職務質問について「どうして私は何度も警察官に声をかけられるのか?」と疑問を口にする人がいます。警察官はなにを見て、声をかけるか否か決めているのでしょうか。

令和4年9月、東京弁護士会が発表した「外国ルーツをもつ人への職務質問」に関する調査結果は、社会に大きな問題を投げました。外国ルーツをもつ人に対するアンケートで、6割以上の人が過去5年以内に警察官から職務質問を受けており、職務質問を受けた理由の9割以上が「身体的特徴」だったそうです。

そして、ほぼ同じタイミングで、ある大麻取締法違反事件の刑事裁判の報道が世間をにぎわせました。なぜ被告人に職務質問を実施したのかという点について、証人尋問の場で警察官が「ラテン系の服を着ていた」「大麻使用者ラテン系の服装を好む」という理由を挙げたというのです。

この件について、警察側は「そういった教育は実施していない」と否定していますが、相次いで打ちあがった「見た目で職質」への批判はしばらくやみそうにありません。実際に、警察官が「見た目」だけで職務質問ターゲットを選別することはあるのでしょうか?(ライター・鷹橋公宣)

職務質問の要件に「見た目」は含まれていない

職務質問の要件は、警察官職務執行法第2条1項に明記されています。

異常な挙動、その他周囲の事情から合理的に判断して、何らかの罪を犯し、もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由がある者、もしくは犯罪がおこなわれようとしていることについて知っていると認められる者

条文によると、たとえば「あたりをウロウロしている」「やたらと周囲を気にしている」といった異常な挙動を取っている人をはじめとして、その時・その場所では「不自然」だと判断できる人が職務質問の対象です。身体的特徴や服装などの「見た目」は、要件として明記されていません。

職務質問の要件は、簡単にいえば「警察官の目からみて『不自然だ』『怪しい』と感じられるかどうか」に集約されます。

つまり、実際は罪を犯していないとしても、何らかの犯罪に関与しているのではないかという合理的な疑いがあれば、対象者に停止を求め、質問すること自体は適法です。しかし、とくに合理的な疑いもなく「見た目」だけで職務質問の対象とするのは、やはり違法性が高いと言わざるを得ません。

今回の問題は「外国人だから」「ラテン系だから」という見た目のほかに合理的な疑いがないのに職務質問の対象とした、という点に注目する必要があります。

●警察官は実際に「見た目」で職務質問の対象者を選別しているのか?

警察は「こんな見た目の人は職務質問の対象になる」といった選別方法を否定しています。しかし、目に見えない犯罪を暴くため、捜査や周囲の目をあざむいて一般社会に潜伏する犯人を見つけ出すために「見た目」に注目することがあるのは事実です。

そもそも、どこの誰なのか、どんな素性なのか、直前にどんな行動を取っていたのかもわからない相手について、罪を犯した疑いがあるのかを見極めるためには、あらゆるきっかけから情報を掴まなくてはなりません。

そして、服装の好みや髪形などのファッションには、その人の気性・環境・犯罪傾向などが投影されることがあります。警察の公式見解ではないし、そもそも情報公開の対象となるようなエビデンスもない「伝承」でしかありませんが「見た目」に頼った職務質問が存在しているのは事実でしょう。

警察官の間には「こんな見た目の人には注意を払え」という不文律があります。

入れ墨、とくに仏像などの和彫りは暴力団との関係が疑われる
住宅街で「スーツ姿なのにスニーカーを履いている」なら空き巣を疑え
・背丈や体格にマッチしないスーツを着ているなど、明らかに「着慣れていないスーツ姿」は特殊詐欺の受け子を疑え
ニット帽・サングラス・マスク姿でATMを利用していたら特殊詐欺の出し子を疑え
・旅行者のような様子もないのに大きな荷物を持っていたら家出人や逃亡犯を疑え

服装やファッションのほかに、乗り物で犯罪傾向を疑うこともあります。

・高級車なのに擦り傷やへこみが多い場合は薬物使用を疑え
無灯火・ボロボロの自転車ナンバープレートを折り曲げたバイクは窃盗を疑え

もちろん、ここで挙げたファッションや乗り物に該当するからといって、すべての人が罪を犯しているわけではないし、警察官もそのことは十分に承知しています。しかし、こういった傾向の人に対して職務質問を繰り返していると、想定していた犯罪に行き当たることが多いというのもまた現実です。

問題になっている「ラテン系の服装だから」という理由で職務質問をしたという件も、実際に大麻を所持していたというのであれば、その事実は無視できません。ただし、対象者の選別方法という部分で法律に違反している可能性があります。

「見た目で判断して、やはりそのとおりだった」という結果オーライでは済まされないでしょう。具体的な事実等から警察官の職務質問が違法だったと判断するのかどうか、裁判官の対応が注目されるところです。

●大切なのは「直感」と「状況」のハイブリッド

職務質問の対象者を選別するのは、現場警察官の「直感」です。

対象者を見つけて実際に職務質問を実施するまでの判断は現場警察官に委ねられており、すでに判明している容疑者を尾行しているといったケースでもなければ、警察署の幹部や自分よりも階級が高い上司に「職質をしてもよいか?」とお伺いを立てたりはしません。

こんなふうに説明すれば「職務質問は法律に沿って厳格におこなうべきだ」「組織として適切かどうかをしっかり検討するべきだ」という批判も挙がるでしょう。しかし、現場警察官の鋭敏な直感が数多くの重大事件を解決してきたという歴史が存在しているのは紛れもない事実です。

捜査機関や国家が国籍・人種・言語・宗教を理由に容疑をかけることを「レイシャル・プロファイリング」と呼びます。当然、レイシャル・プロファイリングは重大な人権侵害です。 かといって「見た目」を情報とした対象者の選別が「すべて人権侵害だ」と決めつけてしまうのは、少し乱暴ではないでしょうか?

職務質問は「人」の傾向だけに頼るのではなく、場所・時間・地域の特性なども加味しなければなりません。外見を発端にして、そのほかの「周囲の事情」が合わさることで合理性が生まれます。

たとえば、単に「ラテン系の服装だから」というだけで対象者とするのではなく、薬物乱用の場となっているという情報が挙がっているクラブから出てきた、周囲を警戒している素振りで警察官の姿を見るなり進行方向を変えたなどの状況があればどうでしょう?

見た目という視覚情報は、さらに「たびたびその店を利用しており、薬物乱用者との親交が深いのではないか?」「警察官に見つかるとヤバい事情があるのか?」という一段階深い疑念へとつながり、合理性が生まれます。

視覚から得た情報と経験から生じた直感を周囲の状況に照らして「怪しい」と判断したなら、職務質問は適法です。

最初のきっかけは「見た目」だけだったとしても、視覚情報だけに頼って声をかけるのではなく、地域の特性や人の動静に注目し、街のウワサといった情報にもアンテナを張り巡らせて対象者を選別するスキルが求められます。

もちろん、こういったスキルアップは現場経験で培われるものです。しかし、街を行き交う市民をその練習台にするのは許されません。

見た目のほかに不審点がない犯罪者を警察官が「職務質問できない」と見逃したところ、直後に殺傷事件を起こしたとすれば「なぜ無理やりにでも職務質問しなかったのか」という批判が集まるはずです。

警察組織は、形式的な教養や予定調和のようなロールプレイングではなく、より実践的な方法で現場警察官のスキルアップを図らなければ、市民が求める安全な社会を実現できない時代が到来していることを肝に銘じなければなりません。

【プロフィール】 鷹橋公宣(ライター):元警察官。1978年広島県生まれ。2006年、大分県警察官を拝命し、在職中は刑事として主に詐欺・横領・選挙・贈収賄などの知能犯事件の捜査に従事。退職後はWebライターとして法律事務所のコンテンツ執筆のほか、詐欺被害者を救済するサイトのアドバイザーなども務めている。

職務質問はやっぱり「見た目」で判断される? 元警察官は「直感と状況のハイブリッドで判断」