これまで盗撮自体を全国一律に規制できる法律がなかった日本で、ついに「撮影罪」を新設する案が示されている。法務省は10月、性犯罪に関する刑法改正に向けて、法制審議会の部会に試案を提出した。

これまで盗撮行為を規制する法令というと、主に各都道府県が定める迷惑防止条例だった。しかし、地域ごとに規制場所にばらつきがあり、全国一律に盗撮を取り締まる法律が必要だと指摘されていた。

かねてより現状の問題点を指摘してきた上谷さくら弁護士は「撮影罪ができたことは画期的。盗撮が刑法犯になるとアピールできることは大きい」と話す。

●盗撮は発覚しづらい犯罪

——試案では、撮影罪の罰則は「3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金」と示されました。どのように評価しますか。

試案で示された撮影罪は刑も重く、抑止力になると思います。盗撮については2016年ごろから問題意識を持ち始め、海外調査や日本で刑法に制定されることを目指して条文案の検討を始めました。2018年ごろから会見などで「盗撮罪」の創設を訴え始めたのですが、世論の反応はいまひとつで、よくゼロからここまで来たなと思っています。

盗撮は被害者が気づかないので、発覚しづらい犯罪です。加害者も「触っていない」というのを言い訳にして罪の意識がなく、どんどん大胆になっていき、発覚した時には画像は数千枚になっていたということがよくあります。今や誰もがスマホで盗撮できる時代なので、歯止めをかける必要がありました。

●地域によって処罰できないところもあった

——盗撮の規制については、現状、都道府県ごとに定められている「迷惑防止条例」がありますが、さまざまな問題が指摘されていました。

都道府県の条例は当初、「公共の場所、または公共の乗り物」での盗撮行為を規制していたため、居酒屋や会社の更衣室、塾のトイレ、個人整体院などの盗撮は取り締まれず、やりたい放題の状態でした。

都道府県は競うように条例の規制場所を改正してきましたが、いまだに「公共の場所、または公共の乗り物」に限定するところも残っており、地域でばらつきがあります。

他に盗撮を取り締まる法令として軽犯罪法の窃視罪もありますが、罰則は極めて軽いものです。また、刑法の建造物侵入罪になることもありましたが、その場合、被害者は撮られた人ではなく建物管理者です。

さらに、「迷惑防止条例」は都道府県ごとに定められているので、どの地域で盗撮行為がされたか特定できないかぎり処罰することができませんでした。飛行中の国内線の機内で客室乗務員のスカートの中を盗撮したケースで、処罰ができないこともありました。

●盗撮写真や映像を削除する仕組みも

——撮影だけではなく、盗撮された写真や映像を廃棄・削除する法律もありませんでした。試案では検察官が保管している押収物の廃棄・消去ができる仕組みも示されました。

「盗撮ビデオ」の処分を巡って争われた「宮崎マッサージ店強姦事件」(*1)で最高裁は、隠し撮りをしたのは「犯行の様子を撮影録画したことを知らせて、捜査機関に処罰を求めることを断念させ、刑事責任の追及を免れようと認められる」と判断し、ビデオ没収を認めました。ただ、最高裁は没収・削除ができるのは「犯行の発覚を防ぐ」場合と限定していました。

最高裁と同じ論理で「リアルナンパアカデミー事件」でも盗撮した映像の没収が認められましたが、「犯行の発覚を防ぐ」という条件に当てはまらないものは没収できないということになってしまいます。

盗撮された写真や映像の所有権放棄や消去に応じない加害者もいて、検察との間で10年以上返す・返さないのやりとりが続いていることもあると聞きました。

(*1 宮崎市オイルマッサージ店の男性経営者が、女性客ら5人に性的暴行を加えたとして強姦罪などに問われた事件。男性は犯行の様子を無断で隠し撮りし、ビデオに録画、保管し、原本を所持し続けた。)

——今は簡単に画像や映像を複写できますが、そうした複写物の没収についても導入案が示されています。

これまでコピーは没収できなかったんです。刑法の規定で、データなど複写した物は没収できず、有体物かつ原本が要件だったためです。

今やコピーをすることは当たり前なので、原本だけ押さえても意味がないというのは常々言われていました。

●アスリート盗撮の取り締まりは?

——検討会から言及されていたアスリートを性的目的で撮影する行為については、今回処罰対象となりませんでした。

アスリート自身が開示している姿態について、なぜ見るのが良くて、撮影がダメなのか、というのは一つ乗り越えられない壁ですよね。要件を定めるのが難しいと思います。

アスリートのプレイ中の撮影を取り締まることは難しいかもしれませんが、中高生の試合で、更衣室がなく陰に隠れて着替えしている様子を盗撮しているものもあります。好きで脱いでいるわけではないのに、「自分で脱いでいるから盗撮ではない」という主張は通用しないと思います。

アスリート盗撮の問題が社会問題として広く知られるようになると、撮影に関する周りの目も厳しくなり、やりづらくなりますよね。報道などによる抑止効果はあるだろうと思っています。

●5歳差要件「一般の人はほとんど分からない」

——現在日本の「性交同意年齢」は13歳ですが、13歳以上16歳未満に対しては、5歳以上年が離れた者が「対処能力が不十分なことに乗じた場合」と限定して罰則を規定しています。撮影罪でもこの5歳差要件が入っていますが、どう評価しますか。

私は、現役の検察官や元検察官、現役の裁判官や元裁判官、弁護士ら数十人に話を聞きましたが、「分かりにくい」「使いづらい」「やめてほしい」という意見で一致していました。

私の印象も「この難しい条文はありえない」というものです。刑法の条文は、犯罪にあたるかどうかの境目を決める重要なものです。法律家である私が一読して分からないというのでは、一般の人はほとんど分からないのではないでしょうか。

13歳以上16歳未満の「対処能力(性的姿態等の撮影に関して自律的に判断して対処することができる能力)が不十分であることを乗じて」という要件がついていますが、裁判ではこれを被害者側が立証しなければいけません。ここが争点になると、その子が性的な知識がどのくらいあるか、それまで性的な経験があるか、といったことを延々と尋問されることになるわけです。

現状は試案であり、この後も法制審議会で議論が続くことになるかと思いますが、中学生に性的な行為をしたらダメだという強いメッセージが必要だと思います。

【取材協力弁護士】
上谷 さくら(かみたにさくら)弁護士
福岡県出身。青山学院大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。新聞記者として勤務した後、2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員、元青山学院大学法科大学院実務家教員、保護司。著書に「おとめ六法」(共著、KADOKAWA)、「死刑賛成弁護士」(共著、文春新書など)
事務所名:桜みらい法律事務所

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