一時1990年以来の150円超えとなるなど歴史的な米ドル高・円安が展開するなか、日本の通貨当局は9月から10年以上ぶりに為替介入を行いました。この「円買い介入」について、日銀が金融緩和を続けるなかでは効果が薄いのではないかなどと否定的な見方も少なくありません。しかし、この介入が「副次的な成果」をもたらしていると、マネックス証券・チーフFXコンサルタントの吉田恒氏はいいます。詳しくみていきましょう。

これまでの円売り介入で得た「巨額の含み益」を利確

財務省1991年4月以降の為替介入の実績を公表しています。それによると、これまで為替介入は累計で約85兆円行われています。そのうち9割以上の約80兆円は円高阻止のための「円売り・外貨買い介入」でした。

図表1]は、米ドル/円に円売り、円買いの為替介入を始めたタイミングを重ねたものです。これをみると、基本的には1米ドル=120円を境に、それより円安水準で円買い(米ドルなどの外貨売り)介入が行われ、120円より円高の水準で円売り(米ドルなどの外貨買い)介入が行われてきたことがわかります。

また、1991年以降累計で約80兆円行われた円売り介入は、大半が120円より円高(外貨安)局面で行われたもので、それによって取得した外貨(その大半は米ドルになりますが)は75~120円程度で購入したということが考えられます。米ドルの平均取得コストは100円程度ではないかとの試算もあります。

100円で購入した米ドルなどの外貨が約80兆円あり、それが今回の歴史的な円安で140円以上と4割以上も上昇したわけですから、大雑把にみても為替相場の値上がりによる含み益は30兆円以上に拡大している可能性があります。その意味では、米ドル売り介入は「含み益」の実現化ということになるでしょう。

もちろん、今回の米ドル売り・円買い介入の目的は、行き過ぎた米ドル高・円安に歯止めをかけることであり、為替含み益の実現が主な目的というわけではないでしょう。為替含み益実現化は、あくまで円安阻止政策の副次的成果です。

それにしても、為替介入の原資は基本的には税金ですから、それで利益を出す行為が悪いということはないはずです。

資金枯渇の可能性はある?…「中曽根ボンド」の教訓

今回のような円安阻止の円買い介入局面で注目されるのは、外貨売り介入の原資となる外貨保有が有限のため、介入資金の枯渇などが懸念されるのではないかということ。しかし、介入体制の補強策がないわけではなさそうです[図表2参照]。

1973年変動相場制度移行後、日本の通貨当局による外貨売り介入資金が枯渇したということはありませんでした。

ただ、外貨売り介入資金の強化策が検討されたことは少なくとも1度ありました。1980年代前半、外貨建て債券を発行することで外貨資金の調達を検討したケースです。この外貨建て債券は、当時の総理大臣の名前から通称「中曽根ボンド」と呼ばれました。

当時の米ドル高・円安の始まりも今回と似ており、米国が本格的なインフレに陥ったことをきっかけに大幅利上げを継続し、それに連れる形で米ドル高・円安が広がったという流れでした。

1980年までの民主党カーター政権は日米協調介入に出動するなど、行き過ぎた米ドル高・円安歯止めに協力的な態度をとりましたが、状況が変化したのは、1981年から共和党レーガン政権に交代したことが大きかったようです。

レーガン政権は、米ドル高放置の不介入政策をとり、これは、「ビナインネグレクト(優雅なる黙認)」と呼ばれました。こうして米ドル高・円安は長期化し、日米の貿易不均衡は急拡大に向かったのでした。

当時日米政府間では、経済問題を協議する「日米円ドル委員会」という会合が開かれていました。その関係者の1人は、「米国側から対外不均衡拡大を止めるべく、日本政府に対して外貨建て債券発行を検討するよう要請があった」と述べています。

そういった経緯からその後立場が逆転し、1995年、止まらない米ドル安・円高が問題になった際には、日本政府から米政府へ非公式ながら米ドル安を止めるために外貨建て債券(当時の米大統領の名前からとった「クリントンボンド」)発行に伴う外貨資金の調達が要請されたこともあったようです。

とはいえ、日本の外貨売り介入の原資となる外貨準備は1兆米ドル以上あることから、外貨資金の枯渇懸念はまだまだ非現実的と考えられます。

ただ、今回の円安局面に限らず、将来的に円防衛策が現実味を増した場合、外貨売り介入強化策としてまず注目されるのは、外貨建て債券発行策でしょう。仮に岸田政権においてそれが検討されるなら、「岸田ボンド」発行ということになります。

吉田 恒

マネックス証券

チーフ・FXコンサルタントマネックス・ユニバーシティFX学長

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