都市へルソンを含むウクライナ南部の戦いは、ウクライナ軍が反撃に転じ、徐々に地域を奪還している状態だ。
この戦闘は、へルソンで一区切りではなく、クリミア半島(今後、半島と記述)まで続く戦いとなる。このことから、へルソンから半島全域に至る一連の戦いとみて考察する。
(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイト=https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72433でご覧ください)
ウクライナ南部のへルソンから半島での戦いを分析するにあたっては、地理的な特性を分析する必要がある。
海に囲まれた半島は、陸続きの北部のキーウや東部のハルキウとは戦い方が異なる。
守る側は、陸側の半島の付け根から攻撃されれば、「袋の鼠」状態となり、逃げ場を失うことになる。戦闘支援は、空と海からにならざるを得ない。
ウクライナ南部の要図
南部の陸上作戦は、地形(地表面の特性)の影響を大きく受ける。この地域には、大河川、半島の付け根には湖沼があって、それらが攻勢作戦を阻害する。
一方、その間に挟まれた平野部は、戦車などの機動が容易な平坦な地形だ。今後、ウクライナ軍がへルソンを奪還してドニエプル川を渡河すれば、その後、両軍は、半島に至る戦闘と半島内の戦闘になる。
この地域の戦いは、両国にとって戦争目的を達成するかどうかの戦いであり、軍事戦略的にも重大な価値があるものだ。
陸海空軍、ミサイル攻撃、大量破壊兵器まで投入して戦うほどの決戦の場になろう。
それゆえ、これまで見たことがないような戦闘が生起することになる可能性がある。
この戦いを予測するにあたって、
①南部地域の地形的特性から軍部隊の攻防の流れを読む
②3つの地域の戦いの予想
③南部で戦うロシア軍の実情
④ウクライナ軍の戦い方
⑤南部の戦いはこれまで見たことがない戦いになる、の順に考察する。
1.南部の地形的特性に沿った軍部隊攻防
作戦戦術を考察する場合、まず地形の特性を分析(軍事的には、「地域見積り」と呼称)し、その上に敵と我を載せて攻防の流れを読んでいく。
なぜ、地形の特性を読むのか。
戦場の地形が、敵と我の作戦戦術に大きな影響を与えるからだ。
特に、攻撃側や防御側にとって、それぞれの作戦を容易なのか困難にするのかを分析し、知らなければならない。
具体的には、攻撃側にとっては道路やそれ以外の地盤は固くて機動が容易なのか、障害が多くて機動ができないのかが知りたい。
防御側にとっては、防御がしやすい地形なのか、守りやすい丘陵などがあるか、敵の攻撃を阻止する地隙や河川があるかを知りたい。
そして、それらの大きさによる阻止のしやすさなどを分析するのだ。
この南部の地形をみると、大きく3つに区分される。
①両軍が対峙している接触線からドニエプル川まで
②ドニエプル川から半島の付け根まで
③海に囲まれた半島の地域だ。
へルソンから半島までの地形区分
2.3地域の戦いの予想
両軍とも、それぞれの地域での戦い方は異なる。3つの地域の戦い方を、以下のように予想する。
(1)現在の接触線からドニエプル川までの地域
ロシア軍にとっては、前方にはウクライナ軍、後方にはドニエプル川がある。
都市へルソンは、ドニエプル川に接して位置している。ウクライナ軍がこの都市を占拠すれば、大都市を奪還したという宣伝効果は大きい。
他方、ロシア軍は川を背にして戦わなければならず、後方へは逃げられないことを意味している。装備品を身に着け銃を背負って泳いで渡ることは不可能だからだ。
現在では、後方に繋がる橋梁は破壊されていて、工兵の浮橋を使って重火器や兵員を後退させている。
逃げ遅れれば、ウクライナ軍の捕虜になり、兵器も鹵獲される。
へルソン陥落は時間の問題と見られている。この地での戦いでは、多くのロシア兵が逃げ遅れ、捕虜になるだろう。
(2)ドニエプル川から半島の付け根までの地域
ドニエプル川が最大の障害になる。ドニエプル川を挟んだ戦いが、今後の戦闘の将来を占う。
ウクライナ軍がここの渡河が成功して橋頭保(渡河攻撃の際、渡河部隊がその後の作戦に必要な地歩を確立するため、対岸に確保する地域をいう)を占拠すれば、南部での戦いの大きな山場を越えたことになる。
ロシア軍から見れば、ウクライナ軍に安全に渡河されてしまえば、半島まで突進されてしまうからだ。
この後の戦いは極めて難しいものになる。逆に、ロシア軍がここで守り切れば、ウクライナ軍の反撃を止められる。
ウクライナ軍が橋頭保を確立した後は、ロシア軍防勢作戦の流れは、2つに分かれる。
一つは、東部と繋がるザポリージャ州から東部ドンバス方向と、もう一つは南部の半島方向になる。
ロシア軍の主力が、ザポリージャ州に退却すれば、半島の防衛は不可能になる。
半島に逃げ込めば、袋のネズミ状態になる。
そこで敗北すればロシアに逃げられないので、戦死するかあるいは捕虜になるかの2つの選択しかない。
ウクライナ軍の半島までの攻勢作戦構想(イメージ)
(3)クリミアの付け根から半島全域
半島の付け根には、湖沼が多く存在する。
ウクライナ軍の南下を阻止しやすい障害だ。問題なく通過できるのは、西部の狭い部分だけだ。
だが、その湖沼は塩湖で深さは浅い。兵士が徒歩で通過できる箇所もある。
ロシア軍は、半島の付け根の入り口の戦闘では、海空軍とミサイルを合わせたすべての戦力を集中して運用する。
大量破壊兵器(汚い爆弾)を使うとすれば、このポイントだ。
なぜなら、ここで敗北すれば、半島を保持しておくことが不可能となるからだ。
ウクライナ軍がここを通過して半島内に侵入すれば、ロシア軍の半島内での防御は難しい。なぜなら、半島全体の地形は南部の丘陵を除き平坦であり、防御しやすい地形ではないからだ。
他地域からの支援も得られないことから、長期間防御することは不可能である。
半島を守備するロシア軍が後退するにも逃げ場はない。そして、多くのロシア兵が捕虜になることが予想される。
半島に価値があるのは、ウクライナが奪還すればこの戦争の勝利を意味し、ロシアが守り切って保持すれば、ロシアの勝利になるからだ。
もしも、ロシアが守り切らなければ、ウラジーミル・プーチン大統領の敗北になる。このため、この地の戦いは、両軍の総力戦になる。
ロシア軍は、海軍艦艇を投入してでも、多くの犠牲を払っても守り抜く方策をとるであろう。
ウクライナ軍も、へルソン攻撃に時間をかけているのは、半島まで突進するため、周到に準備を行っているとみてよいだろう。冬の前の一大決戦の可能性が高まっている。
3.ウクライナの突進止められないロシア軍
今後の南部の戦闘を予測するには、前述の地理的特性や地形の特性の他に、ロシア軍戦力の損失(損耗率)と増援兵力(新たな動員)の実態を知る必要がある。
(1)ロシア軍の損失が多く組織的戦闘ができる戦力ではない
侵攻開始から8か月間に投入した戦力(当初投入した戦力と事後他軍管区から転用した戦力)の損失を見る。
ウクライナ軍参謀部の資料を参考に算定した損失と損耗率は、戦車等が2584両(損耗率33%)、装甲車5284両(63%)、火砲等1667門(53~91%)*1、多連装ロケット374門(53%)、戦闘機270機(38%)、ヘリ(82%)、兵員が6.7万人(27%)だ。
*1=ウクライナ参謀部が発表する火砲(artillery)の損失数には、加農砲・榴弾砲のほかに迫撃砲が入っている可能性がある。そのため、投入数に加農砲・榴弾砲に迫撃砲(mortar)を加え、損耗率を算定した数字も併せて入れることにした。その結果、迫撃砲を入れた数値53%、加農砲・榴弾砲だけで算定した数値91%となる。
兵員の損失には、将軍(旅団級以上の指揮官)やこれまで果敢に戦ってきた部隊の骨幹であった古参兵が多く含まれる。
この損失は、部隊の機能や兵士の士気を低下させている。これだけの損耗率が出ると、ロシア軍は戦意を喪失している部隊が多くあるとみてよい。
さらにこれらのほかに、多数の弾薬庫や指揮所が「HIMARS」(高機動ロケット砲システム、High Mobility Artillery Rocket System)などで攻撃を受け破壊されている。
以上のことを総合的に考えると、ロシア軍は戦う意識も低く、実際に防御戦闘を行う準備もできていないことから、逐次後退せざるを得なくなる。
東部のハルキウの戦闘のように、混乱して後退するとみている。
(2)新たに動員された20万~30万人のロシア兵は戦闘には使えない
数日あるいは数週間の訓練を受けただけの兵は、軍務経験が少しあったとしても、小銃の使い方、戦闘地域で生活する方法、いくらかの軍事知識を学ぶだけで、分隊(約5人で編成)や班(約10人)の一員として組織的戦闘はできない。
専門的な戦車・火砲・防空兵器の操作もできないし、警備兵としても使えない。
それぞれに指揮官がいなければ部隊として戦えない。分隊長・班長の下士官を育成するのに数年、小隊長で数年、中隊長で5~6年、大隊長で10年、連隊長以上になれば、専門職のほかに戦術・戦略の教育に15~20年はかかる。
旅団長・師団長以上とその参謀になれば、20年以上の各級指揮官の経験が必要だ。
戦時とはいえ、急速に育成するにしても、この戦争の期間では間に合いそうもない。
軍務経験が豊富な分隊長・班長がいなければ、弾が飛び交う戦場では戦えない。これら各級指揮官と幕僚がいなければ、大部隊での戦闘はできない。
4.後方の生命線まで叩かれているロシア軍
ウクライナ軍は、半島を取り戻すことがこの戦いの最終目標と考えているだろう。
へルソンから半島に至る戦いが、この戦争の最大の焦点と考えて準備しているに違いない。
ウクライナ国防省の情報によれば、ウクライナ兵の損失は、ロシアの6.5分の1という。もともとロシア軍よりも戦力が少ないことから、それでも大きな損害となっているとみてよい。
とはいえ、ウクライナは総力をあげて戦っている。兵の補充もあるし、負傷兵の治療と回復も行われている。
戦いでは、5月頃から自爆型無人機の攻撃で戦車・装甲車・火砲を破壊し、8月頃からHIMARSなどの長射程誘導ロケットや砲弾を使って第1線部隊や弾薬庫・指揮所を破壊している。
9月には半島に位置する飛行場への攻撃、10月には半島とロシアを繋ぐ橋の一部を破壊した(ウクライナが実行したとは発表していない)。
ウクライナ軍は、ロシア軍の兵器や兵員のほかにも、弾薬や燃料も破壊した。
戦車や装甲車に燃料がなくなれば動けなくなる。ロシアと半島を繋ぐウクライナ大橋の一車線を破壊し、残った片側の1車線や鉄道用の橋も、ウクライナ軍の射撃目標になっていることだろう。
ロシア軍は兵站物資の補給に制限を受けるし、撤退する路も遮断されたとみてよい。
5.天王山はへルソンから半島に至る戦い
前述の地勢・地形的特性、ロシア軍の戦力の損失から、今後のウクライナ南部の戦いを総合的に予想するならば、ウクライナ軍は早ければ11月中から12月までに、遅くとも冬季には半島奪還の可能性があるということになる。
もしも、半島がウクライナに占拠されることになれば、プーチン大統領は、今年2月24日以降、多くの犠牲を払ってウクライナ侵攻を行ってきたことのすべてを失ってしまう。
では、ロシア軍はどのように戦うのか。
ロシア南部軍は、戦況が不利になり、半島が奪還されそうになったとき、奇策を使ってでも阻止に努めるしかない状況に追い詰められる。
具体的には、「汚い爆弾(ダーティー・ボム)」あるいは化学弾(剤)を使う。
最後の手段として低出力で小型の核を使用する可能性もある。
汚い爆弾を使う予想地域
半島占拠に至る戦いは、この8か月間の戦いとは異なる。
海空を加えた総力戦となり、烈度の強い戦闘になる。しかし、ロシア軍はこれまで多くの損害を受けている。動員兵は、戦える兵ではない。
プーチン大統領が「総力戦で戦え、防御陣地を死守せよ」と号令をかけても、一時的には戦えても、半島でのロシア軍の敗北は明らかだ。
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