アメリカを除く世界各国で取り決められた「共通報告基準(CRS)」。これにより、海外の金融機関に預けた資産についても、すべて管轄の税務署に情報が提供されることとなりました。プライベートバンクが意義を失う中、代替する存在として富裕層は「暗号資産」に注目しています。これらの共通点について、資産防衛のプロであるウエルスマネージャーが解説します。
プライベートバンク業界の情景を一変させた「CRS」
「CRS(Common Reporting Standard:共通報告基準)」とは、2000年にアメリカを除いた世界中の国々において、各国の金融機関同士に相互で顧客の情報交換について取り決めを定めたものです。2017年以降、これが施行された直後は、とくにスイスやシンガポールに口座を持つ富裕層の多くに管轄税務署から「お尋ね」が次々と送付され、口座保有者たちに衝撃を与えました。
それ以前は、日本国外にある銀行口座の情報を当局は把握できずにいましたが、これが施行されて以降、プライベートバンク業界の情景は一変しました。
2017年以前には、このCRSが施行される前に自国に資産を戻したり、CRS対象国以外に資産を移したり、その他の方法を使ってCRSの影響を可能な限り抑えようとする海外プライベートバンク難民が急増しました。
良くも悪くも、スイスやシンガポールのプライベートバンクはその守秘性の高さから世界の富裕層からの支持を受けていたのですが、それがなくなれば顧客の多くはその口座を閉鎖する、ということなのです。
一見その影響は、当初の予想ほど大きくないようにも思われましたが、筆者の知る限りでは、水面下ではかなりの数が、CRSが適用されないアメリカへと移動したものと思われます。
それ以外に、表立った影響がなかった原因はいくつかあると思われます。たとえば、スイスと陸続きのフランス、ドイツ、イタリアなどからは車で現金を持ち込む顧客などがいましたが、それに呼応し、各国は脱税恩赦などを施行し、隠し資産の合法化などを図ったことはそのひとつであろうと考えられます。
むしろその後は、世界の株高も追い風となり、順調に預かり資産が増加をしているとも聞いています。
日本居住者が海外に保有する口座情報も、税務署が捕捉
やはり「当局に目を付けられる」ということは避けたいのが人の常です。その意味では、守秘性を重視する人はアメリカに口座を持つでしょうし、そうでない場合は、スイスまたはシンガポール、ということになります。
以下は国税庁からの転載です。
「外国の金融機関等を利用した国際的な脱税及び租税回避に対処するため、OECDにおいて、非居住者に係る金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準である「共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)」が公表され、日本を含む各国がその実施を約束しました。この基準に基づき、各国の税務当局は、自国に所在する金融機関等から非居住者が保有する金融口座情報の報告を受け、租税条約等の情報交換規定に基づき、その非居住者の居住地国の税務当局に対しその情報を提供します。」
この実施よって、日本居住者が海外に保有している口座情報が、自動的に日本の管轄税務署に提供されることとなっています。この加盟国はスイス、シンガポール、香港、その他メジャーなプライベートバンクが集まる国際金融センターすべてが含まれることとなりました。
「CRS」にアメリカが加入していない理由
各国間の取り決めは「相互互恵」という原則があります。つまり、お互いにメリットがもたらされることが大原則となります。
先進国間での自動交換は取り決め通り行われている可能性は高い一方で、コンピュータシステム等のインフラが脆弱な新興国では、実際にこれが正しく行われていない可能性が十分あります。また香港ですが、こちらは中国の一部ということで、実際にこの取り決めが守られているか、やや怪しい部分があります。
この取り決めのひとつの注目点は、世界最大の経済規模を持つアメリカが加盟していない、ということです。理由は簡単で、この取り決めを守ったところで、アメリカには大きなメリットがないどころか、マイナスになる可能性が高い、ということです。
一方、アメリカには、「外国口座税務コンプライアンス法(FATCA)」という自国富裕層の脱税を防ぐ取り決めを、世界の国々と結んでいます。
世界中でアメリカの金融機関に口座を持つ人はおそらく最も多く、規模も同様と推測されます。その情報を世界中の国々に自動的に提供するメリットはまったくないどころか、場合によってはアメリカの安全保障にもかかわってくる問題となり得るのです。
アメリカはCRSという自動交換システムには参加していませんが、租税条約を結んでいる国々には、オンデマンドで情報を提供する義務がありますので、これをもってCRS加盟の代わりとしていると憶測されます。
このCRSが始まったことにより一番影響を受けたのは、スイス、シンガポールに口座を持っている資産家・富裕層でした。ちなみに、オーストラリアに口座を持つ日本居住者の情報は、このCRSが始まる以前より、オーストラリアから日本の当局に提供されており、税務署から突然「お尋ね」が来たケースは、すでにあったのです。
HSBCには、かなりの数の日本人の口座があるが…
そんな流れの中で不思議な動きをしていたのが香港です。筆者の知る限りでは香港、とくに香港上海銀行(HSBC)にはかなりの数に及ぶ日本人の口座があるにもかかわらず、これらに税務当局からお尋ねが来た、という話を聞かないのです。
あくまでも想像でしかありませんが、香港が中国の一部であり、中国が米国同様に各国に情報の自動交換するメリットがない点、中国はすでに外貨の資本の持ち出しなどを国民に規制をしているので、わざわざ他国から情報などを収集する必要性が低いからではないかと推察されます。
また米国同様に、中国は今となっては世界第二位の経済力を持つ大国であり、政治的にもそれなりの力を持つために、CRSには加盟をしていても、あまりそれに縛られていないものとも想像できます。
さらには法人やトラストを設立したり、ノミニーを使ってスイスやシンガポールなどに口座を開設したりすることにより、全体の構成を複雑化して守秘性を維持していると憶測しています。
「暗号資産」という新しいアセットクラスが果たす役割
さて、ここまではブロックチェーン技術が普及する前、とくにビットコイン等がそこまで認知されていなかった時代の話です。
富裕層や資産家はプライバシーや資産保全を図って、スイスやシンガポールに口座を持つケースも多かったわけですが、ブロックチェーン技術の普及により、この景色もまた様変わりをしたと想像できます。
いわゆる所得や資産隠しに、これらビットコイン等ブロックチェーン技術を活用した暗号資産がより用いられるようになった、というのが筆者の推測です。先進国における暗号資産の取引所は、原則当局の管理下にあります。しかし実際のところ、海外ではそうではない取引所も多く存在しています。
そういう取引所を利用して法定通貨から暗号資産に両替し、例えばですがUSBメモリなどのウォレットに保存すれば、いつでもコンピュータに差し込んで使うことが可能です。
このように、ビットコインのような暗号資産が資金の大きな受け皿になっている現実は、わざわざ念入りに調べるまでもなく、容易に想像できることです。スイスなどの金融機関が暗号資産に力を入れているのには、こういった事情があるものであろうと想像できます。
このように、世界中の富裕層の資金が、少なからず暗号資産に流れているのです。とくにビットコイン、オルトコインで大儲けをした場合には、例えばですが、日本の暗号資産に対する税制を考えると、この流れに沿って資産管理をすると見るのが自然ではないでしょうか。
このように、世界の国々が必死に資金の流れを管理しようとしている中で、暗号資産という新しいアセットクラスが重要な役割を果たすようになったのです。
その上で例外は米国、ということになります。
世界の超大国である米国にある資産に対して、それ以外の国が確固たる根拠なしに情報を個別に請求する、というのは簡単なことではありません。現実として、国には「序列」が存在します。原則的に敗戦国である日本は、アメリカに対してあれこれと声高に要求できる立場ではないのは、容易に想像できるでしょう。もちろん、悪質な犯罪やテロなどにかかわる場合はこの限りではありません。
このような考察をすることで、世界のファミリーオフィス、ウエルスマネジメント、プライベートバンクでの資産や資金管理の大きな流れを俯瞰することができるのです。 以上
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