラっぽい)に参加したあと、突然、ヤンが動かなくなってしまう。ジェイクはなんとか直そうと、街に出かけるのだが……。

テクノは高性能の機械だから、普及しているといってもかなり高価なもの。ミカのためを思って奮発したのだが、気持節約して中古を買った。新品同様という触れ込みだった。正規の取扱店では、ヤンは改造モデルなので修理できないと断られ、新作を勧められる。買った店はもうない。やむなく、隣人に教わった闇の修理屋に行き、ジェイクはヤンの秘密を知ることとなる。

ここからドラマはミステリー仕立ての展開になっていく。ヤンの体にはスパイウェアのようなパーツが埋め込まれているというのだ。さらに謎を追っていくと、テクノを研究する博物館で、このパーツはスパイウェアではなく、特殊な機能を付加されたものであることがわかる。それは、1日あたり数秒間の動画を撮影、記録できるメモリバンクだった。

鉄腕アトムも自我があり、実はいろいろ悩めるロボットだったが、この映画のヤンというロボットも、セットされた働きをするだけの機械ではなく、自分の意志をもっているようにみえる存在だ。ジェイクは、メモリーに残されたヤンの“記憶”をたどるうちに、ある女性の存在に気づく。家族が知らないヤンの謎……。

原作は、アレクサンダー・ワインスタインの短篇小説。それを韓国生まれのコゴナダ監督が脚色し、映画化した。コゴナダ監督は、小津安二郎や是枝裕和ヴィム・ヴェンダースヒッチコックなど、世界の名匠をテーマにしたビデオエッセイで知られる“映画オタク”の映像作家。長編映画デビュー作は小津監督の影響がにじみでているという『コロンバス』。その才能に、いまアメリカで最も野心的な映画会社といわれているA24が注目し、起用した。

ジェイク一家の家のシンプルなインテリア、開放的なガラス窓から見える大きな樹、全体にナチュラルなものに囲まれた日々の生活描写にかいまみえる未来。自動運転の乗りもの、映像を再現するデバイス、通信機器など、そう奇をてらってはいないが、ありそうでなさそうで、興味津々のものばかり。説明的なセリフも少なく、場面もあまり動かない。想像力を働かせて観ると、いろいろ発見がある。例えば、二宮和也が主演した『TANG タング』のタングというロボットのように金属やプラスチック製ではなく、テクノのボディは人体と同じような成分でできているのか? とか。

静かな映像に寄り添うように流れるスコアは坂本龍一の作曲。劇中でミカが歌う、ヤンに教わった曲は2001年の『リリィ・シュシュのすべて』(監督:岩井俊二)に使われた小林武史作曲の『グライド』だ。

詫びとか寂びといった言葉が浮かぶ。ふしぎな余韻の残る映画です。

【ぴあ水先案内から】

波多野健さん(TVプロデューサー)
「……メモリの中の映像を探るシークエンスは、アントニオーニの『欲望』を思い起こされてすごくときめいた(殺人事件は見つからないが)……」

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佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト)
「……人の心を持たないはずのロボットに対しても優しいヒューマニズムの目が注がれている。ラストにはしみじみとした感動が待っている、静謐で美しい作品。」

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立川直樹さん(プロデューサー、ディレクター)
「説明するのがとても難しい映画。でも、間違いなく不思議な魅力のある映画。……」

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紀平重成さん(コラムニスト)
「……監督のうまさは視覚効果やスペクタクルなどに頼らずに「ここは未来」と信じ込ませる映像を作り上げたこと。……」

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堀 晃和(ライター(元産経新聞)、編集者
「……静謐で端正な映像に心が揺さぶれた。「静」の中の「豊かな感情」。コゴナダ監督が、小津安二郎監督の信奉者だと知って大いに頷いた。」

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イラストレーション:高松啓二