患者の身体や命、その後の人生を大きく左右する医療現場において、安心・安全の徹底は必要不可欠です。日々さまざまな対策が講じられていますが、完全に防ぐことが難しい「医療事故」。「医療事故」が起こる原因と、それらを防ぐための「医療安全」という専門分野について、「医療安全管理」の第一人者であり「医療コンフリクト」に関する講演・研修、嘱託産業医などで活躍する永井弥生ドクターが解説します。

2つのタイプの「医療事故」

「医療事故」には、エラー(ミス、過失)が原因のものと、クオリティ(質)の問題であるものの2種類があります。「医療事故」の詳細を調査するにあたり、人的エラーのある・なしの判別は分かりやすいものであり、病院側も速やかにミスと認めて謝罪し対応します。

ですが、後者のクオリティ(質)に問題があった場合――「診断が誤っていた」「治療にミスはなかったが、結果は伴わなかった」などですが、これはすぐには病院が責任を負うべきレベルの問題があったのかどうか、判断し難いこともあります。

結果が悪かったときには振り返って検討するわけですが、人は自らの行動を振り返った場合、あのときはこうすればよかった、ということはよくあるものです。医療においてもその時点ではこう考えた、最善を尽くしたが結果が悪かった、ということは起こりえます。

「求められる水準」という表現をされることがあります。その時点で選択したことが妥当だったか? 客観的にみて(第三者からみて)やむを得ない判断がなされていたか? などを確認していく必要があります。

公正な調査のために

「医療事故」には様々なケースがありますが、「エラー(ミス、過失)が起きた」「予測外のトラブルが起こった」「(エラーはないが)結果が伴わなかった」というときにはただちに調査を行います。直接的に問題を引き起こした「出来事」だけに焦点を絞らず、背景にひそむ問題を掘り起こせるよう広い視野をもち、ときに外部の方による客観的な視点も交えて調査していく必要があります。

調査委員会の形式は、病院内の確認だけで判断する場合、外部の方にも入っていただいて正式な調査を行う場合、外部の方だけで行う場合など様々です。

私が関わった「医療事故」は外部の方のみで調査委員会をつくりました。医療現場のみでなく、病院関係者は委員会のメンバーにはなりませんが、資料をそろえたり、依頼されたデータをまとめたりと、やることは山のようにあります。

まず、調査で行うのは事実の確認です。ありとあらゆる資料を確認します。患者さんのカルテだけでなく、病院の体制、手術であれば手術室の状況や関わる他部署の状況など、その背景まで広く確認していきます。また、調査のために患者さんやご家族にお話をうかがうこともあります。

事実の確認が出来たら、次は、それに対する評価をしていきます。何が、どのように、問題だったのか? 客観的に分析し、さらに事故の再発防止につなげるのが調査の目的です。

「病院関係者も調査に加わっているのならば、公正な評価とは言えないのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、調査委員会メンバーに病院外部の方が入っていれば、第三者視点の意見が得られます。

一般的に、外部の方のみの調査委員会による調査は、必要と考えられる大きな事故のときに行われます。多くのケースでは、病院内のメンバーで検討したり、外部委員として数名の派遣を依頼して実施されます。

ここでは詳しくは述べませんが、死亡事故のみが対象となる「『医療事故』調査制度」という制度があります。この制度に則る場合には、病院内のメンバーに外部の委員が加わって行うというスタイルが基本になります。

医療者との対話をつなぐ

こういった調査結果を経て、どのように対応するかを病院で判断していきます。調査の結果から、病院として問題が大きいと判断すれば、その責任を認めて賠償することもあります。これはやむを得なかったと判断することもあります。

病院側の調査結果に、患者さん側が「納得できない」ということもあるかもしれません。また、「そんな調査を待ってはいられない」「信用できない」と弁護士に相談して、医療訴訟へと進まれる方もいらっしゃるかもしれません。

医療訴訟や裁判が悪いということはないですが、裁判では、患者さんの治療プロセスにおいて「この部分が問題だ」というところに焦点を当てて判断されます。患者さんやご家族は「きちんと話を聞きたい」「真実を知りたい」との思いを言われますが、裁判では医療者との対話ができなくなってしまうこともあります。

伝えきれない思いがある

病院に対する不満を聞くことがあります。

なかには「父親が急死して、その時の説明や対応には全然納得していない。でも、どうしようもないのであきらめた」「病院に話を聞きたいと言ってもいつまでも返事がない。ようやく出てきたのは担当医ではなく、こちらが聞きたいことを何も知らない医師だった」「話はしたけれど『予測できないことだった』と言われて一方的に話を終わらせられた。納得できない」などです。深刻なお話をお伺いすることもありました。

私が医療安全管理者として対応した、手術後に亡くなられてしまった患者さんのご家族のなかにも「本当は訴えたかったけど、あきらめた」という方もいらっしゃいました。納得できずやりきれない気持ちを、何年も抱えていらっしゃる方も多かったです。

一方で、「よく診てもらって感謝しています」という方もいらっしゃいました。治療を開始する前から築かれた信頼関係が、このようなご家族の想いに繋がっていきます。

患者側と医療者の信頼関係が何より大切

医療安全は「患者安全」とも言われます。「お名前を名乗ってください」と病院で何度も言われるのも、患者さんの取り間違いを防ぐために必要な病院のルールです。

ですが、システムを整えても限界があるのです。覚えきれないルールで縛られても、医療現場の負担が増すばかりでルールが形骸化してしまうからです。効果的かつ習慣化されやすいルールを選別するなど、工夫が必要になります。

さらに患者さんの協力もとても大事です。「自分のことを自分でしっかり確認する」ということはご自身を守ることに繋がります。

検査や手術などの治療をする際には、事前に予測できるリスクについて必ず説明をしています。「しているのだから仕方がない」ということではなく、それでも予測し得ないこと、それ以上のことも起こり得るのが医療の不確実性です。

「医療の専門用語は説明されても分からない」「お任せせざるを得ない」と言われる方もいらっしゃいますが、少しでも分かろうという努力と納得できなければ何度でも聞くという対話力も大事です。

死亡率1%と言われても自分には起こらないと感じてしまうことがほとんどでしょう。1%というのは医療者にとっては十分に起こり得る頻度と認識しています。

医療者と患者さんでは同じ言葉を共有していても、認識にズレが生じています。もちろん、医療者もそれらを考慮したうえで、分かり易い言葉で丁寧に話すということが必要です。

こういった「認知のズレ」は医療現場のみならず、日常的にあらゆる場面で生じてしまうものです。「相手は自分と同じようには理解していないかもしれない」という食い違いが生じる可能性を認識しておくのも有効でしょう。

大事なのは、事前に築きあげていく信頼関係です。

医療者も、「信頼してもらえていない」「理解されていない」という状態では、リスクを伴う治療を行いたくありません。患者さん側も治療の必要性やリスクを理解したうえで「この医療者に任せたい」と心に決める、納得したうえで治療に踏み切る、といった「患者力」が必要です。

様々な場面で必要な「コンフリクトマネジメント」

実は医療現場に必須のマネジメントがもうひとつあります。いわゆる医療紛争などの対応を含む「コンフリクトマネジメント」と呼ばれるものです。

「コンフリクト」とは紛争、対立など、表に噴出している怒りだけでなく、胸の中にある不安、不満、葛藤などの感情も含みます。苦情・クレームは医療現場だけでなく、様々なところで相対することがあるので「コンフリクトマネジメント」の理論は往々にして役立ちます。

「傾聴する」「そのままの相手を認める」「一歩引いて全体を見渡す」「その言葉の奥にある本当の想いを知る」といった対話の過程を経て、当初求めていたものとはまったく異なる問題解決方法や、納得の結果を得るにいたることもあります。冷静に受け止める、周囲や自分自身を客観的に見渡す力が必要です。

このマネジメントは「医療事故」対応だけでなく、不安を抱える患者さんへの日常の対応にも役立ちます。医療は命に直結する、不安などの感情を伴いやすいといった特殊性があります。感情が表出しやすい場面が多くなりがちであり、その対応を学んでおくことは重要です。

患者さんやご家族にどのように対応していくかで、信頼関係が損なわれてしまうこともあります。また、医療者側も、「そういった対応に慣れていない」「どう対応してよいかわからない」「毎日一生懸命対応して、どんどん自分が疲れてしまう」ということも少なくありません。

トラブルメーカー、モンスターペイシェントと言いたくなる患者さんも時にはいるのは確かです。そういった方の対応に医療者は疲弊します。こうした場面では、組織として毅然と対応する力も求められるのです。

「5つの患者力」で自分の身を守ろう

大きな事故対応をたくさん行ってきて、様々なことが日常の小さな出来事からつながっているということを感じます。事故調査での大きな問題に対する「医療安全管理」の「事実をきちんと確認して評価し、再発防止につなげる」という基本は、大きな事故でなくとも応用できます。

目的は、患者さんが安心して一番安全な体制で治療を受けられることですが、そのためには医療者が安心・安全であることも必要です。

医療者が間違いのないように、より良い医療を提供するように努めるのはもちろんですが、良好な医療者と患者の関係をつくるためには両者の力が必要です。

「5つの患者力」(備える力、客観視する力、対話する力、自己責任力、生きる力・死ぬ力)を持つことが、医療をよりよく利用することにつながります。

永井 弥生 オフィス風の道 代表 皮膚科医・産業医・医療コンフリクトマネージャー・医学博士

(※写真はイメージです/PIXTA)