(市岡 繁男:相場研究家)

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エネルギー株の上昇が突出

 世界経済を揺るがしている米国の利上げ。その今後を左右する10月の米消費者物価指数CPI)が11月10日に発表され、市場が大きく動きました。

 10月のCPIは前年比7.7%の上昇と4カ月連続で上昇率が鈍化しました。「インフレは勢いを弱めている→米連邦準備制度理事会(FRB)は利上げペースを減速させる」という連想から、長期金利が低下し、株価は急騰する展開となりました。

 値動きが激しかったことからCPIの発表後のことばかり注目されますが、実はそれ以前から米国株、なかでもダウ工業株30種平均株価は底堅い動きをしていました。そこに今回の発表が加わったことで、9月末のボトムに比べると、11月16日までダウ平均は17%も上昇し、ナスダック株価指数も6%上昇したのです。

 では、果たして、このまま長期金利が低下し、株高基調は続くのでしょうか? セクター分析から今の株高を考えてみたいと思います。

 S&P500種株価指数のサブセクター24業種について、年初からの業種別・株価騰落率をみてみます。

 値上がり1位はエネルギー(+65%)でした。2位は保険(+8%)、3位は食品タバコ(+3%)と続きます。 S&P500種指数が17%安となるなかで、エネルギー株の上昇は突出しています(図1)。

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「遠い国の戦争は買い」の米軍需産業

 またサブセクターではありませんが、ロッキード・マーチンなどの軍需関連株も軒並み2~3割も上昇しています。

 つまり、米国株を下支えしているのはエネルギー株と軍需関連株なのです。これはウクライナ戦争の長期化で、両業種が2つのメリットを享受しているからです。

 1つ目は、ロシアによる侵攻以降、米国の原油輸出量が急増していることです(図2)。

 米エネルギー企業は西側諸国ロシア制裁に踏み切ったことで、これまで参入が難しかった欧州に対し、LNG(液化天然ガス)や原油を高値で販売できるようになったのです。

 2つ目は、ウクライナ軍の装備の大半は米国が供与しているということ。米軍需産業は「遠い国の戦争は買い」という兜町の格言を地でいっているのです。

 一方、戦争でインフレが激化し金利が上昇すると、この2業種以外にはマイナスとなります。実際、ハイテク株のウエイトが大きいナスダック指数は年初来で3割も下落したままです。

CPI上昇率の鈍化が一過性だとしたら・・・

 こんな状況に歯噛みする思いを抱いていたのが機関投資家のファンドマネジャーです。「いつまでも弱気を続けていては競争相手に勝てない」。私も経験がありますが、誰しもそんな気持ちに駆られるものです。

 そこに出てきたのが、「CPI上昇率が4カ月連続で鈍化」というニュースでした。ファンドマネジャーは飛びつき、長期金利も下がり始めました。

 しかし、もしCPI上昇率の鈍化が一過性だとしたらどうなるでしょうか?

 前年比でみた米国のCPIと原油価格は、1973年からの49年間で相関係数が0.74と密接に関係があります(図3)。

 そんな関係に着目したバイデン政権は、中間選挙を意識し、今年5月からの6カ月間で戦略備蓄原油(SPR)を1億8000万バレル(日量100万バレル)も放出し、エネルギー価格を押し下げました(図4)。

 米CPIの変動要因としてエネルギー価格のウエイトは8%と大きく、目論見通り、CPI上昇率は鈍化しました。

原油備蓄は1984年以来の低水準に

 問題は、その結果、虎の子のSPR在庫量が約4億バレルと、1984年以来の水準に減少したことです。38年分の備蓄を費消してしまったのです(図5)。

 これでは今後、ウクライナ戦争の激化などでエネルギー価格が高騰してもSPR放出に頼ることは難しい。SPR放出に頼れない状況でエネルギー価格が高騰した場合、米CPI上昇率は欧州主要国並みに10%を超える可能性があるでしょう。再び金利が上昇し、株価は今の水準を維持することは考えにくくなります。

 そもそも、先日のCPIデータ発表で長期金利は急低下したとはいえ、短期金利(T-Bill:3カ月国債)はその後も上昇し続け、今や10年債の利回りを0.5%ポイントも上回るほどです。

 FRBはT-Billと10年債の利回り逆転を景気後退のシグナルとして重視しているそうです。過去の事例をみると、景気後退というよりは株価急落の前兆と捉えられるかもしれません。

※本稿は筆者個人の見解です。実際の投資に関しては、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。

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エネルギー価格の上昇は米国の消費を直撃する(写真:AP/アフロ)