2022年秋。1987年に劇場公開された作品が4Kリマスターされ、劇場公開+商品発売となった。タイトルは『王立宇宙軍 オネアミスの翼』。本作はのちに「トップをねらえ!」「ふしぎの海のナディア」「新世紀エヴァンゲリオン」などを世に送りだすガイナックスが設立されるきっかけとなった作品であり、同社が初めて手掛けた長編アニメーション映画になる。

【写真を見る】本作の見どころであるロケット発射シーンは、3秒に250カットもの原画が使用されている

監督、原案、脚本は山賀博之。キャラクターデザイン、作画監督には貞本義行作画監督、スペシャルエフェクトアーティストに庵野秀明。助監督に赤井孝美、樋口真嗣、増尾昭一。原画には前田真宏、摩砂雪、井上俊之などなど。いまや名の知れたクリエイターたちが、若手と呼ばれていた時代に参加した作品としても知られている。

4Kリマスター版として再発売されるタイトルはまだ多いとは言えないなか、劇場公開から35年経った今作が、映像商品だけでなく劇場公開も行われるのはなぜか。そこから見える魅力とはなにかを考えたい。

ガイナックスの面々が、バンダイと共に挑んだ長編アニメ

公開当時にガイナックスのメンバーはまだそこまで有名ではなく、世界初のOVA作品「ダロス」を世に送りだしたバンダイ(現在はバンダイナムコフィルムワークスが映像事業を継承)が挑む初の長編映画であった。8億円規模の製作費が用意され、公開の随分前から雑誌で紹介記事が組まれるなど、かなり力が入った作品だということを感じたのは覚えている。また、OVA市場の活気もあり、それまでとは違う新しい作品への渇望というものが我々アニメファン側にあったのは間違いなく、雑誌に記事が掲載されるたびに期待が高まっていた。

劇場公開後も、数々の映像商品が発売されてきた(VHS、LD、DVD、Blu-ray)。VHSやLDで発売された作品がBlu-rayに、いやDVDにすらなっていないケースも少なくないのに、なぜ『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は時代ごとに最新のメディアとして発売されてきたのか。それは根強いファンの存在というだけでなく、その時々の最先端と言えるメディアで楽しみたい作品だからだ。ではなぜ、最先端のメディアで観たいのか。それは今作の大きな魅力につながっていく。

■異星のどこかで“宇宙”を目指す一人の男の物語『王立宇宙軍 オネアミスの翼

ここで、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』のあらすじを紹介しておこう。現実とは異なる地球にあるオネアミス王国に、30年の歴史はあるもののいまや人工衛星すら満足に打ち上げられず、落第軍隊として見下されている軍“王立宇宙軍”があった。そんな王立宇宙軍の兵士たちは、宇宙への夢も遠ざかり訓練もさぼり放題。主人公のシロツグ(声:森本レオ)もそんな兵士の一人だった。

そんなある日、街で神の教えを説く少女リイクニ(声:弥生みつき)に出会ったことでシロツグは変わっていく。宇宙軍を「戦争をしない軍隊」と褒める彼女の言葉に押され、シロツグは人類初の有人宇宙飛行計画の宇宙飛行士へ志願したのだ。厳しい訓練、敵国の妨害。状況が次々に変化するなか、打ち上げの日がやってくる。

■平凡な青年である主人公の物語を2時間観られるワケ

主人公のシロツグは、この世界では初となる宇宙飛行士になる男だ。隣国軍が国境へと侵攻してくるなか、強行される有人ロケットの発射。ロケットは飛ぶのか飛ばないのか。作品後半は緊迫したシーンが続き、観ている者の気持ちは否応なしに盛り上がっていく。ただ、この物語で戦争の結末は見えない。戦争の勝ち負けがポイントではないからだ。シロツグは戦争を止めるわけでも、戦局に大きな変化をもたらすわけでもない。また、シロツグの恋が成就したのかさえわからない。そう、シロツグはそれまで多くのアニメーション作品が扱ってきたタイプのヒーローではなかった。

もちろん『王立宇宙軍 オネアミスの翼』にもアクションやかっこいいシーンはあるし、ロケットの打ち上げという爽快感や達成感もあり、宇宙飛行士は特別な存在でもある。だが、ヒーローと呼ばれたそれまでの主人公たち(=特別な力を得て敵と戦い悪を討つ。もし自分に力がなくても特別な存在と出会い、共に運命に逆らい乗り越えていく勇気を持った存在)に比べると、シロツグは平凡な青年だと言える。

だからこそ、と言おう。平凡な主人公の物語を2時間観続けられるのはなぜか、35年に渡り愛され続けるのはなぜか。それは、作品の魅力がそこだけに留まらず、世界観を構築する様々なデザインや緻密な動きから生まれるリアリティにあるのではないだろうか。

■“非現実”にリアリティを与える徹底的な作り込み

今作の舞台は、現実とは違う地球。人間をはじめ、動植物といった生態系と物理法則などはほぼ同じようだ。だが、そこで培われてきた独自の歴史、文明、技術があり、それらは我々の知るものと異なっている。これは、昨今の異世界転生モノ…剣と魔法+ちょっと昔の西洋世界とはかなり違う。

映画として主人公たちのセリフは日本語で聞こえるだけで、画面に出てくる文字は地球上のどれとも違うし、ほかの国の言語に至ってはセリフに字幕が添えられる。言語だけではない。歴史や文化が違うので、建物や服の基本デザイン、ラジオやテレビなどの電化製品、バイク、交通インフラ、生活雑貨、居酒屋、娯楽、食事、軍の艦船、戦闘機、宗教、使用される貨幣…。それらによって形作られる街や国家のデザインもかなり違ってくる。

今作では、それらに緻密な動き(作画)が加わることで圧倒的なリアリティが生まれている。細部まで丁寧に動かすことで、異質なはずのデザインが特別ではなく、さもそこにあるような存在になるのだ。わかりやすいのは派手なアクションシーンだが、扇風機などの静かなシーンの動きでもそれは変わらない。人物の動きも同じだ。極端に二枚目でもなく美人でもないキャラクターたちは、生活感あふれる動きや会話などを重ねることで人物としての背景を深め、観客のなじみを得ていく。テレビシリーズとは違う劇場版という特別な環境だとしても、その作画枚数はかなりの量になったはずだ(カットによっては描かれた原画枚数が多くなりすぎて「カット袋」を手で運ぶことができず、台車に「カット箱」を乗せて運んでいたという話も残っている)。

■なぜ我々は『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を求め続けたのか

この35年。なぜ、それぞれの時代において我々アニメファンは『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を最先端のメディアで観たいと思ったのか。それは今作が異世界という“嘘”にデザインと作画によってリアリティを与えることに成功したからであり、それらを最新のメディアで存分に満喫したかったからだと言える。そして今年、4Kでのリマスターが発表された。映像がより鮮明になることによって『王立宇宙軍 オネアミスの翼』は一段と説得力を増すのではないだろうか。

ヒーローではない主役の生き様を切り取った本作が、新たな劇場公開と映像商品により、いまの若いアニメファンにどう受け止められていくのか楽しみでならない。

文/小林治

落ちこぼれと言われた「王立宇宙軍」のパイロットが宇宙を目指していく姿を描く『王立宇宙軍 オネアミスの翼』/[c] BANDAI VISUAL/GAINAX