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 古代ギリシャ神話には、なんとも風変わりな獣や怪物がたくさん登場する。中でももっとも有名なのは、ひとつ目の巨人、サイクロプス(キュクロープス)だろう。

 異なる神話に、さまざまなバージョンのサイクロプスが出てくる。ゼウスタイタンを征服するのを助けたものや、人間を食らうおぞましい習慣をもつものもいる。

 古代ギリシャ人は、どこからこの巨人の発想を得たのだろう? サイクロプスは、単なる想像の産物なのか、それとも連想させる何かがあったのだろうか?

 だとしたらそれは象なのかもしれない。

【画像】 一つ目の巨人「サイクロプス」とは?

 ギリシャ神話では、サイクロプスには3つのグループがあり、それぞれ異なる神話に出てくる。

 もっともよく知られているものは、「詩人ホメーロスの作」として伝承された古代ギリシアの長編叙事詩『オデュッセイア』に登場するホメロスサイクロプスだろう。

 今日のポップカルチャーで流行っているサイクロプスは、ホメーロス版サイクロプスだと言える。

 このサイクロプスは、人間を食らう残忍なひとつ目の巨人の羊飼いだ。オデュッセイアたちは、家に帰る長い旅の途中、物資を探しているうちに、サイクロプスの島にたどり着いてしまう。

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 サイクロプスの仲間である、ポリフェムス(ポセイドンの息子)が、オデュッセイアたちを次々と捕らえ、ひとりひとり食べ始めた。

 オデュッセイアは知恵を絞って、サイクロプスを酔わせて、目を見えなくさせ、残った仲間たちと共に逃げ出した。

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目が見えなくなったポリフェムスを表した像 / image credit:Carole Raddato / CC BY SA 2.0

 次に有名なグループは、古代ギリシアの叙事詩人「ヘーシオドス」のサイクロプスだ。姿形はホメロスのそれと同じだが、その立ち位置はかなり違う。

 ヘーシオドスは『神統記』の中で、ブロンテス、ステロペス、アルゲースという3種のサイクロプスを描いている。

 彼らは、ウラヌスガイアの子どもたちで、タイタンや百手巨人のきょうだいでもあった。

 『神統記』では、これらのサイクロプスは、タルタロスギリシャ神話の地獄)に追放されたが、ゼウスによって救い出された。

 彼らの稲妻でゼウスを武装させ、それがギリシャ神話全体の主要な武器となったという点で、この神話の中で重要な役割を果たした。

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 彼らはまた、ハデスの目に見えない兜や、ポセイドンの三又も作り出した。ここでのサイクロプスは、野蛮な怪物ではなく、従順な名工だったのだ。

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西暦1世紀頃のサイクロプスの頭部。ローマのコロセウムを飾っていた彫刻のひとつ / image credit:Steven Lek / CC BY SA 4.0

 3番目のグループは、壁の建築家としてのサイクロプスだ。ギリシャ人は、ミケーネ、ティリンス、アルゴスの巨大な壁は、原始のサイクロプスが建設したと信じていた。

 彼らは熟練した職人であること以外は、あまり知られていない。

 とても人間には作れないような巨大な石壁を作ったことから、どう説明していいかわからないようなことを、説明するときに彼らのことが引き合いに出されるようになった。

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photo by iStock

巨大象の頭蓋骨の化石がサイクロプスを連想させたとする説

 21世紀始め、クレタ島デイノテリウム・ギガンテウムという絶滅した象の化石が初めて発見された。これは現代の象の先祖で、体高4.6メートル、キバが1.3メートルもあった。

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デイノテリウム・ギガンテウムの想像図 / image credit:Nobu Tamura / CC BY 3.0

 その頭蓋骨は、現代の象よりもはるかに原始的で、かなり大きかったことがわかっている。重要なことは、頭蓋骨の中央に極めて長い鼻孔があったことだ。

 象を見たことがある人ならば、大きな孔があったということは、大きな鼻をもっていただろうということがわかる。

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現代の象の頭蓋骨 photo by iStock

 だが、おそらくは象の姿を知らない古代人にとっては、中央に大きな穴のあいた巨大な頭蓋骨は、サイクロプスの頭蓋骨のように思えたのかもしれない。

 古代科学史家で、古典民俗学者のアドリエンヌ・マイヤーは、古代ギリシャ人が初めてデイノテリウム・ギガンテウムの頭蓋骨を見たとき、サイクロプスのことを思い浮かべたのではないか、と考えている。

 ギリシャ人やローマ人には、化石の証拠を使って、神話の存在を裏づけたり、新しい神話を作り出そうとさえしてきた長い歴史があるからだと、マイヤーは主張している。

 歴史を通して、未知のものを説明するのに、神話や宗教が利用されてきたという考えは、古くからあった。

 人類はどうしても説明や答えを切望してしまう生きものだ。ギリシャ人は農耕を生業にする者が多く、ときに化石に出くわしてきた。

 進化という知識のない者にとって、説明のつかない巨大な骨に出くわしたとき、巨大な怪物のことを思い描いたとしても不思議ではない。

 自著『The First Fossil Hunters: Paleontology in Greek and Roman Times』の中でマイヤーはこの考えを採用し展開している。

 彼女は、神話がたくさん生まれている地域には、化石層がたくさんあることを指摘している。さらに、神話の多くには嵐の後に地中から怪物が現れるというシチュエーションが多いという。

 激しい嵐が土壌を侵食し、その下に隠れていた化石を露わにするのは、珍しいことではない。

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オックスフォード大学自然史博物館のデイノテリウムの頭蓋骨 / image credit:

小型の象がサイクロプスを連想させたという説も

 象の化石とサイクロプス伝説を結びつけたのは、マイヤーが初めてではない。1世紀前に、オーストリアの古生物学者オテニオ・アベルが、この考えを最初に提唱した。

 彼は、サイクロプス神話は、古代ギリシャ人が”小さな象”の頭蓋骨を発見したことから生まれたとほのめかしている。

 確かに、すべてがうまく符号するように思われた。小さな象の頭蓋骨には、鼻の痕跡である大きな穴に比べて、非常に小さい眼窩があった。

 化石はたいていほかの化石化した骨とともに見つかることが多く、古代ギリシャ人にとって、これはサイクロプスが食べたものの残骸の証拠のように見えたのかもしれない。

 アベルはまた、古代ギリシャの自然哲学者で作家、エンペドクレス(紀元前490年頃 – 紀元前430年頃)がシチリア島の洞窟で、小型象の遺骸を見たと主張していると言っている。

 たが、アベルの説は間違っているとマイヤーは言う。エンペドクレスは、そのような主張はしておらず、小型象の化石も見たことはないという。

 アベルは正しい路線をいっていたが、神話に影響を与えた特定のタイプの象の化石に関しては、おそらく間違っていたのだろう。

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タンザニア北部、セレンゲティ国立公園にある象の頭蓋骨/ image credit:WIKI commons CC BY-SA 2.0

結局サイクロプス伝説の元となったのは?

 マイヤーやアベルが正しいのか間違っているのかは、これからもわからないだろう。タイムマシンがない限り、古代ギリシャ人がどのようにして、サイクロプス伝説を生み出したのかを確認する、科学的な方法はないからだ。

 とはいえ、仮説は理屈に合っている。古代ギリシャ人たちは、奇妙に見える巨大な頭蓋骨の化石にを見て、伝説の巨人を思いつく以外にどうやって考え出したというのだろう?

 こうしたことは古代ギリシャ人に限ったことではない。ほかの文明も同じようなことをしてきた。

 例えば、ドラゴンは世界中の文化の神話に登場するが、その源は、世界中で発見されている恐竜の化石だろう。ドラゴンの多くの描写が、現代の私たちが考える恐竜の姿と似ていることは、偶然ではない。

 今日でも、一部の創造論者は、化石の証拠を指摘し、それを利用して、化石は何百万年も前に実在した生きものの証拠ではなく、聖書に登場するリヴァイアサンのような生きものの証拠であると主張している。

 つまり、古代ギリシャ人が、古い象の頭蓋骨を見て、それをサイクロプスのものだと混同しても、驚くことではないのだ。

References:Were Cyclopes Legends Inspired by Ancient Elephant Skulls? | Ancient Origins / written by konohazuku / edited by / parumo

 
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ギリシャ神話に登場する一つ目の巨人「サイクロプス」と象の関係性を考察