十一月吉例顔見世大歌舞伎が、2022年11月7日(月)に歌舞伎座で幕を開けた。本公演は、十三代目市川團十郎白猿の襲名披露公演であり、八代目市川新之助の初舞台でもある。成田屋の門出の公演とあり、家の芸「歌舞伎十八番」を中心とした演目が、襲名披露公演だからこその贅沢な配役で上演される。コロナ禍以降、はじめての昼夜二部制。常磐津や長唄の演奏家たちは顔を覆っていた布を外して山台に乗り、エリアを限定し劇場指定の関係者による大向うも再開した。「昼の部」と「夜の部」をレポートする。

■昼の部 11時開演

一、祝成田櫓賑(いわうなりたこびきのにぎわい)

「成田屋」の屋号をもつ市川團十郎家。成田山新勝寺とは、初世團十郎が新勝寺で子宝祈願をし、二世團十郎を授かったときからのご縁だと伝えられている。

『祝成田櫓賑』は、成田山新勝寺の別院、江戸の深川不動からはじまる。江戸っ子たちは、境内に集まり成田屋の襲名と初舞台を喜んでいる。鳶の者や手古舞が若々しい踊りを披露し、粋でいなせな中村鴈治郎、中村錦之助の鳶頭、中村孝太郎、中村梅枝らの芸者が揃う。鳶頭梅吉(中村梅玉)と芸者時乃(中村時蔵)の美男美女カップルは、馴れ初めをしっとりと踊って聞かせた。ひょっとこ、お大尽、おかめの踊りがテンポを変え明るく楽しませる。町役人の寿兵衛役で、現役最高齢92才の歌舞伎俳優、市川寿猿も登場。皆で襲名披露興行が行われている木挽町の芝居小屋へ向かう。芝居茶屋の亭主と女房(坂東楽善、中村福助)が温かく見守る中、活気みなぎる獅子舞も。その中から中村種之助と中村鷹之資が顔を出すと、あらためて拍手がおきた。河原崎権十郎が率いる男伊達、女伊達が颯爽と現れて花道にずらりと並び、あの一門の俳優もこの一門の俳優も! と特別なおめでたさ。梅玉の呼びかけにより、舞台も客席も一体となり手締めをした。目にも耳にも鮮やかな、心躍るオープニングだった。

二、歌舞伎十八番の内 外郎売ういろううり)

八代目市川新之助の初舞台として上演される『外郎売』。江戸時代には縁起が良いテーマとされた曽我兄弟の仇討がベースとなっている。幕が開くと富士山を背に、尾上菊五郎工藤祐経たちが、大磯の廓で宴を楽しんでいる。その宴席に外郎売がやってきて、余興に評判の言い立てを披露する……。

新之助は、はじめに花道の鳥屋から声だけを聞かせた。子どもらしい澄んだ響きに、凛々しい台詞回し。花道に登場すると、客席は温かい拍手で迎えた。小さな外郎売が扇を手に、迷いのない身のこなしで進んでいく。七三に着くころには、愛らしさ以上に、歌舞伎俳優としての覚悟を感じさせる立派な姿によって、拍手を起こしていた。長台詞の言い立て、早口言葉、劇中口上も立派に勤めた。新之助はむきみの隈がよく似合い、これからの成長をいっそう楽しみにさせた。菊五郎の工藤は、そこにいるだけで物語が動き出すような威厳があった。深く明瞭な声で五郎を受け止める。背景に大きくそびえる勇壮な富士山は、工藤の存在感を象徴するよう。

廓で随一の傾城・大磯の虎に中村魁春、おおらかで頼もしい小林朝比奈に市川左團次、朝比奈の妹舞鶴に中村雀右衛門、五郎の恋人・化粧坂少将に片岡孝太郎。華やかさを底上げする遊君喜瀬川に中村児太郎、遊君亀菊に大谷廣松。梶原平次景高には中村鷹之資、三枚目役の茶道珍斎に片岡市蔵、梶原平三景時に市村家橘。先輩俳優のすべての台詞が、新之助へのエールのように舞台を彩っていた。

三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)

お祝いムードに溢れた2つの演目を終え、満員御礼の歌舞伎座は幕間も活気に満ちていた。緞帳が上がり笛の最初の一音が響き渡ると、空気が清められたかのように心地よい静けさと緊張感が広がった。

『勧進帳』の舞台は、鎌倉時代の安宅の関。義経が兄の頼朝に命を狙われ、家来とともに奥州平泉へ逃げる道中が描かれている。一行は山伏と強力に変装して関所を突破しようとするが、関守の富樫左衛門に止められて……。義経に市川猿之助、富樫に松本幸四郎、そして義経を守る主人公の武蔵坊弁慶市川團十郎

團十郎の弁慶は、万雷の拍手がよく似合う、大きくて堂々とした弁慶だった。強さと丸みのある声をゆったりと自在に操り、見せ場につぐ見せ場をドラマチックにみせていく。心身の力を尽くした延年の舞では、長唄の華やかさも極まり、どこまでも盛り上がり続けた。義経の背中を見届けたあと、零れ落ちた弁慶の安堵の笑みが、何よりも雄弁に義経への思いを語っていた。ひとりの男の喜怒哀楽、人間味が印象に残る弁慶だった。

幸四郎の富樫は、華やかな台詞回しとキリっとした身のこなしで、この舞台の格調の高さ、美しさの強度を格上げした。猿之助の義経が都を振り返るとき、憂いと優美な横顔がため息を誘った。気高く儚げな存在感は、源平の物語の核をなしているよう。義経に従う四天王は坂東巳之助、市川染五郎、尾上左近、片岡市蔵。能に倣った様式的な動きの中にも個性と心情があらわれていた。幕切れの弁慶と富樫に、そして幕外の弁慶に、大向うがかかり喝采が歌舞伎座をふるわせた。團十郎、幸四郎、猿之助、同世代の俳優による充実の一幕は、豪快な飛び六方で結ばれた。

■夜の部 16時開演

一、歌舞伎十八番の内 矢の根(やのね)

『矢の根』の主人公は、曽我兄弟の弟、曽我五郎。『外郎売』や『助六』にも登場するキャラクターだが、本作ではより歌舞伎の荒事らしい、プリミティブな五郎を見ることができる。幸四郎が、初役で勤める。

勇壮な大薩摩ではじまり、こじんまりとした五郎の家の市松模様の障子が上がると、ドンと五郎が現れる。父の仇、工藤祐経を討つことを願い、元旦から矢じりを研ぐ。そこへ大薩摩文太夫(大谷友右衛門)が新年の挨拶にくる。お年賀に宝絵(縁起物が描かれた絵で、枕の下に入れて寝ると良い初夢がみられると伝わる)をもらった五郎は、さっそく砥石を枕に一眠り。すると夢に兄の十郎(巳之助)が現れて……。

五郎は、ボリューミーな衣裳で、顔にはすじ隈、頭の鬢(びん)は左右7本ずつ束になって伸びた奇抜なビジュアルをしている。矢は人の背丈ほどもある。デフォルメされた世界観の中、巳之助は、向こう側が透けて見えてきそうな十郎のイメージをみせた。幸四郎の五郎は、全身つま先まで力を行き渡らせ、躍動感と柔らかさで愛嬌たっぷり。馬に飛び乗った瞬間は客席にワッと歓声がおきた。ひと様の馬にまたがり、大根をふりかざすエネルギッシュでわんぱくな五郎による、縁起物づくしのお芝居で「夜の部」が始まった。

二、襲名披露 口上(こうじょう)

成田屋の紋が大きく染められた祝幕が開くと、裃姿で緋毛氈に手をつく團十郎と新之助。その両側に、歌舞伎界を代表する豪華俳優陣が列座する。

松本白鸚によるエレガントな進行で、中村梅玉、尾上菊五郎、片岡仁左衛門、市川左團次が口上を述べた。先代の團十郎に思いを馳せ、それぞれが先代に視線を重ね、新團十郎と新之助にエールをおくる。この模様は、7日初日にオンライン配信されたが、語られる内容が決まっているわけではない。この日もウィットに富んだ言葉が團十郎の背中を押し、客席を楽しませた。顔こそ伏せていたが、舞台上でも笑いをこらえ、数名の裃がふるふる揺れる一幕もあった。

そして白鸚の紹介で團十郎と新之助が口上を述べた。「初代からはじまり父・十二代目まで、大切にしてまいりました團十郎の名跡を相続いたします。全身全霊一所懸命に精進いたす覚悟」と力強く口上を述べた團十郎。新之助は「ひとかどの歌舞伎役者となれるよう一所懸命相勤めます」と続いた。

さらに市川家に伝わる「にらみ」が披露された。團十郎は一歩前へ。片肌を脱ぎ軽く目を閉じる。ダン! と右足を踏み出し、ぐっと力を込め続け、柝が響き、場内の意識が一点に集中した。カッと見開いた目、人外の何かにも見える迫力。敬意を込めて「錦絵から飛び出してきたような」という表現を使うことがある。しかし絵の前に、まずこの團十郎がかつてたしかに生きていたこと、代々が身をもって受け継いできたことに、あらためて気づかされ心を動かされた。幕間には、アーティストの村上隆が、当代の團十郎をモデルに歌舞伎十八番をデザインした祝幕が使われる。歌舞伎座では今月28日までの披露となる。

三、歌舞伎十八番の内 助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)

11月の結びの演目は、『助六由縁江戸桜』。團十郎が花川戸助六実は曽我五郎を勤める。助六の恋人、三浦屋揚巻に尾上菊之助。髭の意休に尾上松緑。口上に幸四郎。さらに仁左衛門、梅玉など、主役クラスの俳優が揃う襲名興行ならではの贅沢さだ。

幕が開くと、幸四郎が柿色の裃で登場し、本作の成り立ちを説明した。音楽は、今では他の演目では聞くことのない、河東節という江戸浄瑠璃が演奏される。お芝居の舞台は、吉原のメインストリート、仲之町。三浦屋の格子先に傾城(中村児太郎、大谷廣松、中村莟玉、市川團子、市川笑三郎)が並び、夜桜を眺めている。舞台いっぱいに華やかさが広がる。そこへ最上位の傾城、揚巻の花魁道中がやってくる。菊之助の揚巻は、呼吸を忘れて見いってしまう絢爛で濃密な美しさ。しかし揚巻はほろ酔い状態。店の若い者の肩に手をおき、三枚歯の黒塗りの高下駄で一歩一歩、おぼつかない足どりだ。その姿さえ、見るものを上品に心地よく酔わせる。助六のためなら啖呵もきる芯の強さや、中村魁春演じる助六の母・満江との接し方からも垣間見えた愛情深さに、ただ綺麗なだけではつとまらないのが、松の位の傾城なのだろうと想像させた。

開演から50分近くたち、ついに噂の色男が登場する。揚幕が開き、客席の意識が集中する。半分すぼめた傘で顔を隠し、音を立てて花道へ。一度腰を落とし、パッと見せた顔の美しさ。どれだけ大きな拍手も大向うもかすむ、助六だった。足を大きく踏み出したときの形の良さは、眩しいほど。爽やかさと色気を兼ね備え、台詞を言えばおおらか。喧嘩ばかりしているのには事情があってのことで、母や兄と接する助六には、親しみやすさがあった。格好良さが必須条件の助六という役を、説明不要、注釈不要の格好良さで勤めていた。

揚巻を横恋慕する意休は、お金もインテリジェンスもあるのに驚くほどモテない。揚巻にも他の傾城たちからも袖にされる。松緑は、そのやりとりをコミカルにみせつつも、意休自身をみすぼらしく見せることはなかった。助六の悪態を受け流すほどに、意休の思慮深さが描き出される。その結果、助六のやんちゃさが若々しい魅力となって輝いていた。

仁左衛門のかんぺら門兵衛は、意休の子分。助六の経験もある仁左衛門が、いけてない役をきっちり勤める贅沢な配役だ。うどんを出前中の福山のかつぎは、新之助。粋に勤め、大きな拍手を浴びた。梅玉演じる兄・十郎は、和事で演じられる。助六とは異なる美男で、性格は凸凹コンビ。ふとした間にも、梅玉が品よく可笑しみを醸し出していた。通人役に鴈治郎、三浦屋女房に中村東蔵、朝顔仙平に中村又五郎、後見に市川右團次と隅々まで目が離せない。さらに現在、梅枝が艶やかに濃厚に演じる傾城白玉を、11月22〜28日千穐楽は、坂東玉三郎が勤める。幕切れは、助六、揚巻、意休、3人の見得。祝祭感に溢れた熱い拍手で結ばれた。新しい團十郎と新之助の門出を、豪華な共演者たちと祝うような、幸福感と期待に満ちた公演だった。

十一月吉例顔見世大歌舞伎』は28日まで。襲名披露興行は11月、12月に歌舞伎座で行われたのち、2024年10月まで2年にわたり各地の会場を巡る。
 

取材・文=塚田史香

 

※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。

市川海老蔵改め 十三代目 市川團十郎白猿襲名披露 『十一月吉例顔見世大歌舞伎』 八代目 市川新之助初舞台