中村倫也は、的を絞らせない俳優だ。パブリックイメージが構築されそうになるとするりとかわし、或いははぐらかし、取材現場でも冗談を飛ばしたかと思えば真面目な話を始めたり。哲学的な思考人で理論派の一面を見せつつ、それでいて無邪気な感覚派でもある。「一筋縄ではいかない」なんて評があるかもしれないが、筆者からすると実に人間らしくて心地がいい。的を絞らせない彼は、ともすれば彼と周囲を隔ててしまう見えない壁をも取り去ってくれる。それはここ数年、取材等で中村と接する中で感じた温かさや、会員サイト「トップコートランド」で垣間見えるこぼれ話等から総じて導き出した中村倫也の肖像でもある。

【写真】ダークな特撮ヒーローに挑んだ中村倫也、複雑な背景を抱える信彦を熱演

■目も心も奪われる“瞬間”の強さ

 そんな彼だからこそ、一極集中したときの破壊力はすさまじいものがある。普段軽やかな中村が、演者として“このポイント”に持てる表現力を総動員した鮮烈さ――『孤狼の血』の血気盛んなヤクザや、『ハケンアニメ!』のクールに見えて誰よりものづくりにひたむきなアニメーション監督が見せる「ここぞ」のシーンの“強さ”。直近でいえば、ベートーヴェンを全身全霊で演じ切ったミュージカルルードヴィヒ~Beethoven The Piano~』(上演中)でのオーラもすさまじい。「目を引く」よりももっと強い感覚――視線を吸引されるとでもいえばいいのだろうか。ある瞬間、目も心も突如として“持っていかれる”のだ。現在配信中の新作『仮面ライダーBLACK SUN』(Amazon Prime Video)もまさにそうだ。

 本作は、中村とも多く組んできた白石和彌監督が、『仮面ライダーBLACK』を現代に置き換えて新たに紡ぎ出すドラマ(全10話)。脚本を手掛けたのは『凶悪』から『東京リベンジャーズ』まで幅広く活躍する高橋泉。両者のコラボに西島秀俊×中村倫也と来たらなかなかにシリアスな作品になるのではないか?と予測が立つが、中身は想像以上にダークで社会派の内容となっていた。

■非・特撮ヒーロー俳優がついに挑んだ“超難役”

 舞台となるのは、人間と怪人が共に暮らす社会……なのだが、「共生」とは程遠い。怪人は人間に激しく差別され、虐げられていた。バスに乗っても喫茶店に入っても白い目で見られて罵倒され、抗議デモを起こしても現状はなかなか変わらない。怪人の存在を認める代わりに“兵器”として政治利用する/怪人を覚醒させる食糧「ヒートヘブン」は人間から作られるというブラックな描写もあり、人間と怪人の確執が50年以上前から続いていることが明かされる。“怪人”という題材を通して、人間の業や恐ろしい歴史の闇を掘り起こすのだ。

 そして、そのカギを握るのが「創世王」。だが創世王の死期は近く、その後継者候補である南光太郎西島秀俊)と秋月信彦(中村倫也)に巨大なうねりが迫る。そして信彦は、約50年幽閉されていた人物。怪人たちが平和に生きられる世を目指す革命家であり、ヘブンの力で見た目は若いままだが中身は年齢を重ねており……という超難役を託されたのが、中村だったというわけ。

 いちファンの心理をいうと、こうした役の詳細を知る前から中村の出演に期するものはあった。というのも、彼は常々「特撮ヒーロー俳優ではない」と語っていたから。ある時期から仮面ライダーウルトラマンといった特撮作品が若手人気俳優の登龍門的な存在として役割を果たすようになったのは、誰もが知るところ。ある種のメインストリームにもなっているが、彼はその歩みをたどらなかった。中村はいわゆるブレイクまで歳月を要しており、上の発言につながったのであろう。その彼が、ここにきて仮面ライダー作品に参加するとは! “せせらぎの民”(中村が名付けた男性ファンの総称)的には配信開始以前から既に“温まって”おり、特別な作品になるであろう予感があった。

■“声で場を掌握”中村倫也の武器を遺憾なく発揮

 そして、信彦の特異なキャラクター性。彼は怪人たちを「立ち上がれ」「戦うしかないだろ」と焚き付け、大志を阻む者に対して憎悪をむき出しにする。現代パートでは表情、特に眉の動きが如実に見えるヘアスタイルになっており、無言で眼光鋭く見つめるシーンなど、表情の圧が映えている(身体全体から立ち上るただ者でなさを煽る衣装も含めて)。中村はこれまで『ファーストラヴ』や『不協和音 炎の刑事VS氷の検事』など凄みのあるクールキャラも演じてきたが、今回は烈火のごとき熱が染み出している役どころであるため、またタイプが異なる。しかも信彦は、いわゆるヒーローでもヴィランでもない。いまの歪な世を終わらせようとする破壊者だ。

 中村の武器のひとつとして、豊富な舞台経験に裏打ちされた「声で場を掌握する」があるが、革命家=カリスマとしての説得力は十二分。リーダーとなって同志を率いる際にも掛け声ひとつで統率し、その際の怒声にも似た声は観る者すらピリリと引き締めることだろう。反対に、ささやくような「変身」の発声は光太郎とも明暗のギャップを生み出し、耳に残る。

 この“声の演技”は、変身後の姿でも非常に効いている。信彦や光太郎が変身するのは戦闘時だが、往々にして“怒り”の感情が渦巻いている。とすれば、役者としては最も猛(たけ)っているときに表情で見せられない状況でもあるわけだ。しかし、そんなときでも信彦の怒りや苦しみがヒリヒリと伝わってくるのは、中村の声の演技の豊かさゆえだろう。

■“観たかった中村倫也”がそこに

 また、目的のために向こう側にまで行ってしまった人物の過程を描いている点も本作の重要なポイント。本作は50年前と現在が交錯する構造になっており、若き信彦と今の信彦をどちらも中村が演じている。“革命ごっこ”を行っていたゴルゴムに入り、「暴力は必ずしも正解じゃない」と考えていた男がなぜ暴力を手段に据えるようになったのか……。その“変心”を伝える中村の演技が、過去と未来をつなぐ縁(よすが)になっているのだ。痛みを内に籠らせる光太郎と、外に放出しようとする信彦――。親友同士を演じる西島×中村の演技の色の違いは、そのまま作品のコントラストにもなっている。

 “中村倫也meets仮面ライダー”は、屈折しているようで純粋な、彼にしか演じられない“生きた”人物を作り上げた。そのため、「新境地」というより個人的には「観たかった中村倫也」の感覚が強い。そのクオリティが想像以上であり、視線を吸引されてしまったという流れだ。

 “じゃない方”の俳優であった中村が、堅実にキャリアを積み重ね、このタイミングで混沌とした世を穿(うが)つ新機軸の仮面ライダー作品に出演する運命――。『仮面ライダーBLACK SUN』での熱演は、必然の臨界点突破といえるかもしれない。(文・SYO

 『仮面ライダーBLACK SUN』は、Amazon Prime Videoにて独占配信中(全10話)。

中村倫也  クランクイン! 写真:小川遼