
今年4月、北海道の最北端3市町(稚内市、豊富町、天塩町)に『機動戦士ガンダム』のイラストマンホールが設置された。絵柄は各市町に《ガンダム》と《ドム》が1種ずつ、計6枚だ。
ドムは、地球連邦軍が戦う敵・ジオン軍のモビルスーツで、「黒い三連星」と呼ばれる3機のチームで登場する。ガンダムへの攻撃名「ジェット・ストリーム・アタック」は、3機が直列に並び時間差攻撃を仕掛けるもので、ガンダム戦闘シーンの中でも名場面のひとつとされる。
しかし、ジオン軍のモビルスーツで最も有名なのは、《ザク》だ。赤色のザクを表す「シャア専用」という言葉は、放送から43年経った今夏、マクドナルドのコラボメニュー名に使われたほどだ。
このマンホール誘致を主導したのは、人口約3,700人の豊富町(とよとみちょう)役場の職員だという。令和の世になぜ、昭和ガンダムなのか。絵柄はなぜ、有名なザクではなくドムが選ばれたのか。謎を解くため、豊富町に向かった。(全3回の1回目/2回目を読む)
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町で2作品目となる「アニメ系マンホール」山形 はるばる豊富町までお越しいただきありがとうございます。豊富町建設課・上下水道係の山形です。今日は町長もおりますので、同席いたします。
河田 豊富町をぜひ全国に宣伝してください。
──町長まで……恐縮です! まず、山形さんは豊富町のマンホール担当、なのでしょうか?
山形 はい。私は上下水道係として、飲み水などの上水道、そして下水道の両方を担当しています。
業務のひとつにマンホールの点検や下水道普及のための広報周知があり、これまでにも下水道普及啓発と観光振興を目的に、マンホールカードを発行するなどの事業展開をしています。
──なるほど。その一環で、ガンダムマンホールを設置したんですね。
山形 はい。アニメ関係のマンホールは、2019年のポケふた(ポケモンのマンホール)設置以来で、これが2作品目となります。
20代の担当者が、なぜ昭和ガンダム?──ガンダムは歴史が長いですが、今回マンホールに描かれたガンダムとドムは、1979年放映のシリーズ第1作『機動戦士ガンダム』に登場するモビルスーツです。
でも山形さん、お見受けした感じでは、お若い……ですよね?
山形 私は1992年生まれで、今29歳です。
山形 初めて見たのは、再放送でやっていた『機動武闘伝Gガンダム』です。中でも、マスターガンダムに惚れ込みました。
──主人公の師匠、東方不敗マスター・アジアが乗るガンダムですね。漢詩を吟じつつ拳を交える挨拶は、なかなかインパクトがありました。
山形 はい。そこからゲームをやったり、ガンプラもつくりましたし、さらにアニマックスで再放送していた初代ガンダムを見たり……という流れで、ガンダムにはひと通り親しんでいました。
──そうでしたか。ガンダムマンホールの告知チラシを見ると、「北海道Nフィールド」や「ジェット・ストリーム・アタック作戦!!」など、初代ガンダムファンをくすぐる言葉が多いので、てっきり昭和世代かと。
山形 初代ガンダムにはもっと熱いファンの方々が大勢いらっしゃるので、自分はまだ及ばないと思っています。
ただ、ガンダムシリーズは非常に有名なコンテンツなので、マンホールの話を知ったときは、町職員として「これは絶対に乗っかるチャンスだ!」と思いました。
応募した翌日、役場の電話が鳴った──そのいきさつを教えてください。
山形 昨年の夏、町内の業者さんとの雑談で「ガンダムマンホールの設置自治体を募集しているらしい」と聞きまして。
調べてみると、その時すでにプロジェクト第1弾として、原作者・富野由悠季さん出身地の神奈川県小田原市に、2枚(ガンダムとシャア専用ズゴック)のマンホールが寄贈されていたんです。
──では、小田原に続く第2弾の場所として、豊富町が選ばれたんですね。さぞかし高倍率の激戦を勝ち抜いたのでは……。
山形 それがですね、私がバンダイナムコグループ(以下、バンダイナムコ)に問い合わせた翌日ぐらいに、先方からお電話をいただきまして。
「このプロジェクトは立ち上げたばかりで、詳細はまだ決まっていない。ぜひ一緒につくっていきませんか」とおっしゃるんですよ。
──では、第2弾の応募は豊富町だけだった? 今はプロジェクト公式サイトに「応募多数のため新規募集は一時停止」とありますが。
山形 私が問い合わせた昨年夏の時点では、そのようで……ラッキーだったと思います。それで、さっそく先方と打ち合わせの運びとなりました。
ゼロからスタートした豊富町とガンダムの「つながり」──第1弾の小田原とガンダムは、「富野監督の出身地」というつながりがありますが、豊富町とガンダムのつながりは?
山形 それがですね、正直なところ、コレというものはないんです。観光的にも。
──豊富町の観光物産というと、豊富温泉と牛乳とサロベツ湿原ですよね。
山形 ええ。ポケふたの場合、豊富町の絵柄になったポケモンは、北海道らしい《アローラロコン》とちちうしポケモンの《ミルタンク》なので、町と関連づいているんですよ。
──でも、初代ガンダムには雪も牛も登場しませんね。
山形 そうなんです。ですから、バンダイナムコさんからご連絡をいただいたときは、小躍りしたい気分でしたが、「豊富町とガンダム」のつながりをどうプレゼンすればよいか。これは非常に悩みました。
プレゼン次第では企画自体が白紙に──プレゼンの反応によっては、このプロジェクト自体が消えてしまうと?
山形 ええ。私たちはマンホールを寄贈される側なので、もしバンダイナムコさんが「豊富町とガンダムは結び付かない」と判断したら、この話は白紙に戻ってしまうんです。
まずは、マンホールの絵柄を決めることにしました。すると、やりとりの中で先方から「マンホールは何枚ご希望ですか?」と聞かれまして。私は「え、『何枚』? ということは、寄贈は1枚ではない……!?(心の声)」と驚愕しました。
──山形さんとしては、「マンホールは1枚しかもらえない」と思っていたんですね。
山形 ええ。で、とっさに「とりあえず2枚!」と伝えたところ、まさかのご了解をいただいたので、課内ですぐ協議しました。
上司はシャア専用ゲルググ、私はマスターガンダムがよいという意見だったので、非常に恐縮しつつ、先方に打診したんです。
──すると?
山形 先方からは「このプロジェクトはできるだけ多くの人にPRしたいので、2枚の絵柄は、最も有名な初代ガンダムの機体から選定したい」という回答でした。
それなら、1枚の絵柄は絶対にガンダムだなと。しかし、そもそも豊富とガンダムは接点がないので、もう1枚をどれにすべきか迷いました。さらに、別の問題も浮上しまして……。
3市町が縦に…つまり「ジェット・ストリーム・アタック」!──どんな問題ですか?
山形 豊富町は人口約3,700人の小さな町です。全国的な知名度が弱いので、町単独でマンホールを設置しても発信力が弱く、事業展開しにくいという懸念がありました。
──確かに、道外の人には「北海道の豊富町」といわれても、どこにあるかわからないかもしれませんね。
山形 はい。これは近隣自治体とチームを組むしかないと思い、すでにポケふたを設置し、マンホールカードを配布していた、稚内市(わっかないし)さんと天塩町(てしおちょう)さんにお声がけしました。
──2市町はすぐに乗ってきたんですか?
山形 ええ。「一緒にやりますよ!」と二つ返事をいただき、3市町合同プロジェクトとなりました。
それをバンダイナムコさんに話すと、「3市町、トリオ……つまり『ジェット・ストリーム・アタック』!? ドムですね!」と大いに盛り上がりまして。
──ここで、ドムにつながるんですね。
山形 そうなんです。地図で見るとこの3市町は、日本海に面して縦に並んでいます。これも「ジェット・ストリーム・アタック」の直列時間差攻撃を彷彿とさせるんですよ。そこで、「豊富、稚内、天塩の3市町に2枚ずつマンホールを設置、絵柄はガンダムとドムを希望」と決まりました。
ガンダムと道北をつなぐ「Nフィールド」──なるほど。ガンダムと道北のストーリーができあがりましたね。
山形 いえ、まだなんです。ドムだけでなく、ガンダムと道北の紐づけも必要で。
そこで思いついたのが、豊富、稚内、天塩の3市町に拡がる、広大な牧草地帯やサロベツ原野です。
3市町共通の重要な産業が酪農です。特に豊富町は年間平均気温が5~6℃と涼しく、牧草栽培に向いています。豊富牛乳はセイコーマート(北海道を中心に展開するコンビニチェーン)などと契約して全国発売していますし、道北の公立小中高の給食牛乳も豊富町産です。
また、サロベツ原野は稚内市から豊富町、さらに南の幌延町(ほろのべちょう)にまたがる2万ha超の原野で、中心のサロベツ湿原は日本3大湿原のひとつです。
そこで私は、道北が誇る湿原や牧草地帯が、初代ガンダムに登場する「Nフィールド」を彷彿させるのではと考えました。
町職員が考えた「奇想天外なガンダム設定」──「Nフィールド」というのは、『機動戦士ガンダム』の激戦地、ア・バオア・クーで登場する言葉ですね。
山形 はい。マニアックな話ですが、ア・バオア・クーは『機動戦士ガンダム』の敵方・ジオン公国の巨大な宇宙要塞です。その上部を東西南北の北(North)として、「Nフィールド」と呼んでいました。ここに地球連邦軍のモビルスーツが降下し、最後の死闘を繰り広げます。初代ガンダムを語るときに欠かせない場面です。
そこで、ダメ元ながら私が、ガンダムとドムと道北を結びつけるストーリーをつくり、提案させていただきました。以下の内容です。
山形さん考案の「とにかくすごい」非公式ストーリー《構想》『北方のジオン市町連合がNフィールド地域活性化のため、東西南北中央の海を守る! ゆくぞ、ジェット・ストリーム・アタック作戦!!》
その1 【ガンダムマンホールデザイン用 非公式ストーリー】~2022年戦争より~
先の大戦において、地球連邦軍はジオン軍の宇宙要塞ソロモンの攻略に成功した。続けて連邦軍はジオン公国本土に侵攻する作戦の準備に入るが、突如連邦軍のガンダムは単騎突入し、ここ「Wフィールド」(西)に潜伏した際、奇跡的に石油と共に噴出している「豊富温泉」を発見し、連邦軍の新たな拠点とすべく資源調査に入る。
その2 【ドムマンホールデザイン用 非公式ストーリー】
北方のジオン公国は、来る2022戦争の再来を前にして、ア・バオア・クー周囲の防空管制より太陽方向を南(S)にした東西南北の4フィールドに区分けされており、ここ「Wフィールド」(西)の他にもそれぞれ兵力が展開された内に黒い三連星が連邦軍の進軍に対し、ジェット・ストリーム・アタック作戦!!を決行し防衛に臨む。
──これはもう、「なんだかすごい」としか言えません。
山形 以上は私がつくった、完全に豊富町オリジナルの非公式ストーリーです。ガンダムの設定を大きく逸脱していますし、矛盾があるのは承知のうえですが……。
──《北方のジオン市町連合》や《2022年戦争》のあたりも気になりますが、《ガンダムが単騎突入し「豊富温泉」を発見、新拠点とすべく資源調査に入る》というのが驚きです。
世界でも珍しい石油を含む「豊富温泉」河田 豊富温泉については私がお話ししましょう。
この温泉には石油成分が含まれていて、世界に2つ、日本で唯一といわれる希少な温泉です。大正時代に町内で石油採掘していたら、温泉が噴き出たのが始まりです。湯を見ると、茶色い石油成分が浮いているのがわかりまして、これが「油風呂」と言われる所以です。
皮膚疾患への効能や関節痛の緩和などを期待して、全国から湯治客が訪れます。この温泉があるからと移住した人もいますし、最近では湯治のための補助制度も整備しています。「奇跡の湯 豊富温泉」は、豊富の貴重な財産です。
山形 ガンダムはかなりリアルな戦争を描くので、作品内では資源確保も重要な課題として取り上げています。ジオン軍が地球で最初にウクライナの都市・オデッサを狙ったのも、鉱物資源が豊富だからという理由でした。
「温泉」も「石油」も地球の貴重な資源ですから、私が考えたのは、ガンダムが豊富温泉を発見して、『原作の舞台は実は豊富町だった!』『豊富町はガンダムの聖地』という、いささか妄想じみたストーリーです。
マンホールデザインのために、豊富だけでなく、他の2市町の特産品を活かしたイメージボードもつくってみたんですよ。稚内はタコ、天塩はシジミです。
──バンダイナムコもこの案にはびっくりしたでしょうね。
山形 はい。予想はしていましたが、「公式設定を変えることは絶対NGなので、その提案は反映できない」と言われました。
河田 そんな設定まで考えていたとは、知らなかったです。
山形 ただ、自分で言うのも恐縮ですが、総体的に私の熱意を認めていただけたようで……(笑)。
例の非公式ストーリーは完全にボツとなりましたが、広報の公式スローガンとして「北海道Nフィールド」と「ジェット・ストリーム・アタック作戦!!」の言葉を使えることになり、ガンダムマンホールプロジェクト第2弾の場所として無事に内定をいただきました。
《日本最北端のガンダムマンホール》「北海道Nフィールド連合はここだ!」3機のドムが眺める利尻富士に入れた“色仕掛け”のナゾとは? へ続く

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