祖国スペインハリウッド、世界を股にかけて活躍する女優であり、ドラマからアクション、コメディまで、様々な作品へ意欲的に出演し続けるペネロペ・クルス。盟友ペドロ・アルモドバル監督とタッグを組んだ最新作『パラレル・マザーズ』(公開中)での名演技にも絶賛の声が相次いでいる。今回は、映画、ファッション界とジャンルを越えて、世界中のクリエイターたちを魅了するミューズ、クルスのこれまでの活躍を振り返りたい。

ペネロペ・クルスと彼女の飛躍を支えてきた盟友ペドロ・アルモドバルとの固い信頼関係

スペイン映画を中心に、難しい役どころにも挑戦しながらキャリアを重ねる

クルスは1974年4月28日スペインマドリード北部のアルコベンダスで生まれた。幼少期からバレエのレッスンを始め、のちに国立芸術学校でクラシックバレエスペイン舞踊、ジャズダンスなどを本格的に学んだ彼女は、当初はダンスに夢中な少女だった。しかし、一家団らんの時間、家族と様々な映画をビデオで観ているうちに、演技の仕事に興味を持つようになる。数々のアルモドバル作品もビデオで鑑賞し、15歳で『アタメ』(90)をマドリードの映画館で観て、女優になることを決意する。

18歳の時、ビガス・ルナ監督のセンシュアルな映画『ハモンハモン』(92)でスクリーンデビュー。主人公で娼婦の母を持つ少女シルヴィアを演じ、スペイン全土で顔が知られるようになる。この時の相手役が、同じく駆け出しの俳優だった現在の夫、ハビエル・バルデムというのが運命的だ。同年の出演作、フェルナンド・トルエバ監督の『ベルエポック』(92)では、スペインだけでなく、アメリカとイギリスでも公開され、アカデミー賞外国語映画賞をはじめとする数々の賞に輝き、クルスにさらなる国際的な注目をもたらした。四姉妹の末っ子の処女ルスを演じた彼女自身も、スペイン俳優協会賞助演女優賞を受賞する。

23歳の時に、『ライブ・フレッシュ』(97)で、念願の目標だったアルモドバル作品に初出演。彼女が扮した、フランコ政権が非常事態宣言をした日にバスの中で出産する若い娼婦イザベルは、アルモドバルがクルスのために書いた役であり、それまでの“美しいヒロイン”というイメージを一新。冒頭の数分間だけの登場にもかかわらず、観る者に強い印象を残した(ちなみに、この作品にもバルデムが出演)。

同年、クルスがヒロインのソフィア役を演じた、アレハンドロ・アメナーバル監督作『オープン・ユア・アイズ』(97)がスペイン内外で大成功を収める。翌年は、かつて『ベルエポック』で10代の彼女を演出したトルエバ監督の『美しき虜』(98)で、ヒトラーの宣伝相ジョゼフゲッベルスの情婦になることを強いられる女優マカレナ役を演じ、スペインアカデミー賞のゴヤ賞主演女優賞を受賞。

アルモドバルとの2作目『オール・アバウト・マイ・マザー』(98)では、HIVに感染した異性装者と関係をもって身ごもり、出産時に死んでしまう純朴な修道女シスター・ロサを演じて、世界的な評価を受けた。このころからペネロペハリウッドに進出するようになる。

ジョニー・デップトム・クルーズマシュー・マコノヒーらスターとの共演

母国以外でも仕事をしたいと思っていたクルスの初の英語作品は、第二次世界大戦から数年後の西部を舞台にした、スティーヴン・フリアーズ監督の『ハイローカントリー』(98)。当時まだ英語がおぼつかなかったクルスは、主人公ピートの恋人でメキシコ人のジョセファ役を演じた。2000年、マット・デイモン演じる主人公ジョンと恋に落ちるアルハンドラ役で、ビリー・ボブ・ソーントン監督の『すべての美しい馬』に出演。彼女にとって初のハリウッド大作だった。そして、セクシーな女性料理人イザベラ役を演じたロマンティック・コメディ『ウーマン・オン・トップ』(00)では、ハリウッドで初めて主演を務めることとなった。

続いて、70年代に暗躍した伝説のドラッグディーラージョージユングの妻マーサ役で、ジョニー・デップと共演した『ブロウ』(01)。第二次世界大戦下のギリシャを舞台に、イタリアの占領軍の指揮官と恋に落ちる地元医師の娘ペラギア役で、ニコラス・ケイジと共演した『コレリ大尉のマンドリン』(01)など、出演オファーは次々に舞い込んだが、当時は彼女の演技力というより、明らかに美貌目当ての役柄が多かった。

そんななか、世界中に彼女の名前を知らしめるきっかけになった作品が、トム・クルーズ主演の超大作バニラ・スカイ』(01)だ。1997年に彼女が出演した『オープン・ユア・アイズ』のリメイクで、当時オリジナル版を観たクルーズが感動のあまり、即座にリメイク権を獲得。クルスはオリジナル版と同じヒロインのソフィア役で出演した。この作品での共演で2人の恋愛が公になるが、撮影当時、クルーズが妻ニコールキッドマンと離婚したこともあって、メディアは大騒ぎに。交際から3年が経った2004年、結婚目前と言われた2人だったが破局を迎えた。

そのほか、アメリカ映画では、マシュー・マコノヒーと共演した(撮影後1年ほど交際)アクション・アドベンチャー大作『サハラ 死の砂漠を脱出せよ』(05)や、親友サルマ・ハエックと共演したウエスタン・コメディ『バンディダス』(06)などに出演した。

■『それでも恋するバルセロナ』でアカデミー賞受賞!

話題性はあっても、正直あまりパッとしない作品への出演が続いていたクルスにとって、ハリウッドでの起死回生の作品となったのは、ウディ・アレン監督がスペインで撮ったロマンティック・コメディ『それでも恋するバルセロナ』(08)である。彼女が演じたのは、バルデム扮する有名な画家の元妻で、才能豊かだが、情緒不安定な天才肌の芸術家マリア・エレーナ役。共演のスカーレットヨハンソンが霞むほどの圧倒的な存在感を見せた演技は賞賛を浴び、第81回アカデミー賞助演女優賞をはじめ、英国アカデミー賞助演女優賞、ゴヤ賞助演女優賞など、数多くの賞を獲得。クルスは米アカデミー賞を受賞した史上2番目のスペイン人俳優となった(1番目はバルデムで、2007年の『ノーカントリー』で助演男優賞を受賞)。

この作品で認められて以降、クルスはフェデリコ・フェリーニの自伝的映画『8 1/2』(63)をリメイクしたロブ・マーシャル監督のミュージカル映画『NINE』(09)、同じくマーシャル監督の『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』(11)、アレン監督のコメディローマアモーレ』(12)、リドリー・スコット監督のスリラー『悪の法則』(13)、ケネス・ブラナー監督&主演のミステリー『オリエント急行殺人事件(17)、女性エージェントたちが活躍するスパイ・アクション『355』(22)など、実に幅広いジャンルのハリウッド映画で生き生きと演技をしているように見える。

■ブランドアンバサダーとしての活躍や慈善活動への取り組み

絶え間なく作品に出演する一方で、俳優業以外の活動も多彩。小柄でスラリとしたのびやかな肢体に、どこかあどけなさが残るキュートな顔立ちというフォトジェニックなルックスは、ファッション業界、ビューティ業界からも熱い視線を送られている。過去にラルフ・ローレンやロエベのキャンペーンモデルを務めていたクルスは、2018年には自身も長年愛用してきたシャネルのブランドアンバサダーに抜擢される。コスメブランドではロレアルの広告塔やランコムのアンバサダーとしても活躍。アカデミー賞授賞式や国際映画祭のレッドカーペットなど晴れの舞台での彼女の麗しい姿は常に注目の的だ。

また、クルスが母国スペインで有名になり始めていた若かりしころ、新聞社からの依頼で、インドにいるマザー・テレサと1週間一緒に過ごす機会を得て以来、チャリティ活動に非常に熱心なことでも有名。インドホームレスの少女たちを助けるためにサベラ基金を創設したり、ネパールウガンダを訪れたりしている。エイズや薬物中毒の問題にも強い関心を寄せ、コロナ禍中の2020年3月には夫のバルデムとともに、医療用防護具をマドリードの病院に寄付した。

私生活では恋多き女として知られ、デビューからハリウッド進出後10年近くは、ほとんどといっていいほどの出演作で、共演者とのロマンスが報じられてきた(例外はジョニー・デップぐらい)。しかし、デビュー作『ハモンハモン』の相手役で、かつての恋人だったバルデムと『それでも恋するバルセロナ』で再会し、撮影終了後に交際をスタート。2010年7月に結婚し、11年に長男レオナルド、13年には長女ルナを出産。現在はマドリードを拠点に幸せな家庭を築きながら、夫婦ともにキャリアも絶好調で、2022年の第94回アカデミー賞では、クルス(『パラレル・マザーズ』)とバルデム(『愛すべき夫妻の秘密』)が夫婦同時にノミネートされる快挙となった。

ペネロペ・クルスの才能をうまく引き出すペドロ・アルモドバルの存在感

クルスのキャリアにおける最も重要な人物といえば、やはりスペイン映画界の鬼才、ペドロ・アルモドバルである。クルスが女優を志すきっかけとなった人物であり、彼女の才能を誰よりもうまく引き出すことができるアルモドバルは、彼女がハリウッドで悪戦苦闘している間も、ずっと彼女を心配しながら見守り続けていた。

『ライブ・フレッシュ』『オール・アバウト・マイ・マザー』のあと、ハリウッドに進出し、少々停滞していたクルスの運気を一気に上向きに変えたのは、2006年のアルモドバルとの3作目『ボルベール〈帰郷〉』だった。母、娘、孫娘の3世代にわたる女性たちを描いたヒューマンドラマで、クルスは主人公となる母のライムンダ役を演じ、第59回カンヌ国際映画祭女優賞(クルスを含む出演した女優6人に対して)、ゴヤ賞主演女優賞、ヨーロッパ映画賞最優秀女優賞など数々の賞を受賞。第79回アカデミー賞では主演女優賞にノミネートされた。そもそもハリウッドでの出世作『それでも恋するバルセロナ』のマリア役は、『ボルベール〈帰郷〉』でのクルスの演技を見て感銘を受けたアレンが、彼女を念頭に置きながら執筆したと言われている。

その後も、クルスとアルモドバルのコラボレートは続き、濃厚な恋愛ドラマ『抱擁のかけら』(09)では、かつて映画監督だった脚本家の男の生涯忘れられない女性レナ役で出演。マドリード発メキシコシティ行きの飛行機内を舞台にしたブラックコメディアイム・ソー・エキサイテッド!』(13)では、アントニオ・バンデラスと共にカメオ出演している。

アルモドバルの自伝的映画『ペイン・アンド・グローリー』(19)では、バンデラス扮する主人公の映画監督サルバドールの幼少期の母親役を好演。すでに私生活でも2児の母になっていたクルスは、撮影前にアルモドバルの高齢の母に会いに行き、いろいろな話を聞いて、役作りに反映させた。

■耐え難い現実と向き合うシングルマザーを演じた『パラレル・マザーズ』

そして、クルスとアルモドバルの7度目のコラボレートとなる最新作『パラレル・マザーズ』(21)は、アルモドバルにとってライフワークともいえる“母性”をテーマに、母と子、家族の絆を真正面から描いた感動のヒューマンドラマだ。

フォトグラファーとして活躍するジャニス(クルス)と17歳の少女アナ(ミレナ・スミット)は、出産を控えて入院した病院で出会う。共に予想外の妊娠で、シングルマザーになることを決意していた2人は、偶然同じ日に女の子を出産し、再会を誓い合って退院する。ある日、セシリアと名付けた娘と対面した元恋人から「自分の子とは思えない」と言われて不安になったジャニスは、密かにDNA検査を実施。100%の確率で実の子ではないという結果に大きな衝撃を受け、もしやアナの娘と取り違えられたのではないかと疑うのだが…。

本作でのクルスは、誰にも言えない葛藤と恐怖、血のつながらない子どもに対する深い母性愛など、様々な複雑な感情を抑制された演技で繊細に体現。ワールドプレミアとなった第78回ヴェネチア国際映画祭で最優秀女優賞に輝いた。

彼女が女優としての現在の地位を築けたのは、アルモドバルという存在がいたおかげで、ハリウッドへと活動の場を広げながらも、自身の軸足はスペインに置くというスタンスがブレなかったからだろう。23歳も年が離れていながら、友情と尊敬の念を抱き、作品制作を通じて互いのキャリアを向上させているゴールデン・コンビ、ペネロペ・クルスとペドロ・アルモドバル。年を重ねるにつれ、深化していく彼らの魔法のようなコラボレーションがいつまでも続くことを祈りたい。

文/石塚圭子

最新作『パラレル・マザーズ』へと続くペネロペ・クルスの活躍を振り返り!/[c]Everett Collection/AFLO