現在開催中の第35回東京国際映画祭で29日、「国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 交流ラウンジ」が開催。本年度の「ワールド・フォーカス」部門で監督デビュー30周年を記念した特集が組まれている台湾のツァイ・ミンリャン監督と、『LOVE LIFE』(公開中)が第79回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された深田晃司監督が登壇した。

【写真を見る】ツァイ・ミンリャン監督と深田晃司監督には共通点がいっぱい!トークの模様をフルボリュームでおとどけ

国内外の映画人たちが語り合う「国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 交流ラウンジ」は、今年で3年目の開催。昨年まではアジアを中心とした各国・地域を代表する映画人と、日本の第一線で活躍する監督・俳優らがオンラインで対談したが、今年は海外ゲストの招へいが本格的に再開。直接顔を合わせながら、それぞれのテーマでより活発なトークが繰り広げられていく。

初長編映画『青春神話』(92)で第6回東京国際映画祭のヤングシネマ・コンペティションでブロンズ賞を受賞したツァイ・ミンリャン監督は、監督第2作『愛情萬歳』(94)では第51回ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞に輝くなど国際的に活躍。近年は短編作品やVRコンテンツを手掛けるなど、商業映画の枠にとらわれず精力的に活動している。2年前の第33回東京国際映画祭で行われたトークシリーズ「アジア交流ラウンジ」では、片桐はいりとオンラインで対談し、コロナ禍での創作活動の変化について語っていた。

■「深田さんの作品を観て、また劇映画を撮りたいと思いました」(ツァイ・ミンリャン)

ツァイ・ミンリャン「今日は深田監督にお会いできて光栄です。この対談に臨む前に深田監督の作品を3作品拝見しました。『淵に立つ』と『ほとりの朔子』と、『海を駆ける』を観たのですが、どれも本当にすばらしかったです。深田監督の映画手法、言葉の使い方は私の作品によく似ていると感じました。ここ数年、私は劇映画を撮っていません。ですが深田さんの作品を観ていたら、また劇映画を撮りたいという思いが湧いてきました」

深田「想定外のお言葉をいただきとてもうれしく思います。私は若い頃からミンリャン監督の活躍を観て参りまして、とても共感するところが多くあります。特にすばらしいと感じるのは、物語を物語るために映像も台詞も消費されていないところです。自分はフランスエリック・ロメール監督が好きで、彼の著作のなかに『台詞とはなにか。必要な台詞と本当の台詞に分かれる。必要な台詞とは物語を進めるために言わせなくてはいけない台詞で、どんな台詞でも作り手の意図にまみれてしまっている。だから本当の台詞が重要になってくるんだ』とあります。どうやったら物語のために使われる台詞を減らしていけるかを意識しているので、ミンリャン監督の作品は本当にすばらしいものだと感じています」

ツァイ・ミンリャン「私の映画はとても沈黙が多いんです。それは登場人物その人が孤独で寡黙だからです。私が映画に求めているのは感受性です。登場人物の感覚がどのように観客に伝わっていくのか。本当にこういう人が存在すると思ってもらえるような。だから作品のなかの音楽も少なくしています。音楽は人物たちが持っている心情を過度に表現してしまう。それを恐れているからです。私は自分はリアリズム作家であると思っています。

深田さんの『淵に立つ』を観た時に、登場人物がみなさん本当に存在するリアルな人たちのように思えました。夫婦関係や、家庭の状況を描くなかで、朝ごはんの食卓での人物たちの動作や喋り方がすべて非常にリアルなものでした。食事の場面というのは非常に重要で、食べ方によって人物が表現され、作品全体の雰囲気ができあがってくる。浅野忠信さんが演じる男が現れてからの空気が一変するところもうまく作り上げられており、一気に物語へと引き込まれました。とても心に響きました」

深田「とてもうれしいお言葉です。その人物のリアリティについては、やはり私一人の力ではなく俳優と一緒に作り上げたものだと思っています。ミンリャン監督も俳優と台本について話しながら作っているということを以前インタビューなどで拝見しました。私も演技とは監督のイメージを押し付けるのではなく、俳優が作っていくものだと思っていまして、いつも俳優には目の前の共演者とのコミュニケーションをお願いしています。観客のために演じるのではなく、普段他者と接するような感覚で共演者と向き合ってほしいと。みなさん意図を汲んでやってくださったからこそ、生まれたリアリティだと思います」

ツァイ・ミンリャン「私も役者との交流や、深く議論をしたりということはあまりしないんです。なにより役者との向き合い方というのは監督ごとにそれぞれのやり方があると思います。私が大事にしていることは、その人物が演じている空間。雰囲気を提供してあげることです。私の映画では台詞に頼って物語が進行するわけではないので、役者が空間とどう向き合って演じるのかが重要になっています。『愛情萬歳』の時には役者同士が打ち解けておしゃべりをしていましたが、映画のなかでは知り合って間もない場面だったので、あまり知っている雰囲気を作ってはいけないと止めたことがありました。

『淵に立つ』の筒井真理子さんについては、非常に複雑な役柄なのできっと深田監督は相当お話をされていたと思いました。心理的な変化があり、夫との関係や徐々に変化していく様は、監督が補助しなければできないのではないかと思いました。それに深田さんは馴染みの役者さんと一緒に映画を作ることが習慣となっているのだと感じました。私も同じで、お互いに知った間柄だと、言葉がなくてもお互いに求めていることや状況を把握できる。映画で一番難しいのは俳優。うまくいかないと映画にならない。深田さんはそのバランスをとても心得ていると感じました」

深田「ありがとうございます。俳優との向き合い方は、状況によっても監督によっても、または国によって違うのかもしれません。日本の場合はあまりオーディションが根付いておらず、作品について話し合う時間もなく、初めて会った俳優さん同士がいきなり長年連れ添った夫婦を演じることも起きてしまう。なるべくそうならない方がいいと思っているので、俳優さんと普段から作品について話す時間を積極的に設けています。筒井さんとも役について深く話をして、信頼した上でお任せするようにしています」

■「一作一作がとても大好きな作品だから満足している」(ツァイ・ミンリャン)

ツァイ・ミンリャン「今度は映画とマーケットの関係についてお話をしたいです。いきなりですが、深田さんの作品は日本で興行的にはどうなのでしょうか?」

深田「絶好調です!…と言うと嘘になりますが、観てほしいと思う人には届いているとは思っています。大きな規模で公開されることはなく、共感性も娯楽性も高い作品ではないと自覚しているので、興行的な広がりを見せる映画ではないです。一言で言うと、そんなに当たってはいないです(笑)」

ツァイ・ミンリャン「私も一緒です(笑)。爆発的なヒットを味わった経験というのが私にはありません。それでも自分では満足しているのです。なぜなら一作一作がとても大好きな作品だから。賞味期限が長い作品を撮っていると自負しています。『青春神話』がいまアメリカで配給されている。もしかすると深田さんも私と同じ路線を歩んでいるのではないでしょうか」

深田「それは光栄なことです。賞味期限が長い作品になってほしいという願いは私も持っています。100年先、自分が死んだ後にも観られるような作品になってほしいと常々思っています。幸いにも、実際に2008年に撮った作品がいまフランスで配給が決まりつつあって、作っておいてよかったなと最近感じたところです。細くても長く観られてほしいと思っています」

■「台湾と日本はお互いに影響を与えながら歩んでいる」(深田)

ツァイ・ミンリャン「台湾とは異なり、日本は映画の強国であると感じています。それはマーケットではなく作品性の部分でです。台湾も以前はほとんどの作品が商業映画でした。しかしほとんどが同じようなテイストの作品で観客も飽き、興行的にも失敗続き。どうやって映画を作れば儲かるのか誰もがわからない状況で現れたのがホウ・シャオシェン監督でした。その頃に戒厳令も解除され、様々な題材が許可されるようになり、エドワード・ヤン監督のような人も現れ、ヨーロッパに影響を与えるような作品も出てきた。そこから10数年ほどは台湾の映画界も輝いていました。しかし現在はまた違うものとなりつつあり、最近の台湾映画は商業的成功を狙いジャンル映画に偏りつつある。マーケットとしての賑わいは確かにありますが、以前のような輝きが失われているように感じ残念に思っています。

しかし日本の映画界には深田さんがいて、濱口竜介監督がいて、非常にうれしく思っています。深田さんのように個人の創作の道を突き進み、独特な言語表現を模索しながら活力ある映画を作るということが、映画にとって一番大事なことです。売れる映画を作るのは簡単なことです。本当の意味で想像力をもった作品を撮るのは難しい。日本は昔から黒澤明監督や小津安二郎監督、小林正樹監督に溝口健二監督、そして大島渚監督と、世界を驚かせるようなすばらしい監督を出してきた。いまも変わらずそうだと思います」

深田「いま日本の若手監督たちは経済的に厳しい状況に置かれているので、映画強国かというと難しいところがあります。ただホウ・シャオシェン監督やエドワード・ヤン監督の作品を1990年代以降観られる環境が整っていたので、おそらく濱口さんもそうだと思いますが強い影響を受けていまの日本の映画がある。台湾と日本はお互いに影響を与えながら歩んでいるように感じています。

私はそのなかでもミンリャン監督の作品に勇気をもらっています。表現するということは、こういうふうに世界が見えているのだと他者にフィードバックする作業だと思っています。ミンリャン監督の作品は想像力に対して開かれている。『愛情萬歳』のラストシーンも観客の想像力に委ねられていて、ただ共感はされがたいものでもある。でもこういう表現をしていいんだと勇気がもらえる。『河』も『青春神話』も『郊遊 ピクニック』も、ああいった作品を作ってくれたことに感謝しています」

ツァイ・ミンリャン「ありがとうございます。私たちの映画を観てくれる観客はとても大事です。いろんな場所に良い監督が存在していますが、日本は良い観客がたくさんいらっしゃると感じます。『河』をベルリンのコンペに持って行った時、日本の配給会社の方にお会いしました。その会社の配給で日本公開され、『なぜこの映画を配給しようと思ったのですか?』と訊ねたら、彼は『この映画を日本の観客に見せたいと思ったからです』と答えました。日本の配給会社には、こういう眼を持った方がいらっしゃって、様々な作品を日本の人々に見せたいと思っている方がいると感じた出来事でした。

台湾にはあまり良い配給会社がないのです。私は以前、自分でチケットを売り捌いていました。公開1ヶ月前から俳優と一緒に街に出て、1万枚のチケットを売るんです。それを劇場の人に見せて、これだけ売ったので2週間は必ず上映してくださいと説得する。そうしないと私の映画は1日で上映が終わってしまう。アジアとヨーロッパでは、観客の雰囲気がまるで違います。ヨーロッパの観客は普段から美術作品に接しているので、様々なアート映画を観る習慣がある。アジアの観客は商業的な映画を観る習慣しかない。そこで私は美術館と提携して、映画を美術館で上映しようと考えました。観客を美術館から育てていく。深田さんの参考になればと思うのですがどうでしょう?」

深田「とても参考になります。それは多様な作品に対して映画業界が開かれていくということでもあると思います。少し前にミンリャン監督のVR作品を美術館で観る機会があり、いつものミンリャン監督の作品世界に入り込む不思議な体験を味わいました。たしかにフランスでも興行の上位に入る作品は娯楽性の高い作品ですし、その状況はどこの国も同じでしょう。ただ、よくわからない外国の作品でも観てみようと思う観客の数が多いのは明らかです。私の作品は日本よりもヨーロッパの方がお客さんが入っています。それは個々の責任ではなく、フランスでは子どもの頃から芸術に触れる環境が整えられている。娯楽性の高い作品があるのは良いことだけど、それだけではない作品にも触れる機会、観られる機会を増やしていかなきゃいけない。だからこそコツコツと作りたいものを作り、お客さんを育てていくことが大事だと改めて思いました」

取材・文/久保田 和馬

第35回東京国際映画祭「交流ラウンジ」で深田晃司監督×ツァイ・ミンリャン監督の対談が実現!