米製造業の衰退が語られて久しい。

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 製造業への投資額が減少しただけでなく、人件費の高騰により世界市場で競争力を失い、インフラの劣化なども重なって多くの米製造企業は、中国をはじめとする他国に生産拠点を移した。

 国内総生産(GDP)に占める米製造業の比率をみても、1990年は17%で金融業と同率だったが、それ以降は下降線を辿りつづけ、近年は12%にまで落ちている。

 一方の金融業は逆に20%を超えてきている。

 こうした米経済の流れをみるかぎり、米製造業の先行きは暗いと思われるが、ある分野ではいま活性化の機運が生まれている。

 チタン経済――。

 この言葉が昨今、米経済で注目を集めている。

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙やフィナンシャル・タイムズ紙、またフォーチュン誌なども「チタン経済」に焦点をあてた特集記事を組み、「米経済に新たな息吹をもたらせている」と報道している。

 チタンはもちろん金属のチタニウムのことで、軽く、耐熱性に優れ、高い弾性をもち、腐食しにくい「神の金属」とさえ言われている。

 そのチタンの特性になぞらえて、米社会のなかで持続可能で、長期的な成長を望める製造企業が注目されており、そうした企業が中心となって「チタン経済」という名前が生まれたのだ。

 さらに、「シリコンバレーのハイテク企業を凌駕する収益を上げている企業もある」(ファスト・カンパニー誌)とまでいわれるようになった。

 そして米国で先週、『チタン経済(チタニウムエコノミー)』という新刊本が発売された。

 3人の著者はコンサルティング会社のマッキンゼーの現役、または前幹部で、エンジニアリングと経営のエキスパート

 これまであまり知られていなかった工業技術分野の企業に光をあてることで、投資家だけでなく従業員や地域社会に明るい未来を提供することになっている。

 そうした米製造業者はいま、海外に拠点を構える代わりに、米国の中小都市に進出し、工場を建設し、地元の労働者を雇用して新しい技術を学ばせ、よりよい給与を提供して生活を向上させる環境をつくり始めている。

 それによって質の高い生活を求める人材が集まり、新ビジネスがスタートして資本が集まり、地域社会が栄えるという好循環を期待している。

 あまり知られていないが、米国内にはチタン経済を牽引する企業が4000社ほどあると言われている。

 起業コストは比較的低額で、ロボット、AI 、クラウドコンピューター、5G(第5世代移動通信システム)などの分野を中心に、エレクトロニクス、航空、自動車、住宅、食品など約90に分類されている。

 チタン経済の支柱を担う企業はシリコンバレーニューヨークなどではなく、サウスカロライナ州やテキサス州、インディアナ州、バージニア州などに拠点を置いている。

 例えばバージニアウィンチェスター市にあるトレックス社は、高度なロボット工学を駆使して、おがくずとビニール袋を組み合わせて公園のベンチなどをはじめ、多くの商品を作ることに成功。

 製品の95%がリサイクル材でできており、毎年約1億8000万キロの廃材を埋立地から再利用している。

 同社が創業したのは1996年で、着々と業績を伸ばし、昨年の売上は約12億ドル(約1750億円)。

 フォーチュン誌は2020年、トレックス社を全米で急成長した100社の中の1社に挙げた。同社の株価も過去10年で5000%以上も上昇している。

 さらにフロリダ州ニューポートリッチー市に本社を置く業務用厨房機器メーカー、ウェルビルト社の業務内容も興味深い。

 2018年、新社長が就任すると、顧客が使いやすい単一のデジタル・インターフェースを使って、同社の全製品を遠隔で監視・制御できるようにするというアイデアを発案。

 大規模なレストランなどでは、各機器の温度を監視するのに多大な時間を費やすため、3年の年月をかけて、デジタル・インターフェースを開発し、生産性、安全性、そして企業業績を向上をさせることに成功した。

 またノースカロライナ州シャーロット市にあるシールドエアー社は、食品廃棄物を削減する革新的な方法を開発。

 また「フローコントロール」の世界的リーダーであるグラコ社は流体管理製品を提供しており、いずれもチタン経済の担い手として業績を上げている。

 同著の筆者は米製造業は落日を迎えているわけではなく、実態はむしろ逆で、産業技術は「より良く、より速く、より強く」なっており、伸長の途上にあるという。

 さらに、チタン経済の地理的な中心地は一つではなく、大都市の周辺に多く存在している。技術系大学や冷戦時代の製造拠点に隣接している場所に設立されることもある。

 ノースロップ・グラマン社のキャシー・ワーデン社長はチタン経済についてこう述べている。

「先端技術が我々の世界にもたらす途方もない可能性を示しています」

「この分野は顧客、地域社会、従業員、利害関係者の関係を再定義する千載一遇の機会を提供しているのです。ハイテクを駆使したビジネスには米経済の未来を築くための新たな機会があります」

 チタン経済を担う米企業の多くは中小の範疇に入り、携帯電話や宝飾品、スポーツ用品や工業器具などを作っている企業である。

 こうした企業にいま光があたり、成功を収め始めている理由は研究開発や研修、長期的な生産性向上に向けて資金を投資しているためで、株式を公開している企業の約2倍の資金を投じていることがわかっている。

 それは「良好な株と良好な企業」は同一ではないということでもある。

 最新の産業技術に投資し、地域のサプライチェーンを使って迅速に革新を図り、適切にリスク管理をすることにもつながる。

 同著の著者3人は「より高度な技術や製造プロセスが普及すれば、より多くの雇用が米国に戻ってくるはず」と述べる。

 さらにチタン経済の中にいる企業給与は、サービス業に従事する人たちの2倍以上(年収3万ドル対6万3000ドル)との数字も出ている。

 これからの社会はデジタル一辺倒ではなく、製造業が重要な成長エンジンになる可能性がある。それがチタン経済なのかもしれない。

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チタンは軽くて強く人体への影響もないことから、航空機や自動車、自転車、ゴルフクラブ、宝飾品、インプラントなど様々な分野で使われている