※2003年9月撮影

トップ画像は、筆者の実家があるJR中央線武蔵小金井駅です。現在の武蔵小金井駅は、2003年(平成15年)から始まり2013年(平成25年)に竣工した中央線高架化によって全く新しい駅舎になっています。

【木造駅舎カタログ】、新型コロナウイルス感染拡大の影響下で新規素材(写真)が撮れないまま日々を過ごしています。

そこで、筆者がプライベートで撮った過去のスナップ写真から木造駅舎を「落ち穂拾い」してみようと思い立ちました。

筆者の実家が武蔵小金井に転居したのは1976年昭和51年)。当時の南口の駅舎は木造駅舎でした。写真は、2003年の撮影なので改札口は自動改札機になっています。でも懐かしい売店が改札の右側にあります。

※以下の写真はオリジナルの4:3フレームです

※2003年9月撮影

駅前広場はタクシーのロータリーになっていました。奥に今はドンキホーテになった長崎屋が写っています。

※2003年9月撮影

駅の東側の踏切は長らく「開かずの踏切」、また横断する距離が長く高齢者などが遮断機が閉まるまでに渡りきれないなど危険な踏切として問題視されてきました。懐かしい201系電車が通過しています。

※2003年9月撮影

駅前ロータリーと南口木造駅舎。タクシーがたくさんいます。

※2003年9月撮影

踏切を長い跨線橋がまたいでいますが、自転車は通行できないため利用者は限られていました。

※2003年9月撮影

2003年(平成15年)から中央線高架化工事がはじまりましたが、2005年(平成17年)には武蔵小金井駅でも高架化工事が始まりました。

※2005年11月撮影

2008年(平成20年)には下り線が高架化されました。下りホームにあった駅そば店は閉店。南口木造駅舎も取り壊し寸前です。

※2008年10月撮影

同じく2008年(平成20年)駅の西側にあった跨線橋からの撮影。下り線電車が高架を出発してゆきます。上り線はまだ高架化されていません。

※2008年10月撮影

上り電車がやってきました。201系です。懐かしいなぁ。

※2008年10月撮影

2009年(平成21年)1月。ついに南口木造駅舎が解体されました。

※2009年1月撮影

まだ東側踏切は使用されていました。しかし、跨線橋は撤去されています。

※2009年1月撮影

南口木造駅舎のあった部分を含め南側には旧国鉄の職員宿舎など多くの施設がありましたが全て撤去されて更地になっています。現在の南口の姿になっています。

※2009年2月撮影

まだ北口の橋上駅舎は使用されていました。

※2009年4月撮影

地上にあった頃の北口駅舎を筆者は記憶していません。学生時代、大阪で夏休みを過ごすために「チッキ」を送った窓口が北口にあったことは覚えているのですが・・・。実家が南口側なので北口を使うことがあまりなかったのです。

※2009年2月撮影

そして上り線も高架化が完了。地上の線路は遮断され遠くに架線を回収する車両が見えています。

※2009年4月撮影

地元なので長くなってしまいました。次回から「50代で始めた鉄道趣味」での木造駅舎写真などを探してお届けします。

※タイトルは『木造駅舎』となっていますが、厳密に「構造として木造建築」の駅舎だけをとりあげているワケではございません。あくまでも筆者が気に入った駅舎を恣意的に選ばせていただいています。外観が明らかに木造建築と異なる場合でも、煩雑を避けるためタイトルは【木造駅舎カタログ】のまま進行いたします。悪しからずご了承ください。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)