国税庁は2022年10月7日、サラリーマンの副業収入について、同年8月に出していた「年間収入300万円以下」を「雑所得」と扱う通達改定案を撤回しました。国税庁がこういった通達案を撤回するのは異例のことです。本記事では、その原動力となった「意見公募手続」(パブリックコメント)の有効性について、今回の件で通達を撤回に追い込むことができた理由も含めて解説します。

パブリックコメント(意見公募手続)とは

パブリックコメントは、行政機関が一定のルールを定める際に、事前にその案を公表し、広く一般から意見を募集するものです。

2005年の行政手続法改正の際に新設された制度であり、対象となるルールは以下の通りです(行政手続法2条8号)。

政令・省令

・許認可等を行う際の「審査基準

・不利益処分を行う際の「処分基準

・行政指導を行う場合の「行政指導指針

通達は、上級行政機関が下級行政機関に守らせるために制定するものであり、このうち「行政指導指針」にあたります。

通達は、厳密にいえば法令ではありません。法令には一般国民に対する拘束力がありますが、通達は、あくまでも行政内部での取り扱いの統一をはかるための基準にすぎず、一般国民が守る必要はないものです。

しかし、法は、通達も意見公募手続の対象としています。なぜでしょうか。

それは、通達が実態として、一般国民に対し、事実上の拘束力をもつからです。行政庁が特定の人に対してだけ独自の判断で通達と異なるルールを認めることは考えにくいのです。

パブリックコメントの手続

パブリックコメントの手続は、以下の順番で行われます。

1.行政機関によるルール案の策定

2.ルール案の公示・意見公募

3.意見の考慮

4.ルールの策定

5.結果の公示(決定されたルールの内容、意見の内容と検討結果)

提出された意見に法的拘束力はありません。行政機関においては、あくまでも十分に考慮することが求められているのにとどまります。

しかし、行政機関は、提出された意見がどのような内容のものであったか、それがどのように考慮されたのか、なぜ反映されたか、あるいはなぜ反映されなかったかについて、公示しなければなりません。

法的拘束力はないものの、パブリックコメントにおいて、提出された意見の内容を十分に吟味してルールを策定しなければならないことが、制度的に求められているのです。

逆にいえば、パブリックコメントにおいて、以下のような意見を提出することができれば、そのルール案が撤回されたり、改善されたりする可能性が高いということです。

・ルール案の矛盾点や法の趣旨に反する点などの致命的な欠点を的確に指摘する意見

・ルール案よりも説得力がある意見

国税庁の案が意見公募手続によって撤回に追い込まれたのはなぜか?

では、国税庁が「サラリーマン副業300万円問題」において、パブリックコメントの結果、原案の撤回に追い込まれた理由はどのようなものでしょうか。

今回のパブリックコメントでは、7,000件を超える意見が寄せられたとのことです。しかし、単に数だけでは、国税庁を動かすまでには至りません。先述した、ルール案の致命的な欠点を的確に指摘する意見や、ルール案よりも説得力のある意見が含まれていたからこそだと考えられます。

以下、検証します。

理由1.国税庁の通達案の致命的な欠点を的確に指摘した意見の存在

まず、国税庁の通達案が法令の趣旨に反するという指摘がありました。

ある業務が「事業所得」にあたるかどうかの判断基準については、確立された最高裁判所の判例があります(最判昭和56年4月24日)。以下の通りです。

「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」

これは、売上金額等によって形式的・画一的に判断するのではなく、「反覆継続して遂行する意思と社会的地位」という表現にみられるように、意思的な要素も含めて総合的・実質的に判断しなければならないという意味です。

「収入金額300万円」で判断するという国税庁の原案は、この判例の基準にてらし、違法である疑いが濃厚だったといえます。

なお、国税庁の通達案には、この他にも様々な問題がありました。詳しくは2022年9月26日の記事「恐るべきサラリーマンいじめ!? 副業への増税方針を打ち出した国税庁のねらいと問題点」をご覧ください。

理由2.国税庁の通達案よりも説得力のある意見の存在

次に、国税庁の「収入金額300万円」という基準よりも説得力のある案が提案されていました。

それは、「帳簿書類の作成・保存」の有無で判断するという案です。

すなわち、先述した判例を前提としつつ、帳簿書類を作成し保存していれば、通常は、「反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる」というものです。

以上、今回のパブリックコメントにおいては、国税庁の案が法令の趣旨に反するという的確な指摘がなされたうえ、それを上回る説得力のある案が提出されたといえます。そのため、国税庁は、最終的に原案を撤回し、かつ、パブリックコメントで出された案を考慮に入れて新たな通達を定めざるをえなくなったということです。

今回の一件で、パブリックコメントが行政の恣意・横暴を抑止し歯止めをかける手段として有効であることが証明されました。その意義は計り知れないほど大きいものであり、積極的な活用が期待されます。

(※画像はイメージです/PIXTA)