(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

JBpressですべての写真や図表を見る

 米国のジョセフバイデン大統領は40年にも及ぶ長い政治経歴の過程で数えきれないほど多数の虚言を述べてきた。そんな事実を伝える長文の報道記事が、ニューヨークタイムズ10月10日、掲載された。この記事はバイデン氏の虚言の数々を「粉飾」「誇張」「加工」といった表現で列記していた。

 同紙は長年、民主党を支持しバイデン政権にも宥和的な論調で知られる。それにもかかわらず、中間選挙が4週間足らずに迫ったこの時期に、なぜこの種の報道に踏みきったのか。記事掲載の動機への推測が多様に語られている。

 一方、共和党支持を鮮明にするFOXテレビは、このニューヨークタイムズの記事に対して「バイデン氏の嘘を“粉飾”などという婉曲な言葉で糊塗する弁解報道だ」と報じ、米国の主要メディア間の党派的対立が改めて露わになった。

ハリケーン被害に対する発言で自らを「粉飾」

 ニューヨークタイムズのこの記事は、「バイデン氏、物語の最高司令官、しばしば露見する作り話をつむぎ出す」という微妙な表現の見出しだった。副見出しも、「バイデン大統領は自分の政治的独自性を編み出すための粉飾話法の習慣を止めることができない」という、これまた屈折した表現だった。

 本記事はまず、バイデン大統領がこの10月初めに、フロリダ州の住民の多数がハリケーンによって家屋を破壊されたことについて、「私も15年前に自宅に落雷を受け、家全体を破壊されたから、被害者の気持ちはよくわかる」と語ったことを取り上げた。実際にはバイデン家に起きたのは台所のボヤ程度で、被害はほとんどなかったという。

 さらに同記事は、今年10月初め、バイデン大統領がやはりハリケーンで被害を出した米国領プエルトリコ島を訪れた際、「私自身がプエルトリコ系住民の間で育ったからみなさんの気持ちはよくわかる」と述べたことを取り上げた。実際には東部のデラウェア州出身のバイデン氏とプエルトリコ系の人たちとの接触は皆無であり、同記事はバイデン氏が頻発する「粉飾発言」の実例だと断じていた。

事実とは異なる発言を繰り返すバイデン氏

 そのうえでこの記事は、バイデン氏の過去の同種の「事実とは異なる発言」の事例を次のように列挙していた。

1987年バイデン氏が初めて民主党大統領候補に名乗りをあげた際、「私は法科大学院では全額支給の奨学金を得て、卒業時には最上位に近い成績を残し、その前の四年制大学では3つの学位を同時に得た」と公言した。だが実際には奨学金は一部支給、成績は85人中76位、学位の取得は一種だけだった。

・同年、バイデン氏が語った生い立ちの物語は当時のイギリス労働党のキノック党首の演説の盗作だったと判明した。バイデン氏も盗作を認め、大統領選から撤退した。

・2007年に上院議員だったバイデン氏は「大学生時代に連邦議会への抗議などのために議事堂に入ろうとして議会警察に逮捕された」と語ったが、その記録はなかった。

・2018年にペンシルベニア州ユダヤ教礼拝堂で11人の信者が虐殺された。バイデン氏はその後まもなく「私はその礼拝堂を訪れた」と述べたが、その事実はなかった。

・2019年の大統領選挙予備選中にバイデン氏は「私はアフガニスタン米海軍の大佐が激戦の中で部下を救出するのを目撃し、後に、その大佐に銀星勲章を直接に授与した」と繰り返し述べたが、その事実はなかった。

・2020年の大統領選挙中にバイデン氏は「私はかつて南アフリカの黒人指導者マンデラ氏を訪問しようとして現地の警察に逮捕された」「米国南部での公民権活動中にも現地の警察に逮捕された」と発言したが、いずれもその記録はなかった。

 ニューヨークタイムズのこの長文の記事は以上のような実例をあげながら、「バイデン氏は自分の政治的な独自性を打ち出すために、事実に反する粉飾や作り話を述べる習慣がある。今にいたってもその習慣を断ち切ることができないのだ」と解説していた。

 同記事は同時に、バイデン氏以外の大統領も数多くの事実ではないことを語っており、とくにトランプ前大統領バイデン大統領とは比較にならないほど多数の虚偽の発言をした、とも強調していた。

ニューヨーク・タイムズの狙いは?

 このニューヨークタイムズの記事に対して手厳しい反論を展開したのが、FOXテレビである。

 10月13日、FOXはテレビとネットの両方で「バイデン氏の嘘と捏造は一部メディアにより常に無視、過少評価、軟化される」という見出しの記事を発信した。そしてとくにニューヨークタイムズの記事に対して、「明白な嘘を嘘とは呼ばずに、粉飾や加工という婉曲な表現でごまかしている」という非難をぶつけていた。FOXはニューヨークタイムズとは対照的に、共和党、保守派への支持のスタンスを明確にしている。

 FOXの報道はそのうえで、「バイデン氏は海軍士官学校への入学の指名を受けたと述べた」「同氏はプロのトラック運転手だったこともあると発言した」「バイデン大統領は最近の米国のインフレ率はゼロだと語った」などという実例をさらに挙げて、すべて嘘だと指摘した。

 しかし、民主党バイデン政権を一貫して支持してきたニューヨークタイムズが、なぜこの時期にあえてバイデン発言の虚構を特集するような記事を載せたのか。

 この点について保守系のメディア研究機関「メディア調査センター」のブレント・ボゼル所長らは、「これからの中間選挙や次期大統領に向けての民主、共和両党の争いで、共和党側から必ず批判的に提起されるであろうバイデン氏の嘘に対して、あえて嘘とは呼ばず、粉飾とか誇張という表現で焦点をぼかすための民主党側の工作の一環であろう」と手厳しく指摘していた。

 事実に反する政治家の発言を「嘘」と呼ぶのか、それとも「虚言」あるいは「粉飾」「誇張」「加工」などと評するのか。日本にとっても無縁の課題ではないようだ。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「ロシア内部に働きかけよ」ボルトン元大統領補佐官がプーチン打倒作戦を提唱

[関連記事]

米民主党、中間選挙敗北濃厚、バイデン氏に代わる大統領候補模索

「斬首作戦」もあり得る台湾侵攻手段、米国の中国軍事専門家が読む中国の動き

ワシントンで開かれた民主党全国委員会のイベントで演説するジョー・バイデン大統領(2022年9月23日写真:AP/アフロ)