ニコラス・ケイジの主演作『PIG/ピッグ』が東京の新宿シネマカリテほかにて順次公開中だ。個性的なラインナップで人気の映画祭「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2022」で絶賛された本作は、本国でもインディペンデントスピリット賞、シカゴ映画批評家協会賞ほか多くの賞に輝いた話題作。山で暮らす孤独な男が盗まれたブタを奪還するため突っ走る異色のサスペンス映画である。

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31歳の時に『リービング・ラスベガス』(95)で第68回アカデミー賞主演男優賞に輝くなど、早くから演技派として高い人気を誇っていたケイジだが、女性や金銭問題などスキャンダルにも事欠かないお騒がせセレブとしての一面も。しだいに本業も低迷気味になり、近年はB級映画が主戦場になっている。そんななかで公開された『PIG/ピッグ』は批評家から高い評価を獲得しただけでなく、かつて頂点を極めた世捨て人という設定がケイジ本人と重なることでも注目を浴びた。

■若くして演技派としての実力を示し、ハリウッド大作にも立て続けに主演!

まずはケイジのキャリアを振り返ってみたい。1964年に米国カリフォルニア州で生まれ、両親は大学教授とバレエダンサー、叔父は巨匠フランシス・コッポラという良家に生まれ、10代半ばより俳優を志向。本名ニコラス・コッポラとしてコッポラ監督の『ランブルフィッシュ』(83)などに出演するが、“七光り”を嫌ってすぐにニコラス・ケイジに改名した。ちなみにその名はマーベルのヒーロー、ルーク・ケイジ(パワーマン)からの命名で、コミックコレクターとしても知られるケイジらしいチョイスである。

その後は順調に出演作を重ね、第45回ゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされた『月の輝く夜に』(87)やデヴィッド・リンチ監督作『ワイルド・アット・ハート』(90)のころから日本でもファンが急増。前述の『リービング・ラスベガス』でのオスカー受賞もあり、ハリウッドでの地位を確立していった。

ザ・ロック』(96)を皮切りに大作にも進出し、『コン・エアー』(97)や『フェイス/オフ』(97)、「ナショナル・トレジャー」シリーズなど次々にアクション映画に主演。2004年と07年には映画スターの人気の指標とされるマネーメイキングスターでトップ10入りを果たしている。俳優業だけでなく製作会社サターン・フィルムズを設立、プロデューサー業に加え、『SONNY ソニー』(02)では監督を務めるなど多才ぶりを発揮した。

■度重なる結婚と離婚を繰り返し、B級映画にも次々と出演するように

順調にキャリアを伸ばす一方、私生活では女優のパトリシアアークエットや歌手リサ・マリー・プレスリーらと4度の結婚と離婚を繰り返し、妻へのDV容疑などで逮捕されると、4人目の妻でメイクアーティストのエリカ・コイケとは結婚から4日で無効申請を出して話題を呼んだ。さらに、収集欲が強く高級車から豪邸、城など欲しいものはなんでも買ってしまうため、高額な出演料を手にしながらも税金すら滞納する困窮状態に陥った。2010年代以降、アクションやスリラーを中心に安手の映画に積極的に出演する姿からも厳しいお財布事情がうかがえる。

ただし、打倒オサマ・ビンラディンを掲げ旅立つトンデモ野郎を描いた『オレの獲物はビンラディン』(16)、H・P・ラヴクラフト原作のコズミックホラー『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』(19)ほか、B級枠ながら出演作にはフックの効いた作品が少なくない。そんな眼識に加え、どんな映画でも手抜きのない演技を見せる役者馬鹿な姿勢はファンにとってもうれしい限りだった。

■奪われたブタを追う世捨て人役が紆余曲折のキャリアともリンク

そんなケイジにとって起死回生というべき作品が、製作・主演を兼ねた『PIG/ピッグ』である。オレゴンの山奥にこもり稀少なトリュフ狩りをしている元シェフのロブ(ケイジ)は、押し入ってきた2人組にトリュフ探しのブタを連れ去られてしまう。唯一の“家族”でもある愛ブタを奪われ激昂したロブは15年ぶりに下山。トリュフのバイヤーであるアミール(アレックスウルフ)を巻き込んで捜索を開始する。

「慟哭のリベンジスリラー」というキャッチが踊る本作をひと言で説明するなら、ブタ捜しを通してロブの素顔を解き明かしていく物語。裏社会の顔役から有名レストラン、小さなパン屋さんまで昔のツテを訪ね歩くなか、料理を極めた男がなぜすべてを捨てて山にこもったのか、どうしてブタを取り戻すことにこだわるのかが明かされていく。激しい見せ場もあるが、惨殺された妻の復讐を描いた『マンディ 地獄のロード・ウォリアー(17)のようなバイオレンス系とは一線を画す、孤独な男の真摯な生き様に心打たれる作品に仕上がった。

そんな本作を支えているのがケイジの演技だ。不機嫌そうな表情で言葉少ないロブが時折見せる慈しみや悲しみ、哀れみの表情やセリフ回しで彼の人となりを伝える表現力は、演技派の面目躍如。街から姿を消したあとも至高のトリュフを獲ることで人知れず街の食を支え続けるロブの存在も、B級映画にも正面から向き合い続けるケイジ自身と重ってファンならグッとくるはずだ。

■演技を超えたリアリティを感じさせる子どもとの向き合い方

本作はブタ捜しの過程でもう一つのドラマが生まれていく。それがロブとアミールの関係だ。街の大物である父親から疎まれているアミールは、自分だけの力で成功をつかもうと必死な意識高い系。ロブを「トリュフ獲りだけが取り柄の老いぼれ」扱いしていたが、彼と深く関わるなかでしだいに尊敬の念を抱いていく。当初ギスギスしていた2人の関係が変わりゆく様も見どころで、ロブがアミールにとびきりの贈り物をするクライマックスは“慟哭”のコピーに恥じない盛り上がりとなっていく。

振り返れば娘と共に自警活動に精を出す『キックアス』(10)や誘拐された娘を追う『ゲットバック』(12)など、ケイジにとって子ども思いの父親はハマリ役。困ったような表情がトレードマークの彼は、リーアム・ニーソンやウィル・スミスなど自信ありげな面持ちのスターと違って親近感もハンパない。私生活でも2人の息子の父親で、アルコールやドラッグに溺れた長男のロック歌手ウェストン・ケイジをリハビリ施設に入るよう促したという逸話もあるだけに、問題児を持つ父役は演技を超えたリアリティを持つのだろう。

2021年には31歳年下の若手女優、芝田璃子と5度目の結婚をしたケイジ。今年の9月、58歳にして初の女の子である3人目の子どもを授かった彼にとって2020年代は新たな船出となるはず。『PIG/ピッグ』で幸先のよいスタートを切った“アラ還”ケイジはどんな飛躍を見せるのか、これからの活躍が楽しみだ。

文/神武団四郎

キャリアも私生活も好調なニコラス・ケイジ!これからのさらなる活躍にも期待/[c]Everett Collection /AFLO