北朝鮮が日本に電磁パルス攻撃をしかけたタイミングで、中国が台湾に侵攻する恐れがあります。すでにそのリスクは高まっているのかもしれません。その最悪のシナリオはどのように行われるのでしょうか。元・陸上自衛隊東部方面総監の渡部悦和氏が著書『日本はすでに戦時下にある すべての領域が戦場になる「全領域戦」のリアル』(ワニプラス)で解説します。

EMP攻撃で日本は存続の危機に瀕する

東京上空で核爆発を引き起こす

プライ博士は、報告書「核EMP攻撃シナリオと諸兵種連合サイバー戦」で、中国や北朝鮮によるEMP攻撃シナリオを発表しているが、ここでは、北朝鮮の日本に対するEMP攻撃シナリオを紹介する。

このシナリオでは、北朝鮮は東京の上空96㎞の高高度で核兵器を爆発させる。EMP影響圏は、日本の首都から半径1080㎞に及び、日本の主要な島々すべてをカバーする。

この場合、日本の主要な軍事基地や港湾のほとんどすべてがEMP影響圏のなかに入っており、それらは機能しなくなる。交通管制センターやシステムが損傷し、停電により航空と鉄道の交通が停止する。高速道路は停車中の車両で渋滞する。通信システムも損傷または破壊されるか、停電の影響を受ける。

さらに悪いことに、日本の人口1億2600万人が、水や食糧が都市に入らなくなるため、危機に瀕する。

EMPによって工場災害が至る所で発生し、ガスパイプラインは爆発し、都市は火の海になる。製油所や化学プラントも爆発し、有毒なガスを放出する。日本政府は福島の経験から、全国的な停電が長引くと、数日以内に原子力発電所の原子炉が非常用電源を使い果たして爆発し、国土を放射能で汚染することを知っている。

EMP攻撃により日本の重要なインフラは麻痺する。日本は存続の危機に瀕する。

さらに最初の核爆発によるEMPの影響圏は、釜山港を含む、韓国の東半分もカバーしている。すべての韓国東部沿岸港および東半分のすべての軍事基地と飛行場は、EMPの影響を受ける。

■EMP影響圏は北朝鮮には及ばない

EMP影響圏に覆われていないのは、首都ソウルを含む韓国の西半分と、ソウル南部とその周辺から放射状に広がる主要な高速道路システムであり、北朝鮮にとっては最良の侵攻ルートになる。EMPの影響を受けて停止した交通がEMP影響圏外のソウルまたはその近辺の高速道路ブロックすることはないからだ。

非武装地帯(DMZ)を警備する米国および韓国の軍隊は、EMP影響圏の外側に位置する。

しかし、EMP攻撃は韓国全体で電力網の障害を引き起こす。したがって、DMZを警備する米軍と韓国軍は、停電の影響を受けて、韓国軍基地または海外からの同盟軍の通信、輸送、食糧・水・その他の補給品の補給、増援を受けられない。

つまり、EMP攻撃は北朝鮮が韓国を征服するための理想的な条件を作りだすのだ。

■中国による台湾と米国の空母打撃群に対するEMP攻撃シナリオ

中国にはEMP攻撃を可能にする、陸上および海上から発射できる多様な核ミサイルがある。中国の軍事に関する文書と訓練を分析すると、台湾と米国の空母へのEMP攻撃の可能性はあると評価せざるを得ない。中国は、EMP攻撃と一致する軌道で、核搭載ミサイルを台湾周辺海域に発射する軍事演習を頻繁におこなってきた。中国やその他の公開情報は、中国にはスーパーEMP兵器があると主張している。

台湾を攻撃する唯一の攻撃オプション

■中国は米国の空母打撃群に対しEMP攻撃をおこなう

このシナリオでは、中国は台湾の救助のために航行する米国の空母打撃群に対してEMP攻撃をおこなう。

中国共産党は、台湾による公式的な独立宣言や「統一は絶対認めない」という声明は、戦争の原因になると警告している。中国は、長年にわたり台湾とその周辺の島々にミサイルと砲弾を発射して、台湾の事実上の独立に対する中国当局の強い阻止の姿勢を示してきた。

台湾は、中国にとっての地政学的価値が非常に高く、中国が台湾を占領すると、南シナ海と東シナ海が中国の海になる。そうなれば、中国は南シナ海、東シナ海、そして第一列島線を越えて太平洋方面に空軍と海軍を派遣するであろう。これは、中国の防衛境界線を太平洋方向に遠く押し出すことになり、台湾は周辺地域を支配する不沈空母となるであろう。

また、台湾は欧州と中東から日本、韓国、オーストラリア、南北アメリカへの重要な海上貿易と石油供給ルートを妨害する拠点となる。

中国は、台湾と対面する本土にミサイル、空軍、地上軍、海軍を集結させ、侵攻作戦と模擬した訓練を実施している。大多数の軍事アナリストは、空軍を含む台湾の武力がある程度強いため、中国が台湾海峡を越えた本格攻撃をおこなうためには、最初に台湾の防衛力を削減することが重要であると主張している。

その意味で、EMPは、米国の空母と台湾に中国が勝つための鍵である。例えば、上海共産党中央委員会の公式新聞は、現代の空母の弱点を次のように報じている。  

①艦隊は大きな目標であり、衛星が偵察して位置を特定し、ミサイルで飽和攻撃(防御側の対抗手段を上回る多数のミサイルで攻撃すること)をおこなうのは簡単だ。

②空母機動艦隊のアキレス腱は高度なデジタル化であり、中枢神経系として電子機器に大きく依存している。

これらふたつの特性から、EMP攻撃という戦術を採用することになるが、EMPは以下の特性を備えている。

  ①爆発によって引き起こされる強いEMPは、重要な集積回路とチップをすべて破壊する可能性がある。したがって、空母とその周りの艦艇、艦艇に搭載されたミサイルと航空機のレーダーや通信を麻痺させる。

②破壊と効果的な影響の範囲は広く、数十㎞に達する。

③電子機器などは外見上の被害がないが、損傷している。

④EMP爆弾は、空母に命中する必要はなく、空母の周囲数十㎞以内で爆発すればいい。EMP爆弾が首尾よく爆発する限り、空母は麻痺する。

⑤空母の中枢神経系が麻痺すれば、質的に劣った艦艇や航空機でも空母を目標として狙うことができ、相互の戦闘力のバランスを根底から変えることができる。EMP爆弾を所有することで、空母艦隊を完全に破壊するための条件と、米軍に対する勝利をおさめる条件が提供される。

「中国の電磁パルス攻撃と防衛」と題された台湾国防大学での説明会において、「中国は、米国でスパイを使い、ロシアの技術コンサルタントを雇い、爆縮技術を使用したミニ爆弾の製造に成功した。解放軍はキロトン級のEMP爆弾を配備している。EMP攻撃シナリオは、戦争の最初の麻痺打撃をおこない、解放軍が台湾を攻撃する道を開くための唯一の攻撃オプションである」

と報告された。

EMP攻撃は「核攻撃ではない」という主張

このシナリオでは、中国は、台湾を守るために接近している米国の空母打撃群を中心に30㎞の爆発高度で核兵器を爆発させる。EMP影響圏は半径600㎞に及び、台湾全体をカバーする。ピークのEMP影響圏は、米国の空母打撃群を覆い尽くす。空母打撃群は、EMP効果に対して部分的にしか防護されていない。

一方、EMP影響圏は中国にまで及んでいないので、攻撃作戦と侵略を遂行する解放軍は影響を受けない。

EMP攻撃の結果として、台湾の電力網などの重要なインフラ(通信、輸送、食糧、水)は長引く停電の影響を受ける。台湾の軍事通信の一部はEMP攻撃から保護されていると伝えられているが、その軍事力のほとんどはEMPに対する防護が強化されていない。航空機、戦車、大砲、トラック、兵站列車は機能しなくなる。

別のシナリオはより野心的で、米国の空母打撃群または東アジアにEMP攻撃を集中させるというものだ。185㎞の高高度で核兵器を爆発させると、半径1500㎞のEMP影響圏が生成される。これは、台湾の全域、フィリピン全域、米国領土とグアムの海軍基地を含む太平洋側から台湾への侵入をカバーするのに十分だ。

このEMP攻撃は、南シナ海に対する中国政府の主張に反対しているフィリピングアムに拠点を置く米軍に影響を及ぼす。中国が太平洋で米国の空母打撃群の位置を正確に特定できない場合、より大きなEMP影響圏がその問題を解決し、米国政府の介入に警告を発する、より大きなメッセージを送ることになる。

EMP攻撃で厄介なのは「高高度で核爆発をおこなうために、地上で人体に有害な影響は発生しない。だから核攻撃ではない」という中国やロシアの主張だ。彼らがEMP攻撃をおこなうハードルは高くないと覚悟すべきであろう。

渡部 悦和 前・富士通システム統合研究所安全保障研究所長 元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー 元陸上自衛隊東部方面総監

(※写真はイメージです/PIXTA)